「THE DAYS」「ガンニバル」音楽特集|備耕庸×堀澤麻衣子×ブライアン・ディオリベイラインタビュー (2/2)

目指したのは架空の民族音楽

──「ガンニバル」の劇伴のほうは、どんなコンセプトで作っていったのでしょうか。

 ドラマの舞台である供花村は、現代社会から孤立した異世界。日本でありながらも、ある種無国籍で独自の文化があるのが面白いところだと思いました。ブライアンは世界中の民族楽器を持っているので、それを使ってアジアでも南米でも中東でもない音楽を作ろう、という話をしたんです。

──架空の民族音楽ですか。面白そうですね。

 ブライアンは自身でさまざまな楽器を演奏をしますが、楽器の音をサンプリングして、それをマントラ(MNTRA)という彼が開発したバーチャル楽器でも鳴らすんです。マントラを使えば元の楽器では演奏できない音程やリズムで演奏することができる。ブライアンは楽器を演奏しながら、そこにマントラで奏でる音色も混ぜていく。そこが彼のユニークなところなんです。

レコーディング中の様子。

レコーディング中の様子。

──伝統的な楽器と最新技術による楽器を併用することで独自のサウンドを生み出しているんですね。そんな中で、今回、特に印象に残った音はありますか?

ブライアン 1つ挙げるなら寺院の鐘ですね。鈴に近い小さなものですが、それを超高周波マイクで録音して加工することで、鐘を鳴らしただけでは聞こえない独特の響き、音の揺らぎを劇伴に取り入れることができました。

ブライアン・ディオリベイラのスタジオの様子。

ブライアン・ディオリベイラのスタジオの様子。

──すごい。それは劇伴でしか聴けない音なんですね。堀澤さんは「ガンニバル」の劇伴に参加されていかがでした?

堀澤 人間の心の闇を描いたドラマということもあって、ブライアンが作っている音楽を聴くと身の毛もよだつ怖さが感じられるんですよ。しかも、自分はブライアンの家に合宿していたので、ドラマと似たような環境にいるじゃないですか。だんだん、自分がドラマの中に迷い込んだような気がして怖かったです(笑)。

──確かに、山の中でこの音楽を聴くと怖いかもしれないです(笑)。

堀澤 最終的にできあがった曲は、ブライアンの世界観でまとめられた美しい作品になってはいるんですけどね。「ガンニバル」で描かれているのは、昔の風習に固執したことによって生まれる事件なんです。過去に固執することで倫理性が失われてしまう。一方、「THE DAYS」で表現されているのは、最先端の技術を追ったことによって生まれた悲劇。便利で効率的なものを求めた結果、大変なことが起こってしまう。どちらも、やりすぎたことが原因で生まれる悲しさや苦悩を描いているように思えたんです。それぞれの作品のテーマはなんなのか。自分の中に感じたことを書き出して、それを声を通じて表現したいと思いました。

「ガンニバル」より。©2023 Disney

「ガンニバル」より。©2023 Disney

──音楽に合わせて声を入れるだけではなく、ドラマのテーマを考えたうえでレコーディングに挑まれるんですね。

堀澤 そうです。キャリアを重ねると経験や技術だけで歌えるようになりますが、それは“音楽が死ぬこと”だと思っています。聴く人に届けるためには、何が求められているのか。どういうところで世界のクリエイティブは動いていて、今、人は何を考えるべきか。そういうことが自分なりに見えていないと、聴き手が歌から何もキャッチできないと思うんです。

日本のドラマと「THE DAYS」「ガンニバル」の音楽制作現場の違い

──今回の2作品はNetflixとディズニープラスのドラマですが、音楽制作プロセスで従来の日本のドラマとの違いはありましたか?

 日本のドラマの音楽は、大抵、音響効果の方がまず「音楽メニュー」というものを作るんです。例えば「心情曲を3曲」ですとか「不穏曲を4曲」「アクション曲を2曲」といったふうにメニューを作って作曲家に依頼します。作曲家は映像に合わせて作っていくわけじゃなく、音響効果の方ができあがった曲を監督と一緒に感性と技術で映像に合わせていく。一方、海外のドラマでは作曲家が映像を観ながら作曲していく。「THE DAYS」では音楽と効果音の境が薄い音楽演出を目指したので、日本とアメリカのハイブリッド的なアプローチとして、全8話のうち4話は映像に合わせて曲を作り、そこでできた音楽をライブラリーにして、ほかのエピソードに音効さんが当てていく。そして、足りないところをブライアンが映像に合わせて作っていくというやり方にしました。

ブライアン・ディオリベイラ

ブライアン・ディオリベイラ

──それはすごく丁寧なプロセスですね。特に音響的な劇伴は、映像を観ながら作るほうが映像との関連性が深まるんでしょうね。

 例えばですけど、津波のシーンで強烈な破壊音が出てくるのであれば、そこに使う音楽にドラムの音があるとぶつかってしまう。そうなると、効果音か音楽か、どちらかを変えないといけなくなるんです。「THE DAYS」の場合、音響効果の亀森さんが新しいアプローチを理解してくださって、選曲をしていただくときに音楽と効果音がケンカしない。お互いがサポートできるいい関係を作ることができました。

──今、日本ではそういうアプローチはなかなかとりにくいんでしょうか?

 スケジュールの問題で難しいみたいですね。日本では映像ができてから納品するまでの時間が短いので、そこから作曲するとスケジュール的に間に合わない。でも、ストリーミングのドラマだとスケジュールが長めに設定されているので可能なんです。今回のようにハイブリッドなやり方なら、日本のドラマでもできるかもしれませんね。

──それができると劇伴の表現も深まりますね。近年、ハリウッドで音響的な劇伴が増えてきているのはどうしてだと思われますか?

 そのほうが没入感が高いからではないでしょうか。ドルビーアトモスが普及したりしてサウンドの質が上がっていることもあって、メロディやリズムで感情を刺激するより、音楽と効果音を一体化して映像の世界観を作ったほうが、観客が物語に没入できるんだと思います。

──劇伴を音響空間として捉える、というアプローチは、ブライアンさんの音楽作りと通じるところがありますね。

ブライアン そうですね。私は「空間も音楽である」と考えていて、曲を録音するときもどれくらいの距離感でそれぞれの音を配置するのかを考えます。常に立体的な音響をイメージして曲を作っているんです。

──ブライアンさんの話を伺っていて坂本龍一さんのことを思い出しました。坂本さんはある時期から、メロディよりも音響を意識した劇伴を作られるようになりました。坂本さんも空間を大切にして音楽を作られていたと思います。

ブライアン 坂本さんは私のヒーローの1人で、とても影響を受けています。彼は素晴らしい作曲家であると同時に、素晴らしいリスナーでした。音符で考えるのではなく、自分が聴いた音に刺激されて曲を作られていたのではないかと思います。

自身のスタジオでレコーディングをするブライアン・ディオリベイラ。

自身のスタジオでレコーディングをするブライアン・ディオリベイラ。

自身のスタジオでレコーディングをするブライアン・ディオリベイラ。

自身のスタジオでレコーディングをするブライアン・ディオリベイラ。

──以前、坂本さんに取材した際に、「タルコフスキーの映画を観ると川の流れる音とか、草が揺れる音とか、自然がすでに音楽を奏でている」とおしゃっていました。だから優れた映画には音楽を付ける必要はないんだと。

ブライアン 素晴らしい。おそらく坂本さんもメディウムで、調律された楽器のような存在だったのではないでしょうか。だから自然に触れただけで美しい音楽を奏でることができた。自分もいつもそういう状態であるように心がけています。私の音楽を聴いて坂本さんと共通点を感じていただけたなんてうれしいですね。

堀澤 実は私も坂本さんが大好きなんです。坂本さんは音楽家でありながら思想家でもあったのではないかと思います。そして、音楽の持っている力で社会に貢献されてきた。そんな坂本さんに影響を受けた私とブライアンを巡り合わせてくれた備さんに感謝します。音楽の魔法のような力はいろんなところに影響を及ぼして人の生き方さえも鼓舞してくれる。すごい力なんだなって、今改めて感じています。こうやって音楽を通じて、音楽家の思いが次の世代に受け継がれていくんでしょうね。

堀澤麻衣子

堀澤麻衣子

──ブライアンさんは「THE DAYS」と「ガンニバル」の音楽を手がけて何か感じたことはありましたか?

ブライアン これまで「同じことは二度としない」と心がけてきて、いつも新しいことに挑戦してきました。「THE DAYS」と「ガンニバル」も、それぞれ違ったアプローチで取り組んで、これまでよりも新しいことに挑戦できたと思っています。これから先、自分がどんなことをやるのか見当がつかないのですが、この2作品を作ったことで「これから先、今より面白いことをしているはず」という自信が付きました。インスピレーションをたくさん与えてくれるプロジェクトでしたね。

──この2作は、お二人にとって重要な作品になったんですね。

 音楽制作は一期一会だと思うんです。私が音楽家を引き合わせて、彼らと一緒に音楽制作を楽しむ。それが音楽プロデューサーの醍醐味だと思っていて。ブライアンと麻衣子さんは音楽性だけではなく人間性も相性がよかった。私にとってもワクワクさせられる作品でしたね。

プロフィール

備耕庸(ソナエコウヨウ)

鹿児島県出身の音楽プロデューサー。アメリカ・カリフォルニア州大学ノースリッジ校を卒業後、ハリウッド大手映画作曲家エージェンシーであるSoundtrack Music Associatesに入社。日本人初のハリウッド作曲家エージェントとして、多数の映画やドラマ、ゲームに作曲家を紹介する。2011年には音楽・効果音制作会社TEDDIX MUSICを設立。これまで音楽プロデューサーとして携わった作品にNetflix「THE DAYS」、ディズニープラス「ガンニバル」、大河ドラマ「麒麟がくる」、ゲーム「ストリートファイター6」「ベヨネッタ3」「バイオハザード ヴィレッジ」などがある。


堀澤麻衣子(ホリサワマイコ)

愛知県名古屋市生まれ。国立音楽大学声楽学科を卒業後、イタリア留学中でベルカント唱法を、アメリカでゴスペルを学ぶ。2001年に1stアルバムの「ソル・アウラ・ヴィータ~太陽・風・生命~」を発表。2012年に世界的なプロテデューサーと音楽制作に挑戦するため単身渡米し、スティーヴ・ドーフとともに3rdアルバム「Kindred Spirits -かけがえのないもの-」を制作する。同作は2014年6月にメジャーデビューアルバムとしてヤマハミュージックコミュニケーションズからリリースされた。高い歌唱力が評価され、テレビアニメ「交響詩篇エウレカセブン」、映画「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」などに参加。さらに2020年放送の大河ドラマ「麒麟がくる」の劇中歌「美濃~母なる大地~」「悠久の灯」の歌唱を担当し話題になった。Netflix「THE DAYS」、ディズニープラス「ガンニバル」の劇伴にボーカリストとして参加した。


ブライアン・ディオリベイラ

トリニダード・トバゴ出身、カナダ・ケベック州在住の作曲家 / クリエイティブディレクター。作曲、演奏、録音をすべて自身のスタジオで行っており、スタジオには世界中から集めた1500以上の楽器を所持している。これまでNetflix「THE DAYS」「Gentefied / ヘンテファイド」「ウィッチャー 狼の悪夢」、ディズニープラス「ガンニバル」などのドラマや、「バイオハザード」シリーズや「シャドウ オブ ザ トゥームレイダー」などのゲームの音楽を手がけた。