suis from ヨルシカ 特集|フジファブリックの名曲「若者のすべて」カバーで描く“未知への希望”

suis from ヨルシカが6月27日に配信スタートしたNetflix映画「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」の主題歌を担当している。

この映画では突然余命1年を宣告された主人公・早坂秋人が、余命半年の少女と病院の屋上で出会い、彼女を笑顔にしようと必死になるうちに再び人生に希望を見出していくさまが描かれている。suisが本作の主題歌として歌っているのは、フジファブリックの「若者のすべて」だ。「若者のすべて」は2007年11月にリリースされたフジファブリックのシングル曲。これまでも数多くのアーティストによってカバーされてきた、言わずと知れた名曲だ。suisは映画の音楽プロデューサーである亀田誠治に手を引かれ、この物語に歌声で希望を添えている。

音楽ナタリーではsuisにインタビューを行い、“ボーカリストsuis”としての歌のアプローチやルーツに迫った。

取材・文 / 森朋之

過ぎ去ってしまった青春を未来から見ている感覚

──映画主題歌の発表の際に、suisさんは「若者のすべて」について「私が若者の頃、初めて『若者のすべて』を歌った時、涙が止まらず歌いきれなかったのを覚えています」とコメントしていました。まずはそのときのことを教えてもらえますか?

10代後半の頃に、あるアーティストの方がライブ配信で「若者のすべて」を弾き語りでカバーしていたのを聴いたんです。私は音楽をあまり聴かない若者だったんですが、すごくいい曲だなと衝撃を受けて。その後、志村(正彦)さんが歌っている原曲を聴いて、家で口ずさんでいたら感情があふれてきてしまって……最後まで歌えなかったんですよね。

──当時のsuisさんは「若者のすべて」のどんなところに心を動かされたんでしょう?

歌詞やメロディ、志村さんの歌声に“青春の延長”みたいなニュアンスを感じたんです。その頃の私は青春時代を過ごしていたんですけど、「これはいつか過ぎ去るものなんだ」と思っていて。「若者のすべて」には、過ぎ去ってしまった青春を未来から見ている感覚があったんだと思います。

──それから時を経て、「若者のすべて」をカバーすることになりました。

映画の音楽をプロデュースする亀田誠治さんからお話をいただいたときはびっくりしました。私にとっても特別な曲ですし、「若者のすべて」はたくさんの人の思い出の中にあって、大きな感情を与えていると思っていて。「絶対にやりたい」という気持ちと同時に「本当に私で大丈夫かな」というプレッシャーもありました。レコーディング本番までずっと不安でしたね。

──櫻井和寿(Bank Band)さんや藤井風さんなど数多くのアーティストがカバーしている名曲ですからね。亀田さんとはどんなやりとりがあったんでしょう?

亀田さんが作ってくれたデモ音源に歌を入れて、キーのチェックをするところからですね。最初のキーは完成したものよりも“マイナス1”で、そのキーが自分の音域にぴったりだなと思っていたんです。サビのメロディも実音で出せるし、激情というか、人間の匂いがする歌が歌えるんじゃないかなって。それは私が原曲から受けた印象でもあったんですが、亀田さんから「もうちょっと明るいものにしていきたい」というお話があったんです。その時点では映画の全貌が見えてなかったんですけど、「よめぼく」のエンディング曲として、もう少し明るい「若者のすべて」を目指したいということでキーの調整をして。

──キーが1つ上がると歌の印象はかなり違いますよね。

特に私はキーによって声の印象がすごく変わるタイプで。キーを上げるとサビの「思い出してしまうな」のところでファルセットを入れないといけないし、「うまく歌えるかな」という心配もあったんですよ。そのあたりは亀田さんともご相談させてもらって、プリプロも一緒にやっていただきました。どこまで地声で歌って、どこをファルセットにするかもそうですけど、私の音域に合わせて細かく作り上げてくださって。

──完成した音源を聴くと、全体を通して笑顔で歌っているイメージがありますね。やはり“明るさ”がポイントだった?

そうですね。亀田さんがこのアレンジに込めた意図もそうだし、自分の声を必要としてくれた意味などもそうですが、制作の過程の中で徐々にわかってきたんです。私の声、高い音を歌うとフワッとしちゃうんですよ。地に足が着いていないというか、浮遊感みたいなもの出てしまうし、最初は「どうなんだろうな?」と思っていたんですが、音源が完成して、映画のエンディングに当てはめたときに「なるほど」と。

──亀田さんには「suisさんのこういう声の成分を生かしたい」というビジョンがあったんでしょうね。

レコーディングのときも、1音をピンポイントで拾ってくださって「suisさんのこの声の成分がいいから、これを出してほしい」と言われたんですよ。そういうオーダーを受けたことがなかったので、すごく面白いな、そういうふうに歌を聴いているんだなと思って。なんとなく「こういうことかな」と試しながら歌ったんですけど、亀田さんはコミュニケーションを密に取ってくださる方で、すごくスムーズでした。

歌い手として、何かを込めたい

──完成した音源を聴いたときはどう感じましたか?

最初にお話しした“青春の延長”ということを考えてましたね。志村さんの歌声はすごく“生きている”という感じがあって。地面の感触があるし、見上げた空の色もこの世のものというか、「みんなが知っている色だな」みたいな現実感がある気がするんです。亀田さんのアレンジ、私の声で歌った「若者のすべて」を聴いたときは、この世のものではないところで鳴ってる印象があって。天国から誰かが歌っているような感じがあります。

──そのイメージは映画ともつながっていますね。最後のサビの前の「すりむいたまま 僕はそっと歩き出して」というフレーズの歌い方も素晴らしいです。

全体を通して浮遊感のある、あるいは希望的に聞こえるアレンジの中で「自分の歌に求められているものはなんだろう?」と考えて、感情をグッと差し込みたいと思ったのが、その歌詞だったんですよ。静かな激情みたいなものを入れられたらなと。そうすることで自分が歌う意味にもつながるだろうし、「歌い手として、何かを込めたい」という思いもあったのかな。少し話が逸れちゃうんですけど、映画のエンディングとしてこの曲を聴いたとき、音源だけで聴いたときとかなり感覚が違っていたんです。音源では天国から聴こえてくるような感じがあるんですけど、映画のエンディングではもっと人間的に聴こえてきて。人間らしいアラ、なんならちょっと下手に聴こえるくらいの感じがあったというか。それはたぶん、私の人生における強い感情が声としてあふれたからかもしれないなって。

──等身大のsuisさんの感情を込めた、と。

基本的には求められたものに応えられることが一番うれしいんですけど、「若者のすべて」はもともと好きな曲だし、どこかに自分の顔を出すじゃないけど、自分がいいと思う形の感情を放出したかったのかもしれないです。三木孝浩監督も「『すりむいたまま 僕はそっと歩き出して』のところが好きです」と言ってくださったので、よかったです。

死の恐怖を洗い流してくれる物語

──Netflix映画「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」については、どんな印象を持っていますか?

永瀬廉(King & Prince)と出口夏希が出演する、映画「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」ポスター画像

永瀬廉(King & Prince)と出口夏希が出演する、映画「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」ポスター画像

めちゃくちゃ泣いちゃいました。余命1年と、余命半年の2人の話ではあるけど、死に焦点が合っていないというか、どちらかというと“生(せい)”の話だな思ったんですよね。私も普段、「いつまで生きられるか」ということをすごく考えるんです。「生きることとは?」みたいな問いは誰しも持っていると思うんですが、死の恐怖によって思考にボヤッと靄がかかって、生きることに対する答えが明確に出せなくなることが私にはあって。この映画を観ている間に、その靄がどんどん晴れていくような感覚がありました。死の恐怖を洗い流してくれて、生きることに対する答えの輪郭が徐々に表れてくる。

──なるほど。

主人公の秋人と春奈は、余命を知っても、しっかり生に向き合っていて。それができるようになるのは奇跡だなと思うし、それをもたらしてくれるのはやっぱり愛なんだなと感じました。純粋に「観ることができてよかった」と思えた作品だし、最後に自分の声が流れてきて、「しっかり生きている先に天国があるんだな」と思いました。そこでストンと腑に落ちる感じもあったし、すごく面白い体験をさせていただきました。

映画「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」より。

映画「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」より。

映画「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」より。

映画「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」より。

──生や死については、以前からよく考えていたんですか?

子供のときから毎日ように考えていました。朝起きて、「今日もみんな生きてる。やった!」みたいな(笑)。小さい頃から「いつ死んでしまうんだろう?」と考えていて、それがずっと怖かったんですけど、大人になるにつれて「いつまで生きられるかな」という考え方に変わってきて。自分のことだったらともかく、愛する人がいっぱいいるし、1人でも死んじゃうのが嫌なんですよ。そんなのは無理だってわかってるんですけど、愛する人が1人でも死んでしまったら、自分の人生も終わりに近付く気がするんですよね。「期限はそんなに長くないな」と思うし、常に周りを見ながら「よし、みんな生きてる」って思いながら過ごしてます(笑)。この映画を観て、死の恐怖から少し解放されたのは本当によかったと思うし、いい出会いだったなって。

──そこまで強く共鳴できる作品に関われたことは、suisさんにとってすごく大きい経験ですよね。

ありがたいです。「若者のすべて」にも“未知への希望”みたいな雰囲気があるなと思っていて。この先にある知らない世界が明るく見えたら、一歩踏み出すことにつながるだろうし、この曲を聴いて「今日もがんばろう」という気持ちになってもらえたらいいなと思います。もちろん、それぞれの受け取り方で聴いてもらえるだけでうれしいんですけどね。