「The VOCALOID Collection」特集 須田景凪×Ayase|僕らは「ネット発」と呼ばれる最後の世代

実力の垣根がない、フラットな表現の場

──お二人がボカロを使い始めたきっかけはなんだったんですか?

須田 自分は2013年頃にボカロを始めたんですが、それまではずっと同じギターボーカルの人と一緒にドラマーとして活動していたんです。年数にして5年ぐらいかな。その人のためにドラムをやっていたと言っても過言ではないくらい、本気でドラムをやっていて、当時はずっとそのギターボーカルの人が曲を作って、自分がビートを付けるというやり方だったんです。ドラムのことしかわからないながらも、メロディのアイデアやコード進行の提案をしていたんですが、それがことごとく通用しなくて。初めてGarageBandで曲を作ったときも、これはその人なりのギャグなんですが「お前の作ったゴミの一部を参考にするよ」みたいに言われて。自分の中にアイデアは溜まっていく一方なのに、それをアウトプットする場がないことにフラストレーションを感じていたときに、ニコニコ動画というプラットホームを知ったんです。初めてニコニコで聴いた曲はボカロではなくて「RAINBOW GIRL」という曲をゲーム実況者の方が歌ったもので、そこからいろんな動画を見にいって。ニコニコ動画というプラットホームでは、クオリティが高いものからクオリティは高くないけど愛のあふれる作品まで、いろんな人が自由に作品を発表していた。実力の垣根がない、すごくフラットな表現の場を見つけて、ここだったらこれまで自分が通用しなかったものをアウトプットできるんじゃないかと思ったんです。

Ayase 僕も景凪くんと似ていますね。ボカロに出会う前はバンドを組んでボーカルをやっていたんですが、そのバンドが活動休止になってしまって。家にいるとき、妹が聴いている音楽に興味を持ったんです。そのとき初めて聴いたのが、確かNeruさんの「脱獄」。その音源はどうやら“歌ってみた”と呼ばれるもので、「原曲はボーカロイドが歌ってる」と教えてもらって。調べてみたら1人でできる音楽としてちょっと魅力的だなと思ったのでAyaseとしてボカロPになった感じです。ただパソコン関係にあまり詳しくなくて、今もあまりうまく使いこなせている自信はないんですよね。最近、サンプラーというものをやっと使えるようになったくらい。

須田 え、本当に? めっちゃ使ってそうなのに。

Ayase リリースをカットするという技術を持ち合わせていなくて、書き出したデータを手作業でぶつ切りにして……。

須田 すごい。職人みたいなことしてたんだ(笑)。

Ayase ちょっと前、Neruさんに「Ayaseくんって、インターフェイス何使ってるの?」って言われて。僕、本当に何もわからないから「インターフェイスってなんですか?」って返事をしたんですよ(笑)。

須田 マジで!?

Ayase Neruさんにも「お前それはヤバいって!」と驚かれました(笑)。その後すぐにNeruさんが昔使ってたインターフェイスを送ってくれたんです。でも使い方が全然わからなくて、「Neruさん、これどうやって使うんですか?」みたいに、もう何から何まで質問して……。「お前、どうやってミックスとかしてたの?」って逆に不思議がられました。

須田 いや、本当にそうだよ。

Ayase ヘッドフォンをパソコンに挿せば音は出てくるじゃないですか。それで。

須田 歌録りとかどうしてたの?

Ayase 僕は生音をあまり入れないから、ほとんど打ち込み。YOASOBIで歌ってもらうときはスタジオに入るし、自分で歌うセルフカバーのときもスタジオ使ってたからなあ。

須田 なるほどね。それだったらなんとかなる……のか?

Ayase オケを作るだけであればパソコン1台とソフトがあればなんとなると思うんだよね。

須田 にしてもAyaseくんは相当変わってると思うよ。

Ayase もちろん知識をもっと付けなきゃいけないんだけど、新しく勉強して機械を使いこなすようになることが億劫で……。手間がかかっても作れてしまうと、手間がかかるなりにその作業に愛着が湧いたりもしちゃうんですよね。MIDIキーボードも、せっかく買ったのに1回も挿してなくて、1個ずつ打ち込んでいたり。

須田 めちゃくちゃ男気で作ってたんだね(笑)。

“歌ってみた”の文化はジャズに似ている

──現在開催中の「The VOCALOID Collection」には、リミックス企画や“歌ってみた”“演奏してみた”といった動画の投稿を促す企画など、二次創作にもスポットを当てたものがあります。お二人は二次創作される側のクリエイターとして、こういった作品の広がりについてどう感じていますか?

Ayase 僕は二次創作、大歓迎です。

須田 僕も純粋にうれしいですね。

Ayase 今年は芸能人の方をはじめとして、音楽関係ではない人たちが歌唱動画をYouTubeやTikTokに上げる機会が多かったと思うんですけど、それってもともと海外ではすでに流行していた文化なんですよね。なんならニコニコはすでにそういう文化が根付いていたし。二次創作で音楽をシェアしていく風潮を、僕はすごく理想的な広まり方であると思っているんです。音楽は別に誰が歌ってもいいものだし。

須田 僕は“歌ってみた”の文化ってジャズにすごく近いと思っているんです。いろんな歌い手さんがその人なりの表現でカバーすることで、同じ音楽でも全然違って聞こえてくるわけですから。普通のアーティストだと「このボーカルだから曲が成り立ってるよね」みたいな感覚があるけど、ボカロの場合はただ曲だけをピュアに評価して、みんなで歌いつなぐようなイメージがある。

Ayase 曲だけをピュアに見てくれるというのは本当にいいことだと思う。ボカロというソフトウェアはなんでも歌ってくれるから、ロックやR&B、シャッフルっぽいジャズとか、ジャンル関係なくどんな曲をあてることもできるんですよ。その自由度の高さもボカロ文化の1つの魅力だと思います。「この曲は界隈に合ってない」みたいな音楽は1つもなくて、すべて自由だし、嫌になったら辞めればいい。その自由な空気感は動画文化のいいところだと思います。