ナタリー PowerPush - 山下達郎

全音楽ファンに贈る、究極のオールタイムベスト

今の自分がやるべきこと

──達郎さんはずっと変わらないスタンスを貫いている一方で、ここ数年、特に2008年にツアーを再開して以降は野外フェスに出演したり、この夏は映画館でライブ映像を解禁したりと新しい試みをいくつも始めていますよね。これはどういう意図なんでしょうか?

ああ、それはやっぱり、人間の生き死にっていうのを切実に感じる年代になってきたんですよね。自分はあと何年生きられるんだろうとか、それほど大げさな話でもないんだけど、そうした肉体的なことを考えても、今の自分がやるべきことをやれるうちにしておこうって。あとはリーマンショック以降の不況下で自分のお客さんを見たときの、特に男性の切迫感っていうのが自分にとってすごく大きい。さらにそこに震災があったりもして。この時代に音楽にできることは何かっていうことはものすごく考えましたよね。その結果「自分にできることは?」って思ったんです。そこから実はライブの値段を据え置いてたりもしてますし。

──なるほど。

あとはここ数年、(忌野)清志郎さんとか、そういう同時代の人たちが続けて亡くなっている。それが自分だって少しもおかしくないわけで、そうすると自分がやるべきこと、やりたいことも、まだもうちょっとあるから、それはやれるうちにやっておこうって思いますよね。

──そういった、新しいことにチャレンジしていきたいという気持ちが、今の達郎さんの中でこれまでになく強いということなんでしょうか?

そうですね。強くなった理由のひとつには、やっぱりレコードメディアがなくなる前に方向転換しなきゃいけないというのもあって。以前はレコードの販促活動のためのライブだったんですけど、これからはライブのためのレコードになるんですよね。もしかしたら今後ライブと同じ編成でレコーディング作品を作るかもしれない。

──それは先程の話と真逆というか、達郎さんにとってはすごく大きな変化なんじゃないですか?

確かにとても大きな変化ですね。でも「RIDE ON TIME」にしろ「MOONGLOW」にしろ、そのあたりの曲は、ほぼ全曲ステージでやってるんですよ。でもそれがだんだん複雑になって、再現できなくなってきて、だから「ヘロン」とか全く不可能になっちゃって。それがまた元に戻るっていうことですからね。先祖帰りですね。

“しょうがないから”やり続ける

──お話を伺っていると、達郎さんが創作意欲の衰えを感じることはまだまだなさそうですね。

おかげさまで(笑)。新譜に感動できるっていうか、人の作ったものに感動できるうちは大丈夫だなって思いますね。それにライブを再開して5年目で、ほぼ昔のようなライブの身体に戻れたんですよ。

──59歳にして現役真っ只中という。

(笑)。この歳になっても、自分が作ったものを聴いてくれる人がいる、評価してくれる人がいるっていうのが何より大きいですよね。あと追い込んでくれるスタッフも(笑)。僕なんて怠け者だから本当はあまり仕事したくないんだけど、しょうがないからやるんですよ。でも人に聴かせるものだから「まあいいか、これで」っていうのはない。しょうがないからやり続けるんです。

──「しょうがないから」っていうのは、言葉を変えれば「使命感」ということですよね。

因果な性格なんですよ。若い頃からずっとそうなんです。大昔食えなかった頃には、人のためのアレンジとかコーラスとか、できる仕事はなんでもやってたんだけど、中にはクソみたいな仕事もあるわけ。だけどどんなにクソみたいな曲でも、自分がやったアレンジだけは良かったって言われるようにしようとか、あのコーラスだけは良かったって言われるようにしようって思ってやってた。手が抜けない性格なんです。そして、それが常に自分を助けてきたんですよね。

インタビュー写真

オールタイムベストアルバム「OPUS ~ALL TIME BEST 1975-2012~」2012年9月26日発売 / 3980円 / Warner Music Japan

山下達郎(やましたたつろう)

1953年東京出身の男性シンガーソングライター。1975年にシュガー・ベイブの中心人物として、シングル「DOWN TOWN」とアルバム「SONGS」にてデビュー。翌1976年のバンド解散を経て、アルバム「CIRCUS TOWN」でソロデビューを果たす。1980年に発表したアルバム「RIDE ON TIME」が大ヒットを記録し、以後日本を代表するアーティストとして数々の名作を発表。1982年には竹内まりやと結婚し、彼女のアルバムをプロデュースするほか、KinKi Kids「硝子の少年」など他アーティストへの楽曲提供も数多く手がけている。また、代表曲「クリスマス・イブ」は1987年から四半世紀にわたってオリコン年間チャート100位以内を記録。2011年7月に通算13枚目のオリジナルフルアルバム「Ray Of Hope」を発表し、2012年9月には初のオールタイムベストアルバム「OPUS ~ALL TIME BEST 1975-2012~」をリリースする。


2012年9月25日更新