音楽ナタリー Power Push - スガシカオ

剥き出しのアルバム「THE LAST」誕生

やることがなかったからファンクに頼ってた

──スガさんほどキャリアがあって、いくつもの名曲を生んでいるアーティストが、いくら小林さんとはいえ、ここまでプロデューサーの意見を全面的に認容するというのも驚きなんですけど。

でも、俺はずっとそういう人を探してたんですよ。今から9年前か。デビュー10周年が終わったときに自分がどこに行ったらいいかわからなくなっちゃって。それで、しょうがないからファンクをテーマに「FUNKAHOLiC」と「FUNKASTiC」という2枚のアルバムを作ったんですね。あれはね、やることがなかったからファンクに頼ったんですよ。

──自分のルーツであるファンクにすがったというか。

スガシカオ「SUGA SHIKAO LIVE TOUR 2015 『THE LAST』」12月25日の東京・Zepp DiverCity TOKYO公演の様子。

そう。それまではテーマとしてキッチリやることがあったんですよね。ポップミュージックと自分のルーツを融合させるということ。その完成形を目指して10年やってきて、それが「PARADE」の時点で達成できたんだけど、今度は自分が向かうべき方向がわからなくなっちゃったんですよね。

──達成感を得た引き換えに追求すべきテーマを見失ってしまった。

ゴールもないし、ポワーンとした状態になっちゃって。いろんな人に相談しても明確な答えが返ってくることもなく。だから、次は自分を導いてくれる人がいたらいいなとずっと思ってたんです。で、2012年に独立したばかりでいろいろ試行錯誤してるときに小林さんと大沢伸一さんのユニット、Bradberry Orchestraがロンドン五輪中継のテーマソング(「Physical」)を作って、そこにボーカリストとして呼んでもらったんですね。そのときに小林さんといろんな話をして、アドバイスをもらって、やっぱりこの人すごいなと思ったんです。

──人を見る力や洞察力とか?

そう。その人にとってのトレンドみたいなものを見つけ出す才能がものすごいなと思った。例えばミスチル(Mr.Children)は、桜井(和寿)くんの才能もものすごくデカいんだけど、アルバムごとに投げる球の方向が違うじゃないですか。

──確かに。

その球を決定していたのは小林さんだったのかなと思っていて。さらに桜井くんのデカい才能があるから、あんなモンスターヒットがバンバン生まれるんだなってちょっと思ったんですよね。それから2014年に「ACOUSTIC SOUL」というコンセプトミニアルバムと「LIFE」という曲を作るときに小林さんにサウンドプロデュースではなくアドバイザー的な形で参加してもらって。そのときガンガン歌詞を直されたんです。で、あとになって「この歌詞いいですね」って人に言われる部分が、ことごとく小林さんに直されたところなんですよ。そこで改めて「やっぱりこの人はすごいわ」と思って。

──作詞の名手であるスガさんが歌詞を直されて感服したというのは、エピソードとしてインパクトがあるなあ。

そうだよね(笑)。でも、なるほどと思わせられることが多いんですよ、ホントに。ただ小林さんは「直さなかったら直さなかったで、それは君の考え方だからそれでいいよ」というスタンスなんです。だから、小林さんの言うことを聞くのも聞かないのも僕次第で。

──押し付けはしないんですね。

一切ないですね。今回のアルバムのサウンドアレンジもほとんど僕自身でやってるんです。僕がミュージシャンを選んで、ディレクションして、レコーディングしたものを小林さんに聴いてもらって。そこでも「ダメ」とは絶対に言わないんです。だけど、あんまり乗り気じゃないときははっきりわかるから「どこかダメですか?」ってこっちから聞くと、アドバイスをくれるんですね。それを踏まえてまた録り直すという感じで。

暴走していった制作作業

──この「THE LAST」というアルバムは、歌詞はスガさんの私小説性が今までで一番出てる内容で、サウンドも自分が表現したいものを追求していて型にハマっていないですよね。誤解を恐れずに言えば、遺書としてリスナーに差し出すような気迫に満ちているなと。ちょっとゾッとするほどのすごみを感じました。

スガシカオ「SUGA SHIKAO LIVE TOUR 2015 『THE LAST』」12月25日の東京・Zepp DiverCity TOKYO公演の様子。

そうですね……途中から一気に火がついちゃって。歌詞も曲もアレンジもどんどん暴走していった。それは小林さんのプロデュースではない部分だったんですけど。その暴走する感じが最後まで続いたんですよ。感じてもらえたすごみの要因は、その暴走にあると思うんですけど。

──暴走に火をつけた曲はなんだったんですか?

「おれ、やっぱ月に帰るわ」とか「あなたひとりだけ 幸せになることは 許されないのよ」かな。自分で「ああ、俺、暴走してるな」ってわかる感じ。「オバケエントツ」もそうですね。最後にできたのが「海賊と黒い海」だったんですけど、そこまで暴走は続きましたね。序盤に作った「ふるえる手」とか「大晦日の宇宙船」とか「愛と幻想のレスポール」あたりは「俺、調子いいなー!」くらいの感じだったんですよ。でも、だんだんそういうレベルじゃなくなっていきましたね。

──まず、「ふるえる手」が1曲目にきたときに、リスナーが「これはとんでもないアルバムだ」と感じると思うんですね。アルコール中毒だったお父さんとその震える手が、音楽に人生を賭けると決めたスガさんの背中を押すという歌なんですけど。

みんな「ふるえる手」がすごい曲だって言ってくれるんですけど、俺としてはナチュラルに書けたんですよ。狙いもなんもなくて。俺としては、「アストライド」の「何度だって やり直せばいい」という歌詞の1行がどこから出てきたのかを歌うことが重要であって。つまり、「アストライドゼロ」を書くということですよね。それ以外はサラサラと書けたんです。実家が農家の友達の結婚式に参列したときに、披露宴でお父さんが挨拶してたんですけど、文面が書かれた紙を持つ手が緊張で震えていたんです。それを見ていい光景だなと思って、「そういえば俺のオヤジも手が震えていたな」と思い出したんです。それがきっかけだったんですよね。

──記憶がフラッシュバックした?

そうですね。俺が小さいときに区営プールでオヤジに平泳ぎを教わったときのこととか。当時のオヤジはたぶん今の俺よりずっと若かったはずで。30代後半とかかな。手が震えていたんですよね。

──そのときのことが強烈に思い出されたと。

そうですね。人生の中でいろんな出来事があるじゃないですか。結婚するとか、子供が生まれるとか、友達が亡くなってしまうとか。いろんな大きな出来事がある中で、男にとってオヤジが死ぬってかなり大きいことだと思うんですよ。俺は特別父親っ子じゃなかったし、どちらかというと距離があったから、オヤジが死んでも衝撃はそうでもないんだろうなと思ってたんですよ。でも、実際亡くなったときに人生で覚えたことのないような衝撃があったんです。そのときに父親が亡くなるってすごいことなんだなと実感して。だから、この曲はスラスラと書けたけど、重いんでしょうね。

Contents Index
スガシカオへの20のQ&A
スガシカオインタビュー
ニューアルバム「THE LAST」 / 2016年1月20日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
初回限定盤 [CD2枚組] 4104円 / VIZL-918
通常盤 [CD] 3240円 / VICL-64498
完全生産限定盤 [CD2枚組+DVD+グッズ] 8640円 / VIZL-917
CD収録曲
  1. ふるえる手
  2. 大晦日の宇宙船
  3. あなたひとりだけ 幸せになることは 許されないのよ
  4. 海賊と黒い海
  5. おれ、やっぱ月に帰るわ
  6. ごめんねセンチメンタル
  7. 青春のホルマリン漬け
  8. オバケエントツ
  9. 愛と幻想のレスポール
  10. 真夜中の虹
  11. アストライド
完全生産限定盤 / 初回限定盤付属CD「THE BEST」収録曲
  1. Re:you
  2. 傷口
  3. Festival
  4. アイタイ
  5. したくてたまらない
  6. 赤い実
  7. 赤い実 Remix
  8. 情熱と人生の間
  9. 航空灯
  10. LIFE
  11. モノラルセカイ
完全生産限定盤DVD収録内容

「ぶらり途中下車しない旅 ~伊豆急行 語らひ編~」

スガシカオ

1997年2月にシングル「ヒットチャートをかけぬけろ」でメジャーデビュー。日常や時代の空気感を鋭く切り取る作品性や世界観で、世代を問わず幅広い支持を得ている。1stアルバム「Clover」から9thアルバム「FUNKASTiC」まで、これまでリリースしたオリジナルアルバムすべてがオリコン週間ランキングトップ10入りを記録。2011年に長年在籍していた事務所を離れて独立し、シングル「Re:you」「赤い実」、ミニアルバム「ACOUSTIC SOUL」を配信でリリースする。2014年5月に両A面シングル「アストライド / LIFE」をSPEEDSTAR RECORDSより発表し、メジャーシーンに復帰。2016年1月に約6年ぶりとなるオリジナルアルバム「THE LAST」をリリースした。


2016年1月20日更新