「The VOCALOID Collection」特集 須田景凪×Ayase|僕らは「ネット発」と呼ばれる最後の世代

ただ楽しいからボカロを続けている

──ボカロに関する話をいろいろ伺いましたが、お二人にはボカロを用いない表現に注力しているという共通項もあります。須田さんがシンガーソングライターとしての活動にシフトしていったのはなぜですか?

須田 人に歌ってもらえるということが自分にとってすごく幸せなことだと捉えていたので、曲作りの段階で“歌ってみた”をかなり意識してボカロ曲を作っていて。誰が歌ってもカッコよくなる曲みたいなものを目指してバルーンとしてボカロ曲を書いていながらも、自分で歌うことも好きだったので、自分がいかに気持ちよく歌えるかみたいな観点も持っていたんです。「シャルル」とか「メーベル」を発表した頃はその2つが自分の中ですごく曖昧になる瞬間があって。曲を作り始めるときに、ボカロの曲を作るか、自分の名義の曲を作るか、ハッキリ分けていたはずなのにそれがごっちゃになってきてしまった。その気持ち悪さを払拭するために、バルーンと須田景凪という両方の名義を用意したんです。

──結果として、最近は須田景凪としての活動に集中しているようですが、それには理由があるんでしょうか?

須田 単純に自分の場合は同時に2つのことをするのが昔からすごく苦手で、今はこの名義で表現したいものに集中しようと考えていたので、バルーンとしての活動をしばらくお休みしている感じですね。ただ、Ayaseくんやほかのボカロ関係の方々からいろんな刺激をもらって、純粋に楽しそうだな、ひさしぶりにやりたいな、という気持ちも芽生え始めているんです。ひさしぶりにボカロに曲を歌ってもらいたいな、というのは最近薄ぼんやり考えています。

──YOASOBIというユニットはプロジェクトの一環として始動したものですが、Ayaseさん自身はボカロを用いない表現をどう捉えていますか?

Ayase ボカロを始めたきっかけが「楽しそうだった」というのと同じで、YOASOBIに関してもプロジェクトとしてお話をいただいたとき、すごく楽しそうだと思えたから始めただけなんですよね。なので、僕自身は常に興味があるほうに進んできただけなんです。

──Ayaseさん自身がボーカルを担当してセルフカバーを投稿することもありますよね。ボーカリストを招いたり、自分で歌唱したり、さまざまなレイヤーで楽曲を発表しながら、ボカロ曲も並行して作り続けている理由は?

Ayase 僕、単純に初音ミクの声が好きなんですよ(笑)。

須田 声なんだ。

Ayase 自分がボカロを始める前は特に何も感じていなかったんですけど、自分で初めてソフトを買ってヘッドフォンを付けて「あー」と歌わせたとき、「これ、クソかわいい!」と思って(笑)。「おはよう」と打てば「おはよう」と言ってくれるわけで、自分の思い通りに歌わせるのが本当に楽しいんですよね。だから今でもミクとずっとイチャイチャしてる。

須田 自分はいろいろ使った上で、v flowerが大好きになっちゃったかな(笑)。

Ayase 僕もv flowerは1回だけ使ったことがあるんだけど、結局ミクを使っちゃっているのはミクが好きだからだと思う。v flowerはv flowerで好きだけど、ちょっと浮気するわけにはいかないんで(笑)。

須田 音楽との親和性もあると思う。ミクやGUMIなどいろんなボカロをいろいろ試して、自分の音楽と一番合うのがv flowerだったから。v flowerはおそらく女の子だと思うんですけど、無理矢理男性キーをオクターブ上で歌わせるというかわいそうなことをさせていて。でもそれが一番カッコいい響きになる。

Ayase イメージもありますよね。やっぱりバルーンというクリエイターにはv flowerがしっくりくると思う。

須田 にしてもYOASOBIでしっかり音源を作りながらボカロ曲もちゃんと上げているのはすごいと思う。

Ayase 楽しいからね。「YOASOBIやってるのにボカロも辞めないからうれしい」みたいに言ってくれる人もいるけど、義務感とかではなくて、ただ楽しいからやっている。YOASOBIが続いていくとしても、自分がバンドをまた始めるとなっても、ボカロにしかできないものは絶対あると思う。「人間じゃ絶対に歌えないだろ」みたいな音楽を作る瞬間は間違いなくあるし、自分の中にあるいろんな音楽を作りたいという欲求をちゃんと消化してくれる場所が、僕にとってのボカロによる音楽表現なんです。

コロナ禍で加速したもの

Ayase ちょっと今日の企画の趣旨からは逸れちゃうかもしれないんですが、最近は「ネットシーン」と「ネットシーンじゃない」とされるものの垣根がどんどんなくなってきたと思っていて。

須田 うん。

Ayase 「ネット発」みたいな言葉で語られるのは、僕らぐらいの世代が最後になるんじゃないかな。どんなアーティストも全部ネットで発しているわけだから。

須田 そうそう。それはすげえ思ってる。

Ayase ここ1、2年で「ネット発」みたいな言葉は消えると思います。

須田 その流れがコロナ禍で加速したかもしれない。

Ayase そうなると「ネット系の音楽はこう」とか「メジャー感のある音楽はこれ」みたいな先入観もなくなると思うんですよね。どちらのアーティストも1つのフィールドで戦うようになる。

須田 土俵がめちゃくちゃ広くなっている感覚はすでにあるよね。

Ayase そういう流れの下地になった年かもしれないですね。2020年は。

何も持っていなくてもいい曲は作れる

──「The VOCALOID Collection」というイベントではステムデータを配布してリミックス企画が行われたり、新人ボカロPのみが参加できるランキング企画があったりと、新しい世代のクリエイターにスポットを当てた試みが多数行われます。須田さんやAyaseさんから、新人のクリエイターたちに何かアドバイスを送るとしたらどんなことでしょうか?

須田 ステムデータをいじってリミックスする人に向けての言葉になってしまいますけど、ちゃんと愛を持ったうえで、ステムデータをぶっ壊して曲を作っていいと思います。周りに一切気を遣わずに自由に表現していい場所だと思っているので。

Ayase そうそう。媚び売ってちゃダメだよね(笑)。そういう付け焼き刃の気持ちとか見せかけの技術はすぐ剥がれ落ちちゃうものだから。僕はこれからボカロを始めようとする人へのメッセージとして「機材にばかり目を取られないように」と伝えたいですね。いい機材を使わないとダメとか、そんなことは全然なくて。お金をかけるよりも今の環境で何ができるのか、工夫に頭を使った方が絶対にいい。機材を手に入れたからという安心感でグレードが上がったと勘違いしてはいけないんです。環境をカッコよく整えたい気持ちはわかるし、そうすることでモチベが上がるというメリットもあるので一概に悪いことだとは言いませんが、何も持っていなくてもいい曲は絶対に作ることができる。

須田 Ayaseくんが言うと説得力がある(笑)。

Ayase 自分のやる気と工夫さえあればなんだって作れる。それを忘れないでほしいですね。