澤野弘之×suis(from ヨルシカ)|SawanoHiroyuki[nZk]新曲「B∀LK」が引き出す、ボーカリストsuisの新たな魅力

作曲家・澤野弘之によるボーカルプロジェクト・SawanoHiroyuki[nZk]の5thアルバム「V」が1月18日にリリースされた。

アルバムにはテレビアニメ「86-エイティシックス-」のエンディングで使用された「Avid」「Hands Up to the Sky」「LilaS」、TVアニメ「群青のファンファーレ」のエンディングテーマ「OUTSIDERS」に新曲を加えた全12曲を収録。ゲストボーカルには新たにASKA、秦基博、suis(from ヨルシカ)、ReN、XAIが迎えられた。

音楽ナタリーではsuisが参加した新曲「B∀LK」にフォーカスし、澤野とsuisの2人にお互いの印象や楽曲の制作経緯について語り合ってもらった。

取材・文 / 須藤輝

澤野さんの音楽は、自分の人生のそこかしこに根付いています

──[nZk]プロジェクトには、特に2019年3月発売の3rdアルバム「R∃/MEMBER」以降、多用かつ意外性のあるボーカリストが参加しています。今回はその中のお一人としてsuisさんが抜擢されました。

澤野弘之 さかのぼると一昨年、岡野昭仁(ポルノグラフィティ)さんに楽曲提供をする機会があって、その曲の歌詞をヨルシカのn-bunaさんが書いていたんです(2021年1月に配信リリースされた岡野昭仁の「光あれ」)。それもあって、以前からヨルシカの音楽を耳にしてはいたのですが、より意識して聴くようになったりして。suisさんのボーカルにも魅力を感じていて、どこかでご一緒できたらいいなという気持ちがあった中で[nZk]の新しいアルバムを作ることになり、声をかけさせてもらいました。

──suisさんのボーカルの魅力とは、具体的には?

澤野 僕がボーカリストのどこに魅力を感じるかというと、もちろん技術とかパフォーマンスも大事なんですけど、基本的には声そのものなんですよね。suisさんの声には独特なハスキーさがあって、そのうえでときにエモーショナルに響いたりするというのを、特にライブを拝見したときに感じて。あと僕が普段作っているサウンドとヨルシカのサウンドは違うので、自分のサウンドの中でsuisさんがどういう表現をしてくれるのか、すごく興味がありました。

suis 澤野さんからお話をいただいたときは「嘘かな?」と思いました。なにしろ「エンペラー」と呼ばれている方じゃないですか。

澤野 え? なんて?

suis エンペラー。

澤野 皇帝ですか? そんなの今初めて聞きましたよ(笑)。

suis 私自身、いちリスナーとしてずっと聴いていたエンペラーの楽曲を歌えるなんて光栄すぎて……。

澤野 suisさん、ただ「エンペラー」って言いたいだけですよね?(笑)

suis いやいや(笑)。もう、普通に生きていたらあり得ないことなので「人生にすごいこと起きちゃったな」という感じでした。

澤野 僕はsuisさんとお会いするまで、suisさんは僕のことを知らないと思っていたんですよ。でも、そうじゃなかったのでうれしかったですね。

suis 私が澤野さんの曲で一番好きなのは「U & Cloud」という劇伴曲で。この曲に出会ってから、自分の人生でテンションを上げたい瞬間にいつも聴いています。

澤野 僕のキャリアのスタートは劇伴音楽だったので、そこに注目していただけるのはありがたいです。「U & Cloud」は「青の祓魔師」というアニメのサントラ(2011年6月発売の「青の祓魔師 オリジナル・サウンドトラック I」)に入っているんですけど、suisさんが「青エク」をご覧になっていたかどうかはさておき、この曲は僕が20代の頃にストックとして、自分の売り込み用に作った曲で。そういう曲を好きと言ってもらえるのもすごくうれしいですね。

suis ほかにも、例えば「Summer Tears」(2015年9月発売の1stアルバム「o1」収録曲)は私にとって「夏といえばこれ!」な定番曲で。そんなふうに澤野さんの音楽は、自分の人生のそこかしこに根付いています。

リズミカルな曲をsuisさんの声で聴きたかった

──澤野さんは、特定のボーカリストに向けてオーダーメイドで曲を作るというよりは、先に曲を作ってから「この曲は誰に歌ってもらったら面白いかな?」と考えるんですよね?

澤野 はい。アルバムを作るときはいつもボーカリストを想定せずに「全体の構成はこんな感じかな?」って、まず曲から書いちゃうんですけど、今回もそうで。suisさんには2曲投げてどちらがいいか選んでもらったところ、この「B∀LK」になりました。

suis 迷いに迷って「B∀LK」を選びました。もう1つの曲はバラードっぽい、きれいに歌い上げるのがハマりそうなスケール感のある楽曲で。もともと澤野さんの音楽には空間的な広がりをすごく感じていて、そういう曲を歌姫みたいな気持ちで歌える機会はあまりないので「ここで歌っておかないともったいないんじゃないか?」とも思ったんです。でも同時に「普段よく聴くのは『B∀LK』みたいな音楽だし、『B∀LK』の音のほうが自分に合ってるんじゃないか?」と本気で死ぬほど悩んで、正直「どちらも歌わせてください!」と言いたかったです。

澤野 どちらも歌ってもらえばよかったですね。僕としてはどちらの曲もsuisさんの表現で仕上げてくださると思ったんですけれども、強いていえば「B∀LK」みたいなリズミカルな曲をsuisさんの声で聴きたかったので、そこで一致していたのはうれしかったですね。

──「B∀LK」は軽快なエレクトロR&Bで、澤野さんの楽曲としても新鮮でした。澤野さんはこれまでダンスナンバーもたくさん作っていますが、特に初期の頃はロックとクロスオーバーしているようなものが多かったように思うので。

澤野 「B∀LK」は今年(※取材は2022年12月に実施)になって作った曲ではあるんですが、単純にそのときの自分のブームがそういう音楽だったというか。普段から海外のサウンドを気にしている中で、例えば2ndアルバム(2017年9月発売の「2V-ALK」)あたりまではロックを好んで聴いていたんです。でも、最近はよりエレクトロニカとかEDMの色が濃いものを好んで聴いていたので、今回のアルバムもそっち寄りの、シンセを前面に押し出したようなサウンドを作っていきたくなったんでしょうね。

──そしてsuisさんのボーカルもヨルシカでのそれとは雰囲気が違うというか、エモーショナルというよりはクールに聞こえてとても新鮮でした。

suis まず英語が入った歌詞を歌ったことがなくて、事前に澤野さんのほうから「英語、大丈夫ですか?」と確認していただいたんですよね。そこで、本当は全然英語できないけど「大丈夫です」とお答えしたら、歌詞の半分くらいが英語で。

澤野 作詞はいつもお世話になっているcAnON.さんにお願いしたんですけど、そうなりましたね。

suis レコーディングでは発音の仕方とかも教えていただきながらなんとか歌い切れたんですけど、澤野さんは「歌詞の意味よりも言葉の響きを重視している」とおっしゃっていたじゃないですか。どちらかというと感覚的にノれる言葉を並べているみたいな。

澤野 うんうん。

suis そういう歌詞も歌ってこなかったので、最初はどういう気持ちで臨めばいいのかわからなくて。でも歌い始めてからは、澤野さんの優しいディレクションもあり、ただただノリノリで、ダンスミュージックらしく「踊るの楽しい!」みたいなことだけ考えて歌いましたね。ヨルシカの場合、レコーディング中は歌詞に没入した結果、いつも悲壮感にまみれたりしながら歌っているので、楽しく歌えるというのが新鮮で、すごくいい経験をさせてもらいました。

自分の一番カッコいい声を、音そのものを届けるのが第一だと思った

澤野 僕は英詞を多用しますけど、それはあくまでグルーヴを生むためにやっているんですよ。だからネイティブのように正しく発音してもらいたいというよりは、単純にsuisさんの声で発せられた英語がメロディに乗っかったときにどんな響き方をするかを聴きたくて。そのことをsuisさんなりに解釈して挑んでくださったので、レコーディング中は「めちゃめちゃカッコいいです」しか言っていなかったです。

suis 「B∀LK」の歌詞にはどこか投げやりな感じがあって、内容的にも自分の人格とはまったく違うので「これは、私じゃない」みたいな印象を抱いていたんです。でも歌っているときに、普段は表には出さないけれど実は心の奥に秘めている何かと共鳴しているような感覚があって。それは二面性なのかわからないんですけど、自分の知らない自分を引っ張り出してもらったというか、「カッコいい私もいるのか」みたいな。

澤野 いますいます。というか、当たり前だけどボーカリストの方って歌詞を読み込んでくださるんですよね。こういう話の流れであれなんですけど、僕は歌詞の意味とかまったくわかってないです(笑)。

suis ええー!

澤野 僕が歌詞のチェックをするときって、大半はサウンドでしか吟味していないんですよ。つまりこの音符にどんな言葉を乗せたらカッコいい響きになるのかということばかり気にしていて。だからこういうインタビューの場でよくボーカリストの方が歌詞について語ってくれるんですけど、僕はそれを聞きながら「そういう内容なんだ?」と思うんです。今もsuisさんのお話を聞きながら、僕よりもよっぽど歌詞の世界を読み解いてくださっているんだなと感心していました。

suis 「B∀LK」の歌詞はノリ重視ではありつつ、日本語でも英語でも、1つひとつの単語にはそれぞれ意味があって、その単語ごとにふさわしい声色もあると感じて。それがどれだけちゃんと表現できたかはわからないんですけど、声色の面でも今までとは違う歌い方に挑戦できたんじゃないかと思います。

──澤野さんの楽曲の歌詞がノリ重視なのに対して、n-bunaさんの書く歌詞には物語がありますよね。なので、アプローチの仕方が根本から違うのではないかと思っていたのですが。

suis ヨルシカのレコーディングではよく「言葉を聞かせろ」と……っていう言い方はちょっとスパルタっぽいんですけど(笑)、ヨルシカの楽曲には「言葉を聞いてほしい」という思いが前提としてあって。だから歌詞の意味がちゃんと通るように歌うことが何より重要で、場合によっては「言葉を届けるために、うまく歌いすぎないで」と言われるぐらいなんです。一方、澤野さんの楽曲はもっと感覚的で、自分の一番カッコいい声を、音そのものを届けるのが第一だと思ったので、ボーカリストとしての軸も自ずと変わっていきますね。

澤野 ヨルシカって、ライブのパフォーマンスを観ていても言葉を大事にしているのが伝わってきますよね。いや、僕も言葉を大事にしていないわけじゃないんですけれども、やっぱり響きのほうを重視してしまうし、歌詞の内容は聴いた人が自由に受け止めてくれればよくて。それをsuisさんがすぐに感じ取ってくれたことが、結果的にこの楽曲にもっともプラスになったんじゃないですかね、うん。