──ではここからは、「CHOPIN ORBIT」リリースにあたって、角野さんとゆかりの深い方々からいただいたコメントを見ていきたいと思います。
上原ひろみ
Q1. 「CHOPIN ORBIT」を聴いた感想は?
聴きながら歩けば、普段歩いている道が色付き、空港や駅に向かいながら聴けば、今日は何か特別な出会いがあるような気がした。美しいピアノの音色で、1日を豊かに彩り、鮮やかなものにしてくれて、どうもありがとう。
──簡潔ながら心のこもった素敵なコメントですね。上原さんとは昨年(2025年)2月、やはりサントリーホールで共演されています。
はい。前のアルバム「Human Universe」の全国ツアー最終日ですね。その3日前かな。「EIGHT-JAM」(テレビ朝日)の上原ひろみ特集に、僕も出演させていただいて。そこでご本人とお話しして、急遽自分のコンサートにも出ていただけることになった。もう人生最高に緊張しました(笑)。
──中学時代から大ファンだったそうですね。実は本作「CHOPIN ORBIT」にも、個人的に上原さんの影響を感じる瞬間はけっこうありました。例えば7曲目「白鍵」における右手のよどみないフレージングだったり、たゆたうような自在なテンポ感、低音部のダイナミズムだったり。
影響、あらゆる意味でめちゃめちゃ受けてます。まず大きいのは変拍子の使い方。上原さんの曲って、リズムがものすごく複雑じゃないですか。7拍子、13拍子、15拍子とか、聞いたこともないようなのが普通に出てきて(笑)。しかも右手と左手がまったく別の時間を刻みながら、クライマックスではビタッと一致する。中学、高校の頃から聴きまくって、あのカッコよさにずっと憧れてました。何なら「Human Universe」というタイトル自体、上原さんへのオマージュになってますので。
──頭文字をいただいていると。
そうなんです。ちなみに僕、タイトルを決めるずっと前に、上原さんに人生で初のファンレターを渡してるんですよ。たぶん今後もないと思うんですけど(笑)。「いつか自分も11拍子の曲を作りたい」「完成したらぜひ聴いてください」と書いている。それで完成させた曲に「Human Universe」という名前を付けたんです。
──作曲家として、仰ぎ見るような存在なんですね。プレイヤーとしてはいかがでしょう?
学生時代から何度もライブに通っていますが、圧倒的としか言いようがない(笑)。テクニックはもちろん、オーディエンスを前にした爆発力はもう、世界でも唯一無二だと思います。ステージで共演させていただいても、油断すると吹き飛ばされてしまうほどパワフルで。特に連弾ではそのエネルギーを肌で感じて、一瞬たりとも気が抜けません。しかも上原さんの場合、どこまでも緻密に構築された楽曲の上で、あのアドリブを炸裂させるわけじゃないですか。ストイックなアンサンブルの裏付けに基づいた即興っていうのかな。
──本当にそうですね。ただ腕に任せて弾きまくってるわけじゃない。
もしかしたらそこは、僕が考える“ショパンの即興性”とも重なる部分なのかなと。作曲ではどこまでも自分の美意識なりビジョンを追求しつつ、1つひとつのライブでは持てる生命力をすべて注ぎ込む。自分が一番影響を受け、かつ見習いたいと思っているのは、上原さんのその姿勢だと思います。
鍵山優真(フィギュアスケート選手)
Q1. あなたが思う角野隼斗の印象は?
“どんなジャンルでも弾ける多彩なピアニスト”です。今回のフィギュアスケートのショートプログラムとエキシビションナンバーで角野さんの楽曲を使用しました。エキシビションでは自分のためにイチから楽曲を作っていただき、自分のための曲とプログラムができ、貴重な体験をさせていただきました。
Q2. 「CHOPIN ORBIT」を聴いた感想は?
音楽知識があまりないので深い感想は言えないですが、ピアノの音色だけなのに、曲ごとに自分なりのいろんな情景や感情を感じられて聴き入ってしまいました。どの楽曲もフィギュアスケートで使ってみたいです。
──ミラノ・コルティナオリンピックに出場したフィギュアスケーター鍵山優真さん。その際のエキシビションで使われた「frostline」は、ツアーのアンコールでも演奏されていました。この曲は鍵山選手たっての希望で作られたとか。
そうですね。実際にご本人が練習されているスケートリンクにお招きいただきまして。振付のカロリーナ・コストナーさんを交えて打ち合わせをしました。生で体感した鍵山選手のスケーティングは一生忘れられません。言葉にするとありきたりに響いてしまうけれど、本当に極限まで無駄を削ぎ落としたエレガントな動きで。重力から解き放たれて、宇宙の中を自在に駆け巡っているような……そんな印象を受けましたね。
──曲作りにあたって意識されたことはなんでしょう?
最初の打ち合わせの際、カロリーナさんがとても印象的なことを仰ったんです。いわく「鍵山選手は3つの速さを兼ね備えている」。1つは、文字通り滑りのスピード。これを持続できる強さがある。次に圧倒的な加速力、英語で言うところのアクセラレーションですね。そして最後が、足元の素早い動き。こちらは同じ速さでも、クイックのイメージだと思います。この3つの速度感を、楽曲内でもうまく表現できたらいいなと。
──確かに「frostline」という曲は、BPMこそほぼ一定なのに、パートによって時間の流れがダイナミックに変化しているようにも聞こえます。具体的にはどういった工夫を?
自分なりに歩幅をイメージしながらフレーズを作っていった部分はあったかもしれませんね。例えばイントロで、細かい音の並びが次第にクレッシェンドしていくところ。あそこは鍵山選手のシューズの動きがどんどん小刻みになり、一気に加速する瞬間を思い浮かべて。力強い音像という面ではプロコフィエフの「ピアノ協奏曲 第3番」の第1楽章を少し意識しつつ。本番への期待を込めて書いていったのを覚えています。
──鍵山選手の全演技が終了したあとには、SNSに「氷上に光の線が走るようで、とっても輝いて見えました」と投稿されてましたね。
コンサート当日でどうしてもリアルタイム視聴が叶わず、数時間遅れてしまったんですけど。いやあ、めちゃめちゃ感動しました。さっきもお話ししたように動きに一切の無駄がなく、エレガントそのものなんですよね。あの軽やかさは、僕が常日頃から目指している音楽のあり方とも重なっている気がして。うれしくて光栄で、自分自身も励まされました。
岸田繁(くるり)
Q1. あなたが思う角野隼斗の印象は?
お人柄だと思います。初対面でも丁度良い距離感と柔らかさ、爽やかさ、温かさでとてもスムーズに私たちの「世界」がすぐに生まれました。演奏会も拝見させていただきましたが、一線のピアニストであり、人気YouTuber「かてぃん」でもある彼は、次世代の音楽家として一切の妥協を許さず、頑なに新しいチャレンジをし続けていること、固定された様々な概念を覆すことを生業としていることがすぐにわかりました。剛柔交えながらも、やはりお人柄が素晴らしいのです。
Q2. 「CHOPIN ORBIT」を聴いた感想は?
リディア旋法を好むものとして、キタキタこれです、という「リディアン・ハープ」は勿論ですが、オリジナル曲のクオリティに先ず驚きます。テレビで冬季オリンピックの男子フィギュア、エキシビションを観ていた時に流れた「frostline」。スケートの技術や演出自体も優れたものでしたが、書き下ろされたそれは演技を高密度の音の波でサポートする素晴らしいものでした。角野隼斗にもメダルをあげたいと思いました。これぞ角野隼斗の楽曲だ、というクセや特徴も掴みたいのが作曲家の性ですが、彼はそんなところをもすり抜け、とにかく音の波をコントロールしながら自然な成り行きを否定せず、その場で構築することができる素晴らしい演奏家です。作曲家として、演奏とそれが一体になるような瞬間が、今後沢山彼に訪れて、まだ名づけ得ない若い音楽家たちの指標になっていくことでしょう。彼より先にいる音楽家のことを私はまだ知りません。
──岸田さんとの出会いは?
最初は2022年かな。MCをさせていただいたNHKのラジオ番組「角野隼斗Presents RadioCrossOver」に、僕の尊敬するゲストとして来ていただいて。翌年にはくるり主催の京都音博(「京都音楽博覧会2023」)に呼んでいただき、一緒に「ジュビリー」を演りました。それ以来のお付き合いです。「丁度良い距離感と柔らかさ」を挙げてくださるところが、いかにも京都人の岸田さんらしい(笑)。子供の頃から尊敬するミュージシャンなので、このコメントもうれしすぎますね。
──くるりの楽曲のどこに惹かれますか?
もう理屈抜きでシンプルにカッコいい! でも強いて職業的観点から挙げるとすると、和声感だと思います。くるりの楽曲って、バンドアンサンブルが織りなすハーモニーがとても美しいんですよね。ウィーンで録音された「ワルツを踊れ Tanz Walzer」みたいなアルバムはもちろんですし。そうじゃない、ギターを主軸としたロック的なサウンドプロダクトであっても、それこそクラシックにも通じる複雑な和声を感じる瞬間が多々あって。岸田さんの紡ぐ旋律や言葉と絶妙にマッチしている。あの気持ちよさはほかでは味わえません。
──とりわけ思い入れの深い曲を挙げるとすると?
パッと思い浮かぶのは「赤い電車」。僕、子供の頃に京浜急行をけっこう使ってたんですね。より正確には乗り入れしている都営浅草線のほうですけど。その頃からあの発車音を聴くたび、「なんだか音楽っぽいなあ」とぼんやり思ってたんです。だから、それが曲の中で「♪ファソラシドレミファソー」と歌われてるのを聴いてびっくりした(笑)。自分と同じことを感じてる人がいるのが、うれしかったのかもしれません。その後、さかのぼって「ばらの花」みたいな名曲も聴くようになって、どんどんハマっていきました。
──岸田さんは注目ポイントとして、3曲目の「リディアン・ハープ」を挙げています。これはアルバム内で、ショパンのエチュード「エオリアン・ハープ」と対になるオリジナル曲ですね。
はい。リディア旋法というのは、中世ヨーロッパの教会で用いられた音階の1つで。メジャースケールの4つ目の音だけ半音高く、それによって独特のキラキラした浮遊感が得られるんですね。「エオリアン・ハープ」と呼ばれるショパンの有名な練習曲は特にこの旋法を用いてるわけじゃないんですが、そこはちょっとした言葉遊びで(笑)。同じ「ディア旋法を好むもの」として、自分が気持ちいいと思う音像を表現してみました。
浪岡真太郎(Penthouse)
Q1. あなたが思う角野隼斗の印象は?
あんまり自分から喋るタイプじゃないくせに、喋ったら喋ったで結構刺さること言いがち。もっとグラデーションをつけて欲しい。
Q2. 「CHOPIN ORBIT」を聴いた感想は?
Larghetto(ラルゲット)が特にお気に入り。ふと思い立ってほかの奏者のこの曲を聴いてみたところ(僕はクラシックに全く明るくない)、あまりに解釈 / 編曲が違って驚いた。そして、おそらく僕は角野のこのアレンジでなければこの曲に興味を持つことはなかっただろうとも思った。ほかの収録曲でも同じように惹き込まれるリスナーがたくさんいて、ひいてはクラシック自体を少しずつ拡大していく、そういう壮大さを感じさせるアルバムだった。
──同じバンドのメンバーとして、浪岡さんが語る角野さんの印象について、率直にどう思われますか? 奇譚のない意見を教えてください。
まったく異論はないですが、これはそっくりそのまま浪岡さんにも返せる言葉だと思います。僕よりは自分からしゃべるタイプかもしれないけれど。
──「CHOPIN ORBIT」収録の「ラルゲット」について、浪岡さんは「角野のこのアレンジでなければこの曲に興味を持つことはなかっただろう」と述べておられます。「ほかの収録曲でも同じように惹き込まれるリスナーがたくさんいて、ひいてはクラシック自体を少しずつ拡大していく、そういう壮大さを感じさせるアルバムだった」とも。愛情に満ちたこのコメントについては、どうお感じになりますか?
純粋にうれしいですし、そう言ってくれるのはとてもありがたいです。
──浪岡さんはボーカリスト、ギタリスト、コンポーザーなど多彩な顔を持つミュージシャンです。長年のコラボレーションを通じて、角野さんご自身はどういうところに一番刺激を受けますか?
ボーカリストとしての圧倒的なセンスと表現力はもちろんなんですが、それに甘んじないクリエイティブの面での勉強量とアウトプット量、そして楽曲の緻密さにはすごいなあと思っています。
──今回の取材2日前、Penthouseの武道館ワンマンライブ「By The Fireplace」を大成功させています。角野さんにとって、クラシックの演奏とこの“シティソウル”バンドを両立させる面白さはどこにあるのでしょうか? まったくタイプの違うライブ活動が、クラシックによいフィードバックを与えている部分はあるのでしょうか?
クラシックのソリストというのは1人で世界中いろんなところを飛び回るので、ある意味では孤独な職業です。その中で、ずっと昔から同じメンバーで音楽を続けられる場所があるというのは、面白いというよりも「ありがたい」という感じですかね。もちろん両立はとても大変ですが、もともとバンドのリスナーがクラシックに興味を持ってくれたり、その逆があったり、そういう声をもらうたびに続けていてよかったなと感じます。
──それはアルバム「CHOPIN ORBIT」とそのツアーで、角野さんが目指したものでもあったと。では5人目、矢野顕子さんからのメッセージです。
矢野顕子
Q1. あなたが思う角野隼斗の印象は?
Hayatoはドラえもんです。どこでもドアのようなよく知られた道具も、ウルトラミキサーのようなものまで、ポケットからはなんでも出てきます。のび太である矢野顕子は、「しょうがないなあ」と言われながらBachのトリルを教えてもらうのであります。
Q2. 「CHOPIN ORBIT」を聴いた感想は?
ショパンがわたしの隣に座って、一緒にこのCDを聴いていました。聴き終わると、「おーいいねー! Hayatoのために今度、曲を書きたいなあ」って言ってました。わたしにはその気持ちがよくわかりました。
──角野さんは、ニューヨークにある矢野さんのご自宅へはよく遊びに行かれるそうですね。
はい。2023年に僕が拠点をニューヨークに移してから、すごく仲よくしていただいてまして。一緒に矢野さんのピアノで遊んだり、ごはんを作っていただいたり……。矢野さんからは「孫」って呼ばれています。さすがに孫にしては大きすぎるんじゃないかって、内心いつも思ってるんですけど(笑)。これも本当に矢野さんらしい、かわいらしくて素敵なコメントだなあと。日本のポップミュージック史における“天才中の天才”にこう言っていただいて、もう恐縮のひと言です。
──音楽的には、どういうところに圧倒されますか?
これは誰もが感じることだと思うんですが、矢野さんのパフォーマンスって歌とピアノが完全に一体化してるじゃないですか。ボーカルが楽器のようでもあり、ピアノが声のようにも感じられて。しかも、その2つが不可分の存在として同時に生まれてくる。それこそ、ポケットから取り出すひみつ道具みたいに(笑)。初めてライブを見せていただいたときは、ほかのどのポップミュージックとも違う驚きと感動がありました。僕自身は歌わないので、そこはとってもうらやましいですし。矢野さんの中にはきっと、誰も見たことのない大きな世界が広がってるんだろうなと想像しています。
──アルバムの感想として「ショパンの気持ちがよくわかる」とも。
僕は5歳の頃からショパンに親しんできました。彼がどんな音楽を思い描いていたのか。繰り返し譜読みを重ねることで、言葉ではなく指先から伝わるものは確かにあるんですね。今回「CHOPIN ORBIT」では、その微妙な息遣いを僕なりに表現することを目指しました。本当におそれ多いですけど、ショパンと同じ目線で曲を作りたかったといいますか。ですから矢野さんのご感想は、僕にとっては最高の褒め言葉です。
──ではインタビューの最後に、クラシックファンだけではない幅広い音楽好きに向けて、何かメッセージをいただけますか。
そうですね。先ほどもお話ししたように、本作ではショパンのピアノ曲を中心に、僕自身のオリジナルやそのほかの作曲家の楽曲を並べてみました。いわば入り口が2つあるような構成です。クラシック側から入っていただいて、ジャズや現代音楽のエッセンスを感じていただいてもいいですし。逆にインプロビゼーションという観点から、ショパンの持つ可能性に思いを馳せてもらうのもうれしい。アルバムに接した聴き手の方が過去と未来を行き来して、何か1つでも新しい世界を感じてくださったら、僕としてはこのうえなく幸せです。
プロフィール
角野隼斗(スミノハヤト)
2018年に「ピティナ特級グランプリ」、2020年に「東京大学総長大賞」を受賞。2021年の「ショパン国際ピアノコンクール」でセミファイナリストとなり、2025年に「レナード・バーンスタイン賞」や「オーパス・クラシック賞」を受賞。世界の著名オーケストラとの共演のほか、“Cateen(かてぃん)“名義で活動するYouTubeチャンネルの登録者数は155万人超。東京大学在学中に結成したシティソウルバンド・Penthouseのメンバーとしても活躍している。2023年よりアメリカ・ニューヨークを拠点とし、2024年にアルバム「Human Universe」で世界デビュー、同作は「日本ゴールドディスク大賞」を受賞。2025年にはアメリカ・カーネギーホールや、ソロピアノ公演最多動員でギネス世界記録となった神奈川・Kアリーナ横浜での公演を完売させた。作曲や幅広いメディア出演など多岐にわたり活躍し、2026年1月に最新アルバム「CHOPIN ORBIT」をリリースし、全国ツアー16公演を開催した。
角野隼斗 Hayato Sumino Official Website




