スガシカオ「Sugarless III」インタビュー|Shikao & The Family Sugar復活、松本孝弘との制作…デビュー25周年に向けた意欲作について語る

2022年にデビュー25周年を迎えるスガシカオが、そのキックオフ作品として12月22日にニューアルバム「Sugarless III」をリリースした。

本作は、これまで2001年、2011年と10年に一度のサイクルでリリースされてきたコンセプトアルバム「Sugarless」シリーズの第3弾。提供曲のセルフカバー、アルバム未収録曲などに4曲の新曲を加えた全12曲で構成されている。そのうち2曲で、1997年のデビューから2007年までの活動をともにしたバンド・Shikao & The Family Sugar(森俊之[Key]、沼澤尚[Dr]、松原秀樹[B]、間宮工[G])が復活。さらに作曲者の松本孝弘(B'z)がプロデュース、アレンジ、ギターを担当した「Real Face」や、kōkuaのメンバーによる15年ぶりの再レコーディングによる「Progress」など、25周年アニバーサリーイヤーのキックオフに相応しい1枚となっている。今回のインタビューでは、コロナ禍の心境から本作のメイキングまでを大いに語ってもらった。

取材・文 / 内田正樹撮影 / 草場雄介ヘアメイク / 下田英里(BAKEMON Ltd.)スタリスト / 大村鉄也(Commune Ltd.)

ずっと歌って過ごしていた

──昨年2月から今年にかけてコロナ禍の影響により延期と中止を繰り返してきたツアー「-Hitori Suger 2020- 明日、君の街に歌いに行くよ」が、11月の福岡公演でようやくファイナルを迎えました。昨年、思うようにライブできなかった時期はどんな思いで過ごされていましたか?

去年の12月に昭和女子大学人見記念講堂から配信ライブをやったとき、これで一旦お休みだなと思いました(参照:スガシカオ、ギター1本で19曲を奏でたセトリ再現ライブ)。すごい予算をかけて実験的な配信ライブをやっている方もいるけれど、僕にはそれは向いてないし、これ以上やってもうまくアップデートできない気がして。自分自身も観客として国内外かなりの数の配信ライブを観ていましたけど、どんどん増えていくし、観られる数にも限りがある。だから僕はもういいかなって。悔しい思いもたくさんしていたけど、悪あがきのように見えてしまうのも本意じゃなかったんですよ。

──ちなみにご覧になって印象に残った配信ライブは?

Analogfishが江の島の見えるカフェから配信していたライブがよかったですね。すごく素朴な構成なんだけど、異次元に連れていってもらえるような作りだった。

──一旦お休みとは言いつつ、デビュー24周年記念日である今年の2月26日には、キャンプ場から焚き火を囲んで配信する企画「電リク!ソロキャンプ」が行われました。

あの焚き火は自分ではけっこう手応えがありました。しかもあのあとから“焚き火もの”の配信が増えたんだよね(笑)。配信ライブに小さな爪痕を1つ残せたから、それからは生のライブに備えてのボイストレーニングと今回のレコーディングを繰り返していました。だから今年はずっと歌って過ごしていたような気がしますね。

スガシカオ

スガシカオ

なぜ「Sugarless」だったのか

──今回、25周年アニバーサリーイヤーのキックオフに「Sugarless」シリーズを選んだ理由は?

最初はオリジナルアルバムを作ろうと思って、去年の10月からダーッと曲を作り始めたんです。そうしたらレーベル側から「10年ぶりの『Sugarless III』でアニバーサリーイヤーを始めません?」と提案をもらって。アルバムに入れてない既出曲もセルフカバーしたい曲もたくさんあったし「その手があったな」と(笑)。あとは制作中のデモからオリジナルアルバムの表題曲になるような強めの曲ではなく、脇役的な曲をピックアップして。

──既存曲のおおよそは2016年1月リリースの10thアルバム「THE LAST」の前から2019年4月リリースの11thアルバム「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」までの間に発表および提供されたものです。カラフルなアプローチというかさまざまなタイプの曲がありますね。

提供曲やタイアップ曲というのは自分の中でも“外に開いた”曲なのでそうなるんですよね。ただサウンドは派手でも、歌詞はさほど尖らせないように意識していて。

──編曲にはスガさん自身のほかに、釣俊輔さん、kōkuaでご一緒に活動している武部聡志さん、UTAさん、小林武史さんらが参加されているのもサウンドがカラフルな要因の1つなのかなと。アレンジャーとミックスエンジニアの個性によって生じるサウンドのバリエーションも「Sugarless III」の楽しさですね。

どれも想定内というか理想的な着地ができました。そこは「THE LAST」あたりから曲を頼める人の選択肢が増えたことも大きかった。あとは「THE LAST」以降、暗くて重い歌詞を書くのをやめたせいもあるでしょうね。

──実際、「THE LAST」のダークさは作ったスガさん自身がその毒にやられて精神的な深手を負ったほどでしたね。

そうそう(笑)。自分でもドロドロな曲しか入らないアルバムはこれが最後にしようと決めてリミッターを解除して作ったから。そういう曲はそれまでにもたくさん書いてきたけど、もう今の時代に合わないという思いもあって卒業したんです。で、いかに曲調を暗く重くせずに刺さるものが作れるかという勝負に挑んだアルバムが「労働なんかしないで 光合成だけで生きたい」でした。

スガシカオ

スガシカオ

スガシカオ

スガシカオ

これ絶対歌にしてやる

──ここからは新録曲にスポットを当てて聞いていきます。まず「10月のバースデー」は右手のフィンガリングによるエレキギターが印象的です。僭越な言い方ですけど、エレキでこういう聴かせるバッキングが弾けるくらいスガシカオはエレキがうまくなったんだなあと。

この曲は苦労しました。最初、僕の中ではThe Style CouncilとかEverything But The Girlみたいな方向性を目指していたんだけど、こういうシンプルでスタンダードな曲調を、音で埋めつつグルーヴさせるような技が上達しないんだよね。

──ちょっと意外ですね。だって過去のレパートリーにも……。

そう。デビューの頃もこういうエレキの弾き語りみたいな曲はあった。でもまだ若かったし、ほかのことで頭がいっぱいいっぱいで、スカスカで成立していないことにさえ気付けなかったんですよ。

──この歌詞はどんな状況で書き下ろしたんですか?

僕、このコロナ禍に原因不明の40度の熱が4日間くらい続いたことが4回あって。以前からたまにあることだったんだけど、精密検査しても原因不明でね。でも昨今は原因不明じゃ済まないから、そのたびにホテル隔離からのPCR検査からの陰性判断を繰り返して。明け方、日本中の人は寝ているのに自分だけが寝られなくて。もうこのまま消えてしまうんじゃないかとか、しんどい中でネガティブなことばかり考えていた精神状態がそのまま歌になっています。

──それは具合がよくなってから書き留めるんですよね?

そりゃそうだよ(笑)。そのときはさすがに書く余力なんてない。でも変な夢を見たらメモは取っておいた。うなされながら「これ絶対歌にしてやる」って思ってたからね。

Shikao & The Family Sugar復活について

──「もういいよ」の演奏は、まさかの復活を果たしたShikao & The Family Sugarです。この森俊之さん、沼澤尚さん、間宮工さん、松原秀樹さんという顔ぶれは1997年のデビューから2007年までの活動をともにしていた布陣ですが、どういう経緯で復活したのですか?

去年の2月、東京のライブに沼澤さんと森さんを呼んで一緒にやってみたら、なんとも言えない懐かしさが込み上げてきてね。楽屋でも森さんや沼澤さんに「またやろうや」と言ってもらっていたし……まあともかくきっと楽しいだろうなあと思ったんだよね。

──つまり、珍しくスガシカオがエモくなった瞬間だった?

ほんとそれ。正直エモかった(笑)。あと、ここ10年くらいで僕のリスナーになってくれた人たちはもうFamily Sugarの演奏というか存在自体を知らないんですよ。そういう人たちに「聴いてみてよ? すごいからさ」という思いもあって。

──今回、Family Sugarは「もういいよ」と「ヒカルカケラ」の2曲を演奏しています。

「ヒカルカケラ」は「夜空ノムコウ」のセルフカバーのときと同じアプローチで、原曲からハーモナイズをすべて変えてソウルっぽくやりたいとみんなにリクエストを伝えて。

──例えば釣さんやスガさん自身のアレンジには、シーケンスの音が突然ビュンビュンと飛び交うようなアレンジの面白さがあります。一方、Family Sugarのアレンジはまったく異なる魅力ですね。メンバーの高い演奏力から生まれるどんな難解なコードやメロディ進行でも矛盾なくドラマを形成して、なおかつ強靭なグルーヴをも生み出していくという。

そう。実際はものすごく難しいコード進行なのに、みんな平気な顔をして弾くからまったく難しく聞こえない。ジェイムス・テイラーとかキャロル・キングの演奏を地で行く感じ。やっぱりすごいなって。

──「もういいよ」の間奏の森さんのピアノもいいですね。

しかも後半の流れは歌とまったく関係ないコード進行なんだよね。Family Sugarは例えるなら僕の中で最高のティン・パン・アレイ。本当に集まれてよかったし、2曲だけというのももったいなくなったので、来年、一緒に大阪と東京でライブをやるというプランにまで発展しました。

スガシカオ

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「許す心」が戻ってほしい

──「もういいよ」の歌詞についても聞かせてください。スガさんの歌詞には「月とナイフ」「リンゴジュース」などナイフが印象的に使われるリリックがいくつかありますが、今回は「100均のキッチンナイフ」が登場します。

100均によく行くんですよ、僕。家中が100均のものだらけで(笑)。この歌詞は、緊急事態宣言中のある夜、21時くらいに地下鉄に乗っていたら、僕の前にサラリーマン風の男性2人組がいて、僕が座っていた横のドアのところにおじさんが1人立っていたんですね。その2人組はどうやらコロナでひさしぶりに会ったらしくて、電車の中であの頃ああだったよねみたいな話をしていたわけ。そうしたら1人でいたおじさんが「お前ら緊急事態宣言っつってんだから、べちゃくちゃしゃべってんじゃねえよ。困ったもんだなーオイ」とか怒鳴り始めて。そのおじさんも別に酒に酔ってはいないんですよ。

──ああ……。

まあ、そうかもしれないけど、嫌なら自分が移動すれば?とも思うし。コロナ禍に入ってからいろいろな炎上案件がありましたよね。ヤフコメ(Yahoo!の記事コメント欄)も殺伐としていたでしょ。何か起こると烈火のごとく怒って謝罪があっても許さない。いったいいつからこんな国になったんだろうなって。僕がコロナの中で一番強く感じたのは、多くの人の心の中から「許す心」が消えてしまったこと。だからコロナ禍の記録じゃないけど、「許す心」をテーマに許せなかったことを許せるまでの過程を書いてみた。なんでもかんでも許せばいいってもんじゃないけど、許さないと開けない道もあるじゃないですか。早くコロナが終ってみんなの心に「許す心」が戻ってほしい。そんな願いを込めました。