ナタリー PowerPush - 竹内まりや

今、思うこと ロングインタビュー

中庸なもので高品質を目指すほうが難しい

──まりやさんの曲は、もともとお題に合わせて書いた曲であっても、結果としてすごく普遍性があって時代も関係なく聴かれるものになっているのが不思議だなと思います。例を挙げると、「元気を出して」がいろんな歌手にカバーされていたり、「家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)」が今に至るまで複数のCMソングとして使用されたり。そういうエバーグリーンなものを生み出したいと、書くときには意識されてるんですか?

10年経ったときに古く聞こえない音楽をっていうのは、達郎もアレンジをする上で一番に目指していることですが、私もメロディや歌詞に対していつも「普遍性」と「大衆性」と「時代性」という3つを潜在的に意識していますね。

──今回のシングルもまさにそうだと思います。決して特別ではないメッセージが詰まっていて。

ミドルオブザロードというか、特に際立った特徴はないんだけれども、誰とでも接点が持てる音楽をやりたい。ロックを聴いてる人も、フォークが好きな人も、演歌を聴いてる人も入っていける、入口がいっぱいあるニュートラルな音楽。でも、それを作るのが一番難しいって達郎は言っています。先端を行くようなエッジィな音楽やサブカル的な音作りは、ビジュアルイメージも含めて具体的にこうするとそんな感じになる、というある種のノウハウが見つけられそうな気がするけれども、特にこれといって毒にも薬にもならないようなMOR、つまり中庸の音楽で高品質な普遍性を目指すほうがずっと難しいんだよって。すごくわかるような気がする。MORはさらっと流れて終わっちゃうってこともあるので。何か胸にグッと来るものを、そういう音楽で作るほうが意外と難しいのかもしれないですよね。

──でも、まりやさんは作ることができていませんか?

それを目指してやっているつもりでも、難しいですね。みんながわかる平易な日本語で、誰が聴いても何か光景が思い浮かぶような楽曲。大仰なことを何もしていなくてもみんなの心にすんなりと届くような歌。それが私が目指す大衆音楽です。

自由でいいなって思うのは椎名林檎ちゃん

──今、気になる存在のアーティストっていらっしゃいますか?

実際に会ったり話したりしてみて、一番自由でいいなって思うのは椎名林檎ちゃん。彼女は天才なんですよね。昭和歌謡みたいな曲も見事に歌えたり、ジャズも歌えたり、本当の意味でのロックミュージシャンともいえる数少ないアーティストだと思います。ボーカルもそうですけど、書く作品のベクトルがどこにでも振れるっていうか。「それだけ自由度が高い音楽で支持されるのは、実はすごく難しいことなんだよね」って伝えてもあんまりピンときてないみたいで。そこが天才だなと思うんですよ。彼女は30代ですけど、ああいう下の世代がいるっていうのはすごい刺激になると同時に、リスペクトしますね。

──なるほど。ほかに交流の深いアーティストというとどなたでしょうか。

ミュージシャン同士で古くから一番仲良くさせていただいてるのは桑田くんご夫妻です。サザンのデビューと私のデビューが1978年で一緒なので、昔は歌番組なんかに一緒によく出てましたね。同年代でポップスをやっていて、夫婦で歌を歌っているという共通面でも私的な交流の面でも、彼らはずっと一緒に歩いてきたという絆を感じるご夫婦です。

──ほかに同志を探そうと思ってもたぶんいないくらい、日本最高峰のミュージシャン夫婦2組だと思います。

去年の12月の桑田くんの横浜アリーナ公演は達郎と観に行きましたが、本当に本当に素晴らしかったですよ。最後に「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」を切々と歌ったんですけど、病気を乗り越えたこともあって、聴きながら涙しましたね。同じ時代を生きてきて、彼が病を克服して元気に歌っている姿を見られること自体が感動でした。

「人を失望させる前に引退する」美学

──これから先、まりやさんは生涯ずっと歌っていたいと思いますか?

歌っていられるのなら歌いたいです。肉体的に、歌を成り立たせるだけの声が出ていたら歌いたいですね。女の人で最長どのくらいまで現役で歌手をやった人がいるのかな……。それ調べたことないなあ。

──シャンソンや演歌も含めると、ジャンルによって歌手寿命も違うでしょうしね。

あっ、そういえば、二葉百合子さんが一昨年確か80歳ぐらいで引退されたんですよ。その理由が「人を失望させる前に引退したい」ということでした。その時点でまだバリバリ素晴らしい声が出てたので「うわ、もったいない!」と思ったけど、それもご自分の美学なんだろうなあと尊敬しましたね。

──「人を失望させる前に」か。まさに勇退ですね。

ええ、それもひとつの勇気ですよね。自分の満足のためにステージに立ち続けるわけではないんだと。自分が朗々と歌ってるつもりでも、もしかするとお客さまがお情けで聴いてるかもしれないですよね。私はそうしなかった二葉さんのプロ意識を素晴らしいなと思いました。

──曲も書き続けます?

できる限り書きたいです。曲こそ自分が歌えなくなっても、ほかの歌手の方にこんな歌はいかがですか、と託せるものだから、ぜひやりたいですよね。まあオファーがあればね(笑)。

ニューアルバム「Dear Angie ~あなたは負けない / それぞれの夜」 / 2013年7月3日発売 / ワーナーミュージック・ジャパン
初回限定盤 / [CD+DVD] / 1680円 / WPZL-30637
通常盤 / [CD] / 1260円 / WPCL-11523
CD収録曲
  1. Dear Angie~あなたは負けない
  2. それぞれの夜
  3. Your Mother Should Know
  4. Dear Angie~あなたは負けない(オリジナルカラオケ)
  5. それぞれの夜(オリジナルカラオケ)
初回限定盤 DVD収録内容
  • Dear Angie~あなたは負けない(Music Video)
  • 元気を出して(souvenir 2000 LIVE)
竹内まりや(たけうちまりや)

1978年、シングル「戻っておいで・私の時間」でデビュー。「SEPTEMBER」「不思議なピーチパイ」など次々とヒットを飛ばす。山下達郎と結婚後は作詞家、作曲家として「けんかをやめて」「元気を出して」「駅」など多くの作品を他の歌手に提供する傍ら、1984年に自らもシンガーソングライターとして活動復帰し、1987年に発表した「REQUEST」以降すべてのオリジナルアルバムがミリオンセールスを記録している。また、1994年発表のベストアルバム「Impressions」は350万枚以上の記録的な大ヒットとなり、日本ゴールドディスク大賞ポップス部門(邦楽・女性)でグランプリアルバム賞を受賞。ベスト盤ブームの先駆けとなった。2007年、6年ぶりとなるアルバム「Denim」を発表。2008年にはデビュー30周年を記念した自身初のコンプリートベストアルバム「Expressions」をリリースし、オリコン週間ランキングでは3週連続1位を獲得。2010年12月には10年ぶりのライブ「souvenir again」を日本武道館と大阪城ホールで行った。