音楽ナタリー PowerPush -寺岡呼人×桜井和寿(Mr.Children)
2人の絆と受け継ぐバトン
昨年ソロデビュー20周年を迎えた寺岡呼人が、新たな一歩を踏み出すニューアルバム「Baton」を完成させた。ゆずをはじめとするアーティストのプロデューサーとしても活躍しながら、コンスタントに自身の作品を発表し、精力的にライブ活動を行っている寺岡の音楽に対する無邪気な探究心は、どこから生まれてくるのか。今回の特集では、20年来の同志であり彼を慕うアーティストの1人、桜井和寿(Mr.Children)との対談をセッティング。2人のフランクな会話から、“音楽家・寺岡呼人”の源泉を感じてほしい。
取材・文 / 臼杵成晃 撮影 / 笹森健一
リチャード・ギアっぽい笑顔
──お2人の最初の出会いは何がきっかけだったんですか?
桜井和寿(Mr.Children) 僕らがアマチュアのときによく対バンしていたのが、広島と岡山出身のバンドで。
寺岡呼人 そのバンドのメンバーが僕の高校の後輩だったんです。後輩のバンドを観に行ったら、1つ前の出番がMr.Childrenだったのかな? 当時はビートバンドが多い中で、全然毛色の違う音楽をやってたんですよね。「あのバンドのボーカル、すごくさわやかだよね」みたいな(笑)。「リチャード・ギアっぽいんだよね、あの笑顔が」って自分が言ったのをなぜかすごく覚えてるんですけど。その日の打ち上げで挨拶をしたのが最初なんじゃないかな。そうやって何度か観てたんだよね。
──アマチュアだった桜井さんにとっては、自分たちのライブをJUN SKY WALKER(S)のベーシストが観ているというのはどういう心境でしたか?
桜井 いやいや、ものすごく緊張しましたよ。
寺岡 ホント? あんなさわやかな顔で(笑)。
桜井 いやホント。それこそ打ち上げの席でも「俺たちこんな場所にいてもいいの?」って。
寺岡 それからしばらく経った頃、ジュンスカに半年ぐらい休みがあって。じゃあ初めてのソロツアーをやってみようと思って、バックメンバー誰にしようかなという話を……確か吉祥寺のライブハウス終わりの飲み屋で考えてるときに「あのMr.Childrenのボーカルの人、来てくれるかなあ」って言ったら、後輩がその場で電話してくれたんですよね。そんで電話で「こういうことやるんだけど、一緒にどう?」って話をして。
──なぜアマチュアの桜井さんに白羽の矢を?
寺岡 なんか気になった、としか言えないんですよね。しかも彼はその足ですぐ吉祥寺に来てくれたんですよ。桜井は覚えてないんだけど(笑)。
初めてブルージーンズを履いたときの勇気
──当時のバンドブームの渦中にあって、確かにMr.Childrenは珍しくさわやかな印象がありましたけど、そこに関しては寺岡さんにも同じ印象を感じてたんですよ。ジュンスカというビートバンドのベーシストながらずいぶんさわやかで、ファッションもおしゃれな人だなという印象でした。
寺岡 実情はそのへんの古着屋で占めて6000円ぐらいのものだったんですけど(笑)。
──Mr.Childrenがデビューしたときも、サウンドはもちろん、CDのジャケットやメンバーのファッション含めて「さわやかでおしゃれなバンドが出てきたな」という印象だったんですよ。
寺岡 でもMr.Childrenの前はもっと暗い音楽をやってたんでしょ?
桜井 もっとマイナーな、ドロッとしたものが多かったですね。でも当時CBSソニーのオーディションに出て、ゲストのユニコーンを観て「こういう暗い音楽じゃだめだ」と思って(笑)。さわやかになったのは、デビューが決まってスタイリストさんが付いたからですよ。アマチュアのときはそんなさわやかじゃなかった。東京出身だけど僕は練馬だし、ほかの3人も狛江とかなんで、ちょっと田舎っぽいんですよね。呼人くんはさ、ジュンスカの中であえて1人ああいうファッションセンスの人がいるというのは、当時からそういうプロデュース気質があったの?
寺岡 あー、それはあったかもしんない。みんな暗黙の了解みたいに黒いジーンズを履いてた時代に、初めてブルージーンズを履いたときの勇気(笑)。ブルージーンズでステージに立ったときは「……破ったぜ」みたいな感じはありました。あえて1人だけちょっとイメージを変えて、バンド全体のバランスを取ろうみたいな感じはあったのかも。
──その頃から「ゆくゆくはプロデューサーに」とは考えていなかったですよね?
寺岡 もちろん考えてなかったし……最近思ったのは、僕、今もプロデューサーじゃないんですよ。職業としてのプロデューサーじゃない。20年以上前に桜井を見て「一緒にやろうよ」と思った、あの感覚でやってるだけなんですよ。気になるなと思ったことに、いかに好奇心を持って向かうかという態度の延長に、たまたま「プロデュース」と呼ばれる作業があっただけで。でもあのときの「せっかくだから曲を作ろうよ」っていう感覚を思うと、まあ気質としてはあったのかもしれないなって。ちょうどそんなことを考えていたときにウカスカジー(桜井とGAKU-MCによるユニット)のプロデュースをやったことはすごく刺激になりました。アレンジとかをやる楽しさをもう1回呼び覚ましてもらったというか。
桜井 僕から見ても、プロデューサーの呼人くんとあの頃の呼人くんは同じなんです。人と人とをつないで、人を評価して、音楽で感動できる人。そのグルーヴを、自分が中心になって、ときには自分が外側にいながら回していく、つないでいく役割を持っている人なんですよ。そういうプロデュースは音楽的な知識やテクニックが豊富なだけではできないと思うんですよね。
──ゆずの岩沢厚治さんが今回のアルバムに寄せたコメントにも「呼人さんという人は名は体を表す通り、本当に人を呼ぶ。面白いくらいに本当に」とありました。
寺岡 それについてはコンプレックスというか、トラウマもあって。我々の共通の知人である河口修二というギタリストがいまして、彼が20年くらい前に岡山なまりで言った「ねえ呼人知ってる? 名前ってのはだいたい性格の真逆なんだよ。良二ってのはだいたい悪い奴」という言葉が忘れられなくて(笑)。ああ、じゃあ俺は人を呼ばないんだなってずっと思ってた。
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- ニューアルバム「Baton」/ 2014年9月23日発売 / TOWER RECORDS
- 初回限定盤 [CD+DVD] 3900円 / TRJC-1036
- 通常盤 [CD] 3100円 / TRJC-1037
CD収録曲
- 流星
- BLOOD, SWEAT&LOVE
- バックミラー
- バトン
- Departure
- Japan As No.1!!
- 青山通り
- Gear~歯車~
- 天職
- スマイル
- ご贔屓に
初回限定盤DVD収録内容
Music Video
- バトン
- BLOOD, SWEAT&LOVE
2014.2.8「MASTER PIECE」@赤坂BLITZ
- ブランニュージェネレーション
- 競争る為に生まれてきた訳じゃねぇ
- スマイル
- バトン
- スーパースター
寺岡呼人(テラオカヨヒト)
1968年生まれ、広島県出身。1988~93年にJUN SKY WAKER(S)のベーシスト兼コンポーザーとして活躍し、バンドを脱退後はソロでの活動を展開するとともに、他アーティストのプロデュースも行うようになる。これまでゆず、矢野真紀、ミドリカワ書房、植村花菜、グッドモーニングアメリカらのプロデュースを手がけている。2001年より、自身が尊敬するアーティストや親交あるアーティストをゲストに迎えコラボレーションを行うイベント「Golden Circle」を不定期に開催。ソロデビュー20周年を迎えた2013年には、東京・日本武道館と大阪・大阪城ホールにて計4日間におよぶ「Golden Circle Vol.18 ~Yohito Teraoka 20th Anniversary Special~」を行った。2014年9月には通算14枚目となるオリジナルアルバム「Baton」をリリース。
桜井和寿(サクライカズトシ)
1989年に結成されたMr.Childrenのボーカリスト。ミニアルバム「Everything」で1992年5月にメジャーデビューを果たして以来徐々に人気を集め、1993年11月発売の4thシングル「CROSS ROAD」がバンドにとって初のミリオンヒットとなった。2014年にはGAKU-MCとのユニット・ウカスカジーを結成し、「2014 FIFAワールドカップ」の日本代表公式応援ソング「勝利の笑みを 君と」などの楽曲を発表。同年6月にリリースしたアルバム「AMIGO」には寺岡呼人、亀田誠治、布袋寅泰ら多数のアーティストが参加した。Mr.Childrenの新曲「足音 ~Be Strong」は10月スタートのフジテレビ開局55周年記念プロジェクトドラマ「信長協奏曲」の主題歌に決定している。