田村ゆかりインタビュー「みんなで音楽をやることが、今は楽しくて居心地がいい」 (2/3)

思っている以上のものを返してくれるサクマリョウ

──4曲目の「QT Two-Face」はちょっとスウィングジャズを挟んだりする軽快な80'sアイドル風のポップソングで、少し神楽坂ゆか(田村によく似た架空の昭和アイドル)を彷彿とさせるムードも感じました。

ホントですか? そこは意識してなかったです。

──おそらくシティポップのような雰囲気があるからだと思いますけど。作編曲は園田健太郎さんで、園田さんはこの曲とリード曲「Bejewel Escape」の2曲を提供しています。

園田さんの曲は心地いいんですよね。園田さんのデモテープはどれもよくて。ただ、アルバムの中に要素がかぶっちゃう曲は入れられないので「ちょっと君は待機していて」みたいな曲がいっぱいあるんです。園田さんにもそれは伝えてるんですけど。「あれも好きだしこれも好きだしこれも好きなんだけど……ちょっと待ってもらってます」って(笑)。今回はアルバム全体の中でこの曲がいいかな、と思って2曲選ばせてもらいました。

──ここまでの4曲は、バリエーションは違えどどれも明るくポップで。5曲目からは、少しトーンを抑えた、大人っぽい曲が続きます。「Sunny Spot」はミドルテンポでグルーヴィな、今ドキ感のあるサウンドですね。

まさに今ドキ感のあるアーティストさんを例に挙げて「こういう感じの曲が歌ってみたいんです」とディレクターにお願いしました。これもちょっとシティポップっぽさがありますよね。

──確かに。田村さんのアルバム中盤というと、もっとディープな、重たいムードのバラードが置かれることが比較的多かった印象ですけど、このアルバムはトーンを落としつつ重さはない、しっとりとした中盤戦になっていて。それがアルバム全体の明るいムードにつながっているのかなと。

そうですね。いわゆる“どバラード”はこのアルバムだと奥華子さんに書いていただいた曲くらいで。怨念みたいな曲が1つもないんですよ、実は。

──怨念(笑)。そうなんですよね。

今回は怨念なくてもいいかなーと思っちゃって(笑)。

──「Sunny Spot」と次の「Moonhole」はどちらもサクマさんの作編曲で、流れとしても連なりを感じます。サクマさんはまさにこのアルバムの中核を担っている作家と言えますね。

そうなんですよねー。リョウさんは本当に、なんでも書いてくれるんですよ。「こういう曲が欲しいな」と思ったときは、コンペでお願いするためにいろんな要素をコンペシートに書き出していくんですけど、「これ、リョウさんに頼んだらいい感じで作ってくれそうじゃない?」って、結局リョウさんに決め打ちで書いてもらうことが増えてきて。で、やっぱりこちらが思っている以上のものが返ってくるんです。このへんの曲が自分では今一番歌いたい感じなんですけど、「明るい」「暗い」「悲しい」みたいなハッキリしたものじゃないから、お客さんのニーズには合ってないかも?という心配もあって。それでさっき言った「帳尻合わせ」が必要かな、と思ったんです。

奥華子のド真ん中バラード、RAM RIDERから出てくるかわいらしさ

──そして7曲目の「忘れな月」がこのアルバムのディープな部分を一手に担っている、奥華子さん書き下ろしの“どバラード”です。

これも過去のバラードに比べたら怨念はないかなーと自分では思っているんですよ。呪い要素は少ないなと。

──奥さんの楽曲提供は「Candy tuft」収録曲「嘘」以来です。前回は奥さんの楽曲「恋」に通じる暗く悲しい曲を、という内容の概要書を旅先のアラモアナショッピングセンターから送ったとおっしゃっていましたが(笑)、今回はどういうオーダーを?

今回は私は概要書を作っていないんですよ。奥さんの曲を挙げて「こういうテイストで、悲しい曲が欲しいです」とだけ。

──奥華子のバラードのファンとして、「忘れな月」はいかがでしたか?

もうド真ん中きたなと。暗いなーとは思うんですけど、やっぱり好きなんですよね。こういう曲が。

──続いて8曲目は、RAM RIDERさんによる四つ打ちハウスの「ぜんぶきみのせい。」です。RAMさんについては、最初の頃は「グイグイくる」「意思の疎通が難しい」とおっしゃってましたけど(笑)、すっかり田村作品のレギュラーメンバーですね。

一応言っておきますけど、私、もうRAM RIDERさんのこと好きですよ。「もう」って言っちゃったけど(笑)。わりと仲よくやってますよ? これは「明るい曲が少ないから、RAMちゃん明るい曲ちょっと書いてよ」とお願いしました。あとは「何をやるべきか迷ってるんだけど、今流行ってる曲ってどんなの?」って相談したりして。

──わりとフリーテーマなオーダーだったんですね。

明るい曲ってお願いしたのに、そうでもないじゃん!と思いましたけど(笑)。ただ、私がRAM RIDERさんに求めているものは「パブリックゆかりんのド真ん中」じゃないから。むしろRAM RIDERさんの得意なものや個性が出ているほうがいいと思ってるし、「ぜんぶきみのせい。」は歌詞も含めてすごく好きだったので、「明るくはないけど、いい曲なんでこれでいきましょう」って。ふふふ。パブリックゆかりん的なかわいらしさはRAM RIDERさんからは出てこないんですけど、RAMさんが田村ゆかりを思ったときに出てくる歌詞や音楽は、方向性は違えど、やっぱりかわいいんですよ。

田村ゆかり

ライブに向けての気持ちを高めるリード曲

──9曲目の「ブルジェオンの薔薇」もシングル的なキャッチーさがある曲で、ストリングスの流麗さなどはアニソン的でもありますね。

これは本当にシングル的な、お客さんがわかりやすく盛り上がれる曲が欲しくて。ただ、歌詞のオーダーがわりとネガティブになっちゃって。私は幸せなときに、それをなくしてしまうのが怖くてネガティブなことを思ってしまうから、その気持ちをポジティブに変換してほしいと。

──ブルジェオンはフランス語で「蕾」ですが、こういったキーワードは田村さんのほうから?

いえ、これは松井さんが私のオーダーを読み解いてイメージしてくれたものですね。

──いわゆる典型的な“アゲ曲”ではなく、アレンジの黄金進行的な様式美だとか、構築された世界に没頭することで気持ちが高まっていく感覚はアニソン的とも言えますね。

そうですね。お客さんがわかりやすい、なじみのいい曲になったと思います。

──そして園田さん作編曲のリード曲「Bejewel Escape」はすごく爽快感のあるナンバーで、アルバム後半にきてさらに全体のポップな印象を底上げしているように感じます。これは先ほどのお話ですと、ライブをイメージした曲だと。

はい。ツアーに向けての気持ちを盛り上げてほしい気持ちがあったので、あなたと一緒に旅に出かけましょう、という歌にしたくて。

──なるほど。

アルバムの曲はやっぱり発売されたときに聴いてほしいと私は考えているので、その中でも先に耳にする機会があるリード曲を選ぶとしたらどの曲だろうな……と考えたら、ライブに向けての気持ちを高めるこの曲がいいかなと思って「Bejewel Escape」を選びました。

──11曲目の「わすれもの」はサクマさんの作編曲ですが、こちらは中盤ではなくアルバムのクライマックスに配置されています。この曲は歌詞の韻の踏み方が気持ちいいなと思いました。

そうですね。作詞の川島亮祐さんはリョウさんと一緒にバンドをやってらっしゃって、私の曲ではお二人がタッグのパターンが多いんですけど、リョウさんのメロも、亮祐さんの言葉も大好きなんですよ。穏やかで幸せなイメージがあったので、アルバムの終盤に置いてみました。

──そして「うらはら兎のねがいごと」はさわやかな余韻を残すエンドロールのような印象でした。これでアルバムが明るく締めくくられて、いい気分でついそのままリピートしてしまうような。

そうです、そうです。まさにリピートしやすいようにしました(笑)。この曲は確か、2017年くらいにいただいていたデモテープの中から引っ張り出してきたんですよ。

──2017年の段階では、田村さんにとっては明るすぎた?

いえ、そのときにもプリプロをさせていただいてたんですけど、たぶん曲数的な問題だったと思います。この音が上下に跳ねている感じとか、穏やかで明るい感じが今の気分にはちょうどよくて。