スガシカオ|十字架から解き放たれた先に

「働きたくない」みたいな歌になりかけてた

──では改めて1曲目の「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」について聞かせてください。

これは実際、途中までは危うく「働きたくない」みたいな歌になりかけていた(笑)。でも俺がそんな歌を書いたら、まずNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」(スガがボーカルを務めるkōkuaが主題歌「Progress」を担当)からも、テレビ東京の「ドラマBiz」(本作収録の「遠い夜明け」は「よつば銀行 原島浩美がモノ申す!~この女に賭けろ~」主題歌)からも、さらには怒髪天からも怒られちゃうから(笑)、「人間の幸福感とは何か?」という歌詞に書き直しました。

──「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」というのは、コピーとしても秀逸ですよ。

初期の頃はわりと多かったんですよね。「ヒットチャートをかけぬけろ」とか「イジメテミタイ」とか。まだ世間から“スガシカオ”に対するイメージもカラーも持たれていなかった頃は、自由な分だけけっこうふざけていた(笑)。でも徐々に曲調が深刻なキャラになって減っていったんですね。

──そう言えば出だしのアレンジも「前人未到のハイジャンプ」ぽいですよね。

そうそう。リズムから入るパターンも最近はやっていなかった。こうやってリズムから始まるのは、あまりイマドキっぽくはないからね。

──今作の大きな特徴として、ものすごくストロングな演奏が挙げられると思います。ホーンもより大々的にフィーチャーされています。

今回はなるべくキーボードレスでいきたかったんです。ファンクってどうしても鍵盤に頼りがちなので、そこを自分の足枷にすることで新しいサウンドを作りたかった。でも、そこをギターだけに担わせるのは限界がある。やっぱりギターは親指を除く4本の指で抑えられるテンションだけなので、複雑なコードのとき、はっきりと発音ができないまま終わることもあるし。和音をバンッと出してくれる役というと、キーボード以外はやはりストリングスかホーンという選択になるので。

──この曲のホーンアレンジって、1番と2番で細かく変えてありますよね。

そこも小林さんに調教された影響ですね。あの人もそういうのはすべて変えていたから。

スガシカオ

冨田ワールドVSスガワールドを経て

──今作はホーン以外の演奏陣についても、スガシカオ常連組のDuranさん、田中義人さんらをはじめ、初参加の冨田恵一さん、ハマ・オカモトさん、そしてkōkuaに、さらにはかつてのメインバンドだったShikao & The Family Sugarという、言わばスガ・コネクション総登場プラス新機軸と言える面々がそろいました。

そこは単に俺の人脈の狭さです(笑)。俺、その曲に合った演奏をしてほしい人って、どうも知人の顔から思い浮かぶみたいで。だから順番に頼んでいくと、おのずとキャリアの集大成みたくなってしまうんですよ。

──「遠い夜明け」はテレビドラマのストーリーに当てて書いたのですか?

そう。原作を全巻読んで。いいシーンがたくさんあってかなりインスパイアされました。

──タイトル的にも「夜明けまえ」を思い出しますが、「ひさびさにこんなスガシカオが聴きたかった」と思った人も多かったんじゃないかと思いました。

ああ、それはそうかもしれない。

──これは冨田さんが参加されていますが、相当な数の音色がとても聴きやすく詰め込まれていますね。

細かいよね。実を言うと、この曲は途中まで“冨田ワールドVSスガワールド”みたいな感じだったんです。もともとが互いにぴたりと重なるような素材じゃないから、もうゴツゴツとぶつかり合って。「ここは俺が引くので、そこは冨田さんが引いてください」みたいな(笑)。でも冨田さんのおかげで曲のスケールが大きくなりました。

──最初はもっと“夜明け”までの距離が短かった?

短いうえに色も暗かったし、もっと線の細い曲でしたね。そういう曲のスケールって曲が生まれた瞬間から決まっているもので、本当はあまり変えられないものなんです。でも冨田さんに預けたら、2、3階級アップした。さすがですよ。曲のスケール感をいじれる人なんて、そうはいませんからね。これは歌入れも3回やり直しました。なかなかハマらなくて、もうドラマの初回がスタートしちゃうギリギリまでやっていた。最後は俺が歌のリズムをトラックに押し付けないように歌ったら完成しました。先日、「The Covers」(3月29日にNHK BSで放送)という番組で、初めて生バンドで演奏したんだけど、めっちゃ歌いやすかった。つまり俺と冨田さんとではリズムの解釈の仕方やグルーヴのスイートスポットの在り方がまったく違うんですよ。それがわからないスタッフからは「スガさんが1人で勝手に悪戦苦闘している」なんて言われていましたけどね(笑)。

──この曲の歌詞では「暖炉の火」を使って時間の経過が表現されています。ここ、とても秀逸ですよね。村上春樹好きなスガシカオによる小説的な表現手法というか。

ありがとうございます。そう言えば、俺、リクエストがあったのをきっかけに、プロを対象とした“スガ塾”みたいな集まりを少し前からたまに開いているんですが、そこでも「なぜポップスには1番や2番や間奏があるのかを考えて、そこを上手に使ったほうがいい」というアドバイスは繰り返し話していますね。

歌詞でショッキングな大事件が一切起こらなくていい

──今回のアルバムはキーボードの代わりにホーンが全体を引っ張っている分、エレキギターが曲のカオスやリビドーを一手に担っています。

そうそう。だからギターの音が埋もれちゃったらすべてが水の泡になっちゃうので、音色についてはいつも以上にシビアでした。幸運なことにこれまでいいギタリストと出会ってこれたので、自分のギターファンク魂も存分に磨かれたと思います。「○○が弾いたらこうなるな」というイマジネーションもたくさん湧いてきたし。

──スガさん自身もデビューしてから本格的にエレキギターを弾き始めましたが、自身にとってのファンクギターのお手本は、昔からフェイバリットのプリンスなんですか?

スガシカオ

自分が好きなのはそうだけど、俺のアルバムでのギターの使い方は違いますね。一番近いのはレッチリ(Red Hot Chili Peppers)とかレニー・クラヴィッツあたりじゃないかな。プリンスの曲はリフがあまりないでしょ? 特にレッチリのジョン・フルシアンテ(2009年に脱退)はリフの作り方が天才的だったので、彼の時代はたくさん聴いていました。

──今回の制作で最後にできたという「am 5:00」で聴ける田中さんのギターもいいですね。

当初入っていた別の曲がちょっとエログロっぽかったんで、制作の締め切りの2週間前に作り始めて、これと差し替えることでアルバムが完成しました。もう曲が降りてくるのなんて待っていられないから、日々、家とスタジオの間を10数kmも歩きながら考えていた。ちょっとチル系のヒップホップも混じったような感じというか、ジョー・パス(ジャズギタリスト)とエラ・フィッツジェラルドがEverything But The Girlをバックに演奏しているような曲をやりたくて。で、ジョー・パス好きのやつといえばあいつ(田中義人)がいたぞと。

──アルバム全体の中でとても効果的な役割を果たしている曲だと思います。

そうですね。今回は「THE LAST」と違って、歌詞の中でショッキングな大事件とか一切起こらなくていいので(笑)。ただ、何も事件は起きない代わりに何だか引っ掻き傷だけは残る、みたいな曲は欲しかったんです。