田村ゆかり|前作からわずか10カ月、ニューアルバム「あいことば。」の背景と王国民が待つ全国ツアーへの思い

幻の2020年ツアーで歌うはずだった新曲

──「あいことば。」という平仮名のアルバムタイトルも気になりました。最近は英語のタイトルが続いていて、日本語タイトルだと2013年の「螺旋の果実」以来ですね(参照:田村ゆかり「螺旋の果実」インタビュー)。

はい。でも実はこのタイトル、「螺旋の果実」を作っている頃にはすでに考えてあって。

──えっ、そうなんですね。

「あいことば。」というタイトルでアルバムを作りたいと考えていたんですよ。ただ、「螺旋」のときは作品のイメージにハマらなくて。ずっと頭の中にはあったんだけど、なんとなく今かなあって。

──漢字の「合言葉」ではなく平仮名で、かつ句点も含むタイトルを。

マルはそんなにこだわってなかったんですけど、据わりが悪かったので付けてみたという(笑)。

──ではここからアルバム本編について詳しく聞かせてください。今回はシングルなど既発曲はなく書き下ろしの新曲のみで構成されていますが、ご自身の中でアルバム全体のキーとなる曲はあったんですか?

ないんですよ。だからミュージックビデオを作るのにすごく困りました(笑)。

──シングル的にキャッチーな、「この曲のMVが作られそうだな」と思う曲は複数ありますけど。

そうなんですよね。でもそんなに何曲もMVを作るわけにはいかないので、お客さんの好みも考えつつ。とはいえ、お客さんの好みドンピシャなものでは作りたくなくて(笑)。

──(笑)。それこそ1曲目の「Exactly」なんて、展開に少しトリッキーな箇所はありつつ、シングルの表題曲になりそうなキャッチーさがありますよね。

「Exactly」が、前回のインタビューでお話した、ツアーの最終公演で初披露の新曲として歌おうと思っていた曲なんですよ。歌詞は当初考えていたものと全然違う形になりましたけど。ライブで歌おうと考えていたときは、もっとさわやかに「盛り上がろうぜ!」みたいな曲にしたかったんですけど、少しメッセージ性の強い曲に変わりましたね。

──作詞は今回も松井五郎さんがアルバム全曲の半分以上を手がけた格好で、この「Exactly」も松井さんの作詞です。松井さんには「こういうアルバムにしたい」という全体像を共有したうえでお願いしたんですか?

「Exactly」のときはタイトルのお話はまだしていなかったんですけど、その次にお願いした曲からは「あいことば。」というタイトルでこういうアルバムにしたい、という意思は伝えてますね。全曲ガチガチにその意味合いを持たせてしまうのも変なので、曲ごとにイメージをお伝えした感じです。

軽やかな楽曲がそろった理由

──2曲目の「キャラメル」は最近の作品ですっかりおなじみとなったRAM RIDERさんの作曲で、こちらは歌詞と編曲もRAMさんですね。ちょっとジャズっぽい要素の入ったかわいいテクノポップというか。RAMさんは今回も2曲を提供していますけど、意思疎通は深まりました?

いや、深まってないと思います。

──あはははは(笑)。

私からは「かわいいフューチャーベースがいい」とお願いしたんですけど、上がってきた曲はジャズになってましたね(笑)。先にお願いしたのが5曲目の「Never Let You Go」で、こちらは私に明確なイメージがあったのでそれをお伝えして作ってもらいました。「キャラメル」はかわいいフューチャーベースを歌ってみたいなと思ったんですけど、ジャンル的によくわからないから「どんな感じがありますか?」とやりとりをして。なぜかジャズ要素が入っちゃいましたけど(笑)。

──「Never Let You Go」のほうはアルバム中盤のディープな流れの導入部という雰囲気もありつつ、いつものアルバム中盤に比べると軽やかに聴ける印象で。

すっごい重い曲があってもよかったんですけど、そんなにピンとこなかったんですよね。

──RAMさんの楽曲に関しては基本、作詞もセットですよね。作詞家としても信頼を寄せているということなのかなと。

信頼しているというほどではないんですけど(笑)。でも、もちろん嫌だったら頼みませんし。

──変な関係性ですね(笑)。話は前後しますが、3曲目の「ちょっとだけワルイコ」は松井さん作詞、白戶佑輔(Dream Monster)さん作編曲で、タイトル通りかわいく悪ぶるロックナンバーです。

これはちょっとだけトリッキーな要素が欲しいと思って選んだ曲ですね。

──「Pink Pygmalion」はエレクトロなダンスミュージックで、歌詞の内容はアンドロイドの恋モノです。MVはこの曲を選んだんですね。

この曲はコンペで選んだ曲なんですけど、渡辺(泰司)さんの作る曲はエレクトロなものが多くて、けっこう好みなんです。ただ、けっこうガチなエレクトロが多くてアルバムの中での置きどころが難しくて。ライブでもお客さんが置いてけぼりになっちゃうので、この路線だとちょうどいい匙加減が難しいんですよね。

──あくまで歌モノとして楽しめるように。

そうですね。コンペでEDMっぽい曲を募集すると、レンジが広くてカッコいいけど実際に歌うのは不可能な曲も多くて。そんな中でも渡辺さんが作られる曲は歌がしっかりと立つ印象なんです。

──ライブで表現できないものは作らない?

いや、このアルバムを作り終えた今は、そういう曲があってもいいのかなと思ってますね。ライブでは歌わないけど、音源として作り込む曲があってもいいかもしれない。でもせっかく作るならライブで歌いたいという気持ちもあるので、難しいところですけど。

──冒頭4曲が、それぞれバリエーションは違えどすごくライトに聴ける印象なので、よりいっそうアルバム全体に軽やかな印象を覚えるところがあって。

それで言うと、また話は戻ってしまいますけど、「Never Let You Go」は最初に上がってきた歌詞が、コロナ禍ならではの「いつか君に会える」的なニュアンスがすごく含まれていたんです。でも、もう私自身がそういう曲は聴きたくないなと思っちゃって。

──ああ、なんとなく気持ちはわかります。

全体的に軽やかなイメージがあるとしたら、そこが大きいかもしれないですね。もちろんそういう思いが全然ないわけではなくて、それこそ「Exactly」なんかは11月のイベントで感じた思いを歌詞に込めていたりするので。

神楽坂ゆかは早すぎた

──そして「Never Let You Go」からの中盤は少しムードが変わります。続く6曲目の「Pandora & Chimera」は……。

ちょっと懐メロっぽいですよね。昭和、みたいな(笑)。

──そうですね(笑)。80'sアイドルポップ的というか。「どうせ心はPandora 愛は怖い」「どうせ孤独のChimera(キマイラ)愛はずるい」のような表現は確かに昭和歌謡の血を感じます。

私よくわかってないんですけど、最近昭和っぽい歌が流行ってるんですか?

──昭和歌謡というよりも、シティポップリバイバルの文脈で80年代のアイドル歌謡が注目されている流れはありますね。そういえば田村さんは……本人ではないですけど、神楽坂ゆかさんの活動があったり(参照:昭和アイドル神楽坂ゆか、中野サンプラザで2度目の単独コンサート)、昭和アイドル歌謡テイストはたびたび取り入れてますよね。

そうなんですよ! 友達に「神楽坂さん、早すぎたね」って言われて(笑)。

──神楽坂さんは早すぎたシティポップリバイバルでしたね(笑)。「Pandora & Chimera」は神楽坂さんとはまた少しテイストの違う、大人な濡れたムードがありますけど。

デモを聴いたときは単純に「いい曲だな」と思ってたんですけど、アレンジが仕上がってみたらめっちゃ昭和っぽくなってて(笑)。確かにいつもなら中盤のこのあたりはもっと重い曲を入れがちですけど、ちょっと違いますね。

──次の「それは奇跡なんかじゃない」も歌詞に重さはあるけど、サウンドはすごく軽やかで。この曲もシングルカットしたりMVを作るのにもよさそうなキャッチーさを感じました。

そうしてもよかったんですけど、やっぱり今までのようなパブリック田村ゆかりの派手さやかわいらしさは足りないかなーという感じがして。このあたりが、すごくポップなんだけどライブではうちのお客さんは盛り上がれないだろうなと感じちゃうんですよね。次の「私だけMissing」は今までだったらライブで盛り上がるタイプの曲だと思うんですけど。

──そうですね。この曲もやはりシングル表題曲っぽさがあるというか。「大大大好きなはずなのに」みたいなフレーズやリズムの面白さもあるし、確かにライブでのニーズが高そうな印象です。

キメが多くて声を上げやすいみたいな。お客さんがMVを観たいのはこのあたりでしょうけど、ドンピシャは避けたかったので(笑)。この曲を作っているときには「あいことば。」というアルバムタイトルを考えていたので、松井さんにはそのあたりの話も伝えていますね。

──「Umbrella Sign」も80年代のアイドルソング的な趣がありますね。少しメランコリックなムードで。

デモを聴きながら歌詞のイメージを考えていたら、なんとなく雨が浮かんだんですね。でもよくよく聴いてみたら仮の歌詞に「雨」が入っていて(笑)。なんだよ私全然自分でイメージできてないじゃん!ってショックを受けました(笑)。

──引っ張られちゃって(笑)。

ガックリしましたけど、まあ雨が似合うなと思って(笑)、ひっぱられつつも思いついた内容でお願いしました。