音楽ナタリー PowerPush -寺岡呼人×桜井和寿(Mr.Children)

2人の絆と受け継ぐバトン

感動が一番の血肉に

──寺岡さんは日本の音楽シーンにおいてすでにベテランと呼べる立場だと思うんですけど、アーティストとして次の世代に受け継ぎたいこと、渡しておきたい「バトン」はどんなものですか?

寺岡 自分がやってきたことが「あ、こういう手もあるんだ」という道を示すことが……結果的にできるのであればいいんですけど、最初からこれを継いでもらおうというのはないですね。最近ちょいちょい落語を観に行っていて、いろんな落語家さんとお話する機会もあるんですけど、みんな師匠が何かを直接教えてくれることはないって言うんです。袖で噺を聞いているだけで、それをどう感じるか。人間国宝になった柳家小三治さんも本で書いていましたけど、息子さんたちにも背中しか見せないって。音楽もそれに近いと思うんです。

桜井和寿

──ひたすら自分の音楽を提示するのみ。

寺岡 寺田でふざけてやってたようなことに衝撃を受けた悪い子たちがのちに出てきたり(笑)、そういうマジックが音楽にはあると思うので。それも“伝える”ってことなんじゃないかと思うんです。

桜井 呼人くんがすごいなと思うのが、いまだにいろんな音楽を好きになるでしょ? 好きになったものを自分の血液にして、それをナチュラルに作品として形にできるのがすごいなと。プロデューサーという職業の人はみんな音楽に深い知識を持っているでしょうけど、こんなに日本の音楽を好きになるプロデューサーはいないと思うんですよ。好きになること、感動することが一番の血肉になっているんだなというのが、呼人くんの作品を聴いているとすごくわかるんです。「あ、また新しい血が入ってる」って。

寺岡 感動することは大事だし、感動しなくなったらまずいと思う。ある意味リトマス試験紙じゃないですけど、いいコンサートを観たときに「ああ、ああいうことやりたい」と悔しがれる間はまだ現役だなっていう。でもそれはまんま桜井にも言えることで。会うと必ず最近聴いたいい音楽を教えてくれるし、それは20年前から変わらない。全然ひとところに留まらない感じ……ちょっと話していても、去年話していたことと真逆のことを言ったりする。でも真逆に進むのってすごくエネルギーの要ることなんですよ。動かなくてもいいわけだし。

桜井 僕はきっと飽きられるのが怖いんですよ。右サイドに行ってディフェンダーが付いたら逆サイドのスペースを狙う(笑)。

──プロデューサーとしていろんなアーティストの作品を手がけながら、武道館からカフェまでいろんな場所でライブをやり、自身の作品をコンスタントに発表するというのも相当なエネルギーだと思いますけど。

寺岡 歳を取れば取るほど間を空けると体が動かなくなるのと同じで(笑)、急に何かをすることはどんどんできなくなっていくと思うんですよ。きっと3カ月空くと素人になっちゃう(笑)。続けないといけないなとは常に思っていますね。

シンガーソングライターの意味合いが変わってきた

──曲作りはどんなペースで進めているんですか? アルバム制作に向けて一気に作るのか、それとも日々作ったものをストックしているのか。

寺岡 ライブに合わせて書いたり、アルバム制作期間を決めたり、自分なりの締め切りを課してやりますね。

──今回のアルバムは20周年を経ての次の一歩という大きい節目でもあったと思うのですが、アルバムを作る上で何か強く意識したことはありますか?

寺岡呼人

寺岡 最近いろんなアーティストのプロデュースをする中で、シンガーソングライターという言葉の持つ意味合いがどんどん変わってきているなと感じていて。もともとは「歌謡曲をぶっつぶそう」みたいな形でシンガーソングライターが出てきて、専業の作家やアレンジャーを追い払っていったと思うんです。でも今いろんな人たちと仕事していると、自分で歌う歌詞が直前までできあがっていないみたいなのって本末転倒だなって。僕は日本の音楽は歌詞が一番大事だと思っていて、ほかのアーティストや作家とのコラボでよりいいものがスムーズにできるんならどんどんやったほうがいい、ってプロデューサーとしてよく言ってるんですけど、自分のアルバムでもそれはやんなきゃなと(笑)。今回の冒険の1つはそこですね。

桜井 作曲まで依頼したのはどういういきさつなの?

寺岡 多保(孝一)くんは山田(ひろし)さんから紹介してもらって。初めは普通に飲みの席で会って、彼の音楽をそんなに聴いてたわけではないけど、人間的に素晴らしいなと。それから1年ぐらいは曲を作ってもらうなんて考えてもなかったんだけど、ある日一緒にごはん食べてるときに「そろそろアルバム作ろうと思ってるんだよね……あ、書いてくれる?」って(笑)。そういうノリではあるんですけど、多保くんは僕のライブを観た印象で曲を作ってくれて。

──それがアルバムに入っている「Japan As No.1!!」。

寺岡 そう。佐藤竹善さんに書いてもらった「Departure」は……ここ数年、AORブームが僕の中にあって。なかなか今日本の音楽シーンでAORをやってる人はいないし、そういう音楽がシーンのド真ん中にあってもいいよなって思う中で、AORを誰かに書いてもらって自分が歌ってみるのはどうかなと(笑)。

桜井 作曲まで任せるのって、シンガーとしての自信なんじゃないかと思ったんだよね。歌詞も曲も書いてもらって、じゃあどこで勝負するのって言ったら、歌じゃない?

寺岡 そう言われたらそうだよね(笑)。考えてなかった! 少し前にエリック・クラプトンの自伝を読んだんだけど、クラプトンは自作曲って4割ぐらいらしいの。意外でしょ? でも僕らは「クラプトンの音楽」として聴いているわけじゃないですか。それもあって、まあトライしてみようかなというのが今回はあって。でもね、竹善さんの仮歌を聴いたときは「これはムリだ!」と思った(笑)。めちゃカッコよくて。比べて自分のヘタさ加減に凹んだけど、まあそれはそれで味かなって自分を納得させながら。

自我を超越した音楽への愛

──せっかくなのでぜひ桜井さんによるアルバム「Baton」評をお聞きしたいです。

桜井 音楽を愛してたくさん感動してきた人が、音楽にありがとうって言ってるようなアルバムだなって感じましたね。竹善さんの曲ではささやくように歌っていて「呼人くん、こんなふうにも歌えるんだ!」と思ったり、この曲はあの人に触発されて書いたのかな?って想像できるのも面白い。

──同じアーティスト、ソングライターとして嫉妬するようなところもありますか?

桜井 呼人くんは「これいいでしょ、あの人からもらったバトンなんだ」って素直に渡せる人だけど、僕はどこか「このバトンは誰にも渡せない!」って思っちゃうんですよね。それは自分の好きじゃないところで。呼人くんには自我を超越した音楽への愛を感じるんです。うらやましいし、そうなれたらなって思います。

──寺岡さんが先ほどおっしゃっていた話とも重なるところですけど、シンガーソングライターは本来「自分を出す」ということが主目的だと思うんですよ。その成り立ちを職業作家に対するカウンターと考えると。

寺岡呼人

寺岡 でも例えばマンガ家には片腕のような編集者がいて、設定やストーリーを二人三脚で考えてる。黒澤明監督も脚本は必ず誰か別の人と組んでいたんですよね。いろんな角度から「七人の侍」という作品について考えさせて、最終的にドンと出されたものを僕たちは“黒澤作品”として受け止めていた。音楽もそうやっていろんな角度から光を照らしたほうがいい作品になるんじゃないかって今は考えていますね。

──アレンジャーも数曲、連名で入っていますよね。

寺岡 自分より世代の若いアレンジャーたちの仕事場を覗きたかったというか(笑)。そういうところはわりと貪欲かもしれない。その人のスタジオも偵察して「ふむふむ」みたいな。

──そもそもレコーディングという作業はお好きですか? レコーディングは大変だから嫌だ、ライブだけやりたいというアーティストも中にはいるのかなと思うのですが。

寺岡 僕は好きですね。前に桜井とも話したかもしれないけど、ミックスまでのあの高揚感と、そのあとの抜け殻感ってけっこうあるよね。

桜井 うんうん。レコーディングって、この曲はもっとよくなるはずだという未知の可能性をどこまでも追える場所だから、そこには大きな夢があって。ミックスした瞬間、その可能性が絶たれてしまうような脱力感があるんですよね。

寺岡 アレンジができた瞬間、歌入れが終わった瞬間の喜びは何物にも代えがたいし、全然飽きない。でもミックスというゴールに到達した瞬間、過去のものになってしまうという寂しさはいつもありますね。

ニューアルバム「Baton」/ 2014年9月23日発売 / TOWER RECORDS
初回限定盤 [CD+DVD] 3900円 / TRJC-1036
通常盤 [CD] 3100円 / TRJC-1037
CD収録曲
  1. 流星
  2. BLOOD, SWEAT&LOVE
  3. バックミラー
  4. バトン
  5. Departure
  6. Japan As No.1!!
  7. 青山通り
  8. Gear~歯車~
  9. 天職
  10. スマイル
  11. ご贔屓に
初回限定盤DVD収録内容

Music Video

  1. バトン
  2. BLOOD, SWEAT&LOVE

2014.2.8「MASTER PIECE」@赤坂BLITZ

  1. ブランニュージェネレーション
  2. 競争る為に生まれてきた訳じゃねぇ
  3. スマイル
  4. バトン
  5. スーパースター
寺岡呼人(テラオカヨヒト)

1968年生まれ、広島県出身。1988~93年にJUN SKY WAKER(S)のベーシスト兼コンポーザーとして活躍し、バンドを脱退後はソロでの活動を展開するとともに、他アーティストのプロデュースも行うようになる。これまでゆず、矢野真紀、ミドリカワ書房、植村花菜、グッドモーニングアメリカらのプロデュースを手がけている。2001年より、自身が尊敬するアーティストや親交あるアーティストをゲストに迎えコラボレーションを行うイベント「Golden Circle」を不定期に開催。ソロデビュー20周年を迎えた2013年には、東京・日本武道館と大阪・大阪城ホールにて計4日間におよぶ「Golden Circle Vol.18 ~Yohito Teraoka 20th Anniversary Special~」を行った。2014年9月には通算14枚目となるオリジナルアルバム「Baton」をリリース。

桜井和寿(サクライカズトシ)

1989年に結成されたMr.Childrenのボーカリスト。ミニアルバム「Everything」で1992年5月にメジャーデビューを果たして以来徐々に人気を集め、1993年11月発売の4thシングル「CROSS ROAD」がバンドにとって初のミリオンヒットとなった。2014年にはGAKU-MCとのユニット・ウカスカジーを結成し、「2014 FIFAワールドカップ」の日本代表公式応援ソング「勝利の笑みを 君と」などの楽曲を発表。同年6月にリリースしたアルバム「AMIGO」には寺岡呼人、亀田誠治、布袋寅泰ら多数のアーティストが参加した。Mr.Childrenの新曲「足音 ~Be Strong」は10月スタートのフジテレビ開局55周年記念プロジェクトドラマ「信長協奏曲」の主題歌に決定している。