使われなくてもいいから歌にしておきたい
──自然と共演することでさまざまな生命とのつながりを感じた高木さん、そして百音と彼女を取り巻く世界との関係は通じるところがあるかもしれませんね。百音は成長しながら世界とつながっていきます。
だからメロディはすごくシンプルだけど、アレンジとか音楽のあり方は群像劇っぽいんです。いろんな音が同時に鳴ってリレーみたいにメロディを紡いでいく。そこで音がぶつかっても、今回はそのままにしたんです。
──“音の群像劇”ですか。面白いですね。いろんな声が入っているのも印象的でした。「来光」のように高木さん自身が歌っている曲もあれば、アン・サリーさんや坂本美雨さん、そのほかいろんなシンガーや子供たちの歌声が登場します。中でもアンさんが3曲、ボーカルをとられていますね。
ボーカル曲を作りたいと思ったとき、まずアンさんのことが頭に浮かんだんです。阪神淡路大震災のことを歌ったソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」を、アンさんがカバーした映像がYouTubeに上がっていて。歌っている立ち姿とか声の出し方とか、その全部がよくて「これが歌」って思ったんです。それを観たときから自分も歌を作りたいと思うようになった。だから自分が歌うときはアンさんになったような気持ちで歌ってます。
──高木さんにとって“歌=アン・サリー”なんですね。ボーカル曲が欲しいというのは番組側からのリクエストだったんですか?
いや、そういうリクエストはまったくなくて、僕のほうから歌詞を付けたいとお願いしました。今回のサントラでは、曲を書いたときに「アンさんに歌詞を付けて歌ってもらわないと、この曲は終われない」というのが何曲もあったんです。ドラマで使われなくてもいいから歌にしておきたい、というのが。ほかにもボーカル曲がありますが、「このメロディを子供時代の百音と妹の未知が歌ったらどうなるんだろう」とか、いろいろ考えているうちにできました。アレンジを考えるのが楽しくて、どんどん曲ができてしまって。
──その結果、CD3枚組で収録時間が3時間を超える大作になったわけですね。サントラとしては異例の大作です。
本当はもうちょっと入れたかったんです(笑)。映画だと音楽を入れるシーンが決まっているんですけど、今回はドラマが完成しない段階で曲を作ったので、どんなふうに曲が使われるかわからない。だからいろんなタイプの曲を作っておいたほうがいいんじゃないかと思ってるうちに増えました。今ドラマの第2章の音楽を作っているところなんですけど、第1章で音楽がどんなふうに使われているのかを観て、「ああいう使われ方をするんだったら、こういうふうに曲を作っておいたほうがドラマに使いやすいな」と考えたりもしています。
サントラは自分1人では絶対できない作品
──サントラに収録された曲は、多彩な楽器や音色が混ざり合い、宅録のような曲からオーケスストラサウンドまで編成もアレンジもさまざまで、3枚続けて聴いても飽きさせないところがすごいです。これだけのバリエーションを考えるのは大変だったのでは?
番組側に曲を送るたびに、「普通、昨日ああいう曲を送った人が、今日こんな曲を作ったりしないだろうな」と思っていました(笑)。思い付いたことはすべてやったし、自分が持っているものはここですべて出し尽くしました。これまで途中まで作って未完成のままだった曲の断片がたくさんあったのですが、いろいろな形でサントラに入れることもできました。今自分の中は全部出し切って空っぽ。朝ドラの仕事が終わったあと、音楽家としての仕事ができなくなっても後悔しないように思いっきりやっています。
──そういう、これまでのキャリアの総決算的な作品が、オリジナル作ではなく、サントラとしてできあがったというのも面白いですね。
子供の頃、ゲーム「MOTHER」の鈴木慶一さんと田中宏和さんが作ったサントラが大好きだったし、中学生の頃にはマイケル・ナイマンが手がけたサントラ「ピアノ・レッスン」が大好きでした。あと、ウーロン茶のCM曲をたくさんやられていた中川俊郎さんという方がいるんですけど、最近調べたら僕が子供の頃に好きだったCM曲は、ほとんどその方が作っていたんですよ。
──子供の頃から映画音楽やCMに大きな影響を受けてきたんですね。
今、映画音楽とかCMをやるようになっていますが、もともと僕はそういう音楽が好きだったんだと、このアルバムを作りながら思いました。1人で考えて作る音楽と違って、サントラは作っていると脳が溶けるんですよ(笑)。
──脳が溶ける?
1人の脳みそではできないというか。たくさんの人と一緒に共同で作るという側面はもちろんですが、自分のこれまでの人生で味わってきたもの総動員しても大丈夫なんですね。個人の作品だと、「今、ここ」に集中してしまいますが、サントラは全部使えます。
──高木さんの音楽を聴いたことがない。それどころか、日頃音楽を聴かないような人たちにも響く音楽を作らなければならないと考えたら、自分1人の脳では難しいかもしれないですね。
そうなんですよ。自分がやりたいことだけで攻めていくわけにはいかない。例えば橋をかけるとき、自分の家の前にある自分しか使わない橋だったら別に崩れてしまってもいいんですよ。また造ればいいだけだから。でも何万人っていう人が通る橋を造るんだったら話は違う。自分のためじゃなく、誰かのために1音出さないといけない。そんなふうにいろんな人との関係の中から作られていく音楽だから、できあがったときに自分の作品という感じがあまりしないんです。サントラは自分1人では絶対できない作品。それがサントラの面白さで、完成したときには「ああ、ありがたいな」といつも思います。
- 高木正勝(タカギマサカツ)
- 1979年生まれ、京都府出身の音楽家、映像作家。2001年にCDとCD-ROMからなる1stアルバム「pia」をCarpark Recordsよりリリースしてデビュー。翌2002年には細野晴臣のレーベルdaisyworld discsよりアルバム「JOURNAL FOR PEOPLE」を発表し、ピアノと電子音を融合させたサウンドで注目を浴びた。以降、コンスタントにオリジナル音源を発表しながら、CM音楽や映画音楽の制作、個展の開催などを行っている。代表作はデヴィッド·シルヴィアンとのコラボ曲を収録した2004年の「COIEDA」や、さまざまなミュージシャンが参加した2007年ライブアルバム「Private / Public」など。映画音楽としては、細田守監督作品「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」「未来のミライ」などのサウンドトラックを担当した。2018年11月にピアノ曲集「マージナリア」、2019年4月に「マージナリア2」をリリース。2021年6月には劇伴を手がけたNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」のオリジナルサウンドトラックが発売された。