2月7日(日)にいよいよ最終回を迎えるNHK大河ドラマ「麒麟がくる」。クライマックスを目前に控える中、ドラマ内で象徴的に使用されている劇中歌「悠久の灯 feat. 堀澤麻衣子」が配信リリースされた。
この曲は劇伴を担当したジョン・グラムが作詞と作曲を手がけており、ドラマのもう1つの劇中歌である「美濃の里〜母なる大地〜」の歌唱も担当した堀澤麻衣子がボーカリストとしてフィーチャーされている。繊細かつ透明感のある歌声、雄大なオーケストラのサウンドは、「麒麟がくる」のラストを飾るのにふさわしい1曲に仕上がっている。
音楽ナタリーでは今回、堀澤と「麒麟がくる」の音楽プロデューサーである備耕庸にインタビュー。堀澤がいる東京と、備の拠点であるロサンゼルスをオンラインでつなぎ、出会いから劇中歌にまつわるエピソードまでを明かしてもらった。
取材・文 / 秦野邦彦 撮影 / クリス・ヴィオレット
備さんに出会わなかったら夢は叶えられなかった
──「麒麟がくる」もいよいよ最終回を迎えます。長く携わられた作品だけに、無事ゴールを迎えられてお二人も感慨深いのではないでしょうか。
堀澤麻衣子 そうですね。私が備さんからお話をいただいたのが2019年の1月でしたので、丸2年になります。
──まずは最初のお二人の出会いから伺ってもよろしいでしょうか。
備耕庸 なれそめ、みたいなことですね(笑)。
堀澤 私は日本で長く音楽活動をしていたんですけれども、どうしてもアメリカのプロデューサーの方と一緒に作品を作りたいという夢があったので、英語をまったくしゃべれないにもかかわらず2012年に単身アメリカに渡ったんです。1回目はニューヨーク、次の年にロサンゼルスに行ってプロデューサーの方にお会いしたんですけれども、制作に必要な予算を聞いて私には無理だと思ってがっかりして帰ったんですね。でもどうしてもあきらめきれず、3度目の渡米の際、備さんがご相談に乗ってくださったことが最初の出会いでした。
備 そうでしたね。
堀澤 電話で初めて話をしたときからとても親切にしてくださって、すごくいい方だなと。そのときプロデューサーのスティーヴ・ドーフさんという方をご紹介いただいて。ようやく自分が出会いたかったプロデューサーさんとお仕事をさせていただけるきっかけをくださったんです。そこまでの道のりが本当に長かったものですから、備さんに出会えなかったら、本当にやりたかったことはできなかっただろうなと思います。そこから備さんがお仕事をされるときに私を歌い手としてさまざまな作曲家と引き合わせてくださって、いろいろな作品に参加させていただきました。
備 私はSMA(Soundtrack Music Associates / アメリカ合衆国の大手映画音楽エージェンシーの1つ)という会社でジョルジオ・モロダーからクリフ・マルティネスまでいろいろなハリウッドの作曲家のエージェントをしていまして、麻衣子さんに紹介したスティーヴ・ドーフもエージェントをしておりました。その際、アルバムのプロデュース、そして完成後どうプロモーション展開していくかというA&R的なところをお手伝いさせていただいたのが最初ですね。
──それが堀澤さんの2014年にリリースされたメジャーデビューアルバム「Kindred Spirits〜かけがいのないもの」ですね。
堀澤 はい。スティーヴさんは私の大好きなセリーヌ・ディオンやCarpentersの曲を手がけられた人だったので、本当にうれしかったです。備さんに出会えなかったら叶わない夢でしたので、とても感謝しています。
──備さんは日本人初の作曲家エージェントとしてハリウッド映画やドラマシリーズを手がけられていますが、そもそも作曲家エージェント自体、世界に15人しかいない職業だとか?
備 いわゆるハリウッドとかイギリスの映画で活動されている作曲家となると非常に少なく、世界で大体200人ぐらいかなと思います。なので作曲家エージェントという職業はかなり人数が限られますし、非常に人間関係が中心になるビジネスで、なおかつ弁護士的な動き方をするので、とてもニッチな世界ですね。
ジョン・グラムが惚れ込んだ透明で達観的な声
──「麒麟がくる」の劇伴を手がけているジョン・グラムさんとはどう出会われたんですか?
堀澤 「麒麟がくる」のジョン・グラムさんと初めてご一緒させていただいたのは「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」(2016年公開)という映画でした。そのとき私に求められたのがヴォカリーズといって、アーとかウーといった母音のみで感情表現を声に乗せる歌唱法なんです。言葉がないため音色を作るのが非常に難しいんですけれども、ジョンさんの曲はすごく緻密なので、聴いた瞬間に世界観がパーっと広がり、楽しくその世界に入って表現させていただきました。
備 スクウェア・エニックスさんからお話をいただいてジョン・グラムをご紹介し、私自身も音楽制作で参加する中で「透明感のある声の表現ができる人を探している」ということを聞いて。麻衣子さんの音源を送ったところ「ぜひ、この方に!」となったんです。ハリウッドに限らず劇伴の作曲家というのは皆さん得意な楽器があって、実はジョン自身もボーカリストなんです。「麒麟がくる」でジョンはクワイヤ(合唱)を使うことが多いのですが、彼自身が歌うからこそ磨かれた高度なアレンジを聴くことができます。なので声に関してはとてもこだわりがある方ですね。「KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV」という作品は戦争をテーマにしているため、悲痛なシーンも描かれます。そうした中で求められたのが透明で無垢、なおかつ達観的なところもある声。言葉で言えば簡単に聞こえますが、それを実際に声で表現するのはすごく難しいんですね。探したけれどもなかなか見つからなかったジョンの明確なイメージを、麻衣子さんのほうで汲み取って歌っていただいたのが劇伴の中で使われている歌唱になります。
堀澤 普段からトーンクオリティ(声の音色)に心情が乗るようにということを一番に心がけて歌ってきたので、求められていたことに応えることができて私としてもうれしかったです。20年前からヴォカリーズは自分のアルバムに何曲か入れておりましたし、世界観に寄り添う歌い方ができたらいいなと常日頃から思っていましたので、ジョンさんとのレコーディングはとても印象に残ってます。
──そこから「麒麟がくる」で再びご一緒することになったわけですね。
備 はい。ジョンから麻衣子さんの情緒的な歌唱方法にすごく感銘を受けたのでどうしてもご一緒したいという要望があった次第です。
──大河ドラマの音楽をアメリカの作曲家の方が担当するのは野心的な試みですね。
備 これまでも「武蔵 MUSASHI」(2003年放送)でエンニオ・モリコーネさんが作曲されていますが、アメリカの作曲家では初めてですね。いきさつとしては2018年の5月頃、NHKの統括プロデューサーから「『麒麟がくる』という作品の音楽でハリウッドの作曲家も検討されている」というメールをいただきまして、7月に私が日本に戻るときに一度お会いしましょうということになったんです。「麒麟がくる」という作品に対して情熱を傾けられ、明智光秀がどういう人物かもすでにわかっていて、なおかつ日本の大河ドラマの劇伴の作り方ができるハリウッドの作曲家は誰だろうと考えた結果、ジョン・グラムしかいないんじゃないかと思いました。そこでジョンに話をしたところ、彼自身もいろんな図書館に通って、明智光秀にまつわるいろんな文献を読み漁って、2カ月ほどかけてデモ音源を完成させたんです。その曲を持って南青山のスタジオでお会いして、お聴きいただいたのがドラマでも使用されているメインテーマです。そこで初めてジョン・グラムの名前を出して、同時にメインテーマも決まったという感じですね。
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技術以上に大切な「心に残ること」