「SING/シング:ネクストステージ」特集|蔦谷好位置&いしわたり淳治が豪華吹替版キャストの魅力を語り尽くす (2/2)

クレイ役は稲葉さんしかいない

──ライオンのクレイ役を、U2のボノ本人が演じているのも話題です。日本人キャストはまだ発表されていませんが、吹替版はいったいどなたが?(※取材は2月に実施)

蔦谷 これはですね、稲葉浩志さん。

──おおお、なるほど! それはぴったりですね。

いしわたり 驚きますよね。僕も初めて知らされたときは、まるで同じリアクションをしちゃいました。

蔦谷 まさにレジェンド中のレジェンドですからね。今回も新キャラクターのキャスティングを考えながら1回目の試写を観てたんですけど、そのときから僕の中では、クレイ役は稲葉さんしかいないって決めていました。スタッフを通じてオファーをしてもらったら、ご本人もすごく前向きで。この時点でもう、僕的には「勝った」と。

いしわたり はははは(笑)、そうだったんだ。

蔦谷 稲葉さん、ボノへのリスペクトも非常に深くて。歌はもちろん、お芝居にも本当に真摯に取り組んでおられました。あれだけのキャリアを重ねた方が新たな挑戦に踏み出すって、普通は難しいじゃない。でも稲葉さんは、「自分の声で伝えられる可能性がまだあったのかと思えて、うれしかった」とおっしゃっていて。なんて素敵な言葉なんだろうと感動しました。人として尊敬しかない。

蔦谷好位置

蔦谷好位置

いしわたり 確かに演技している稲葉さんって、ちょっと想像がつかない。早く本編が観たいな。

蔦谷 これがまた、味わい深くてうまいんですよ! 文字通りトップを走り続けてきた人だからこそ、クレイの抱えた孤独が理解できる部分もあったかもしれないし。アフレコには立ち会ってないけれど、三間(雅文)監督との信頼関係もばっちりで素晴らしかったです。楽曲のレコーディングも、とにかく入念に準備をしてきてくれて。稲葉さんのほうから僕にいろいろ質問してくれて。なんでも言い合える雰囲気を作ってくださった。緊張感とかやりにくさは、一切ありませんでした。

才能の塊だったSixTONESジェシー

──今回、内村光良さん演じるバスター・ムーンの歌唱シーンはありませんが、その分、お馴染みのキャラクターたちが熱唱を繰り広げています。ジョニー役の大橋卓弥さんが披露するのはColdplayの「A Sky Full of Stars」。スペイシーなサウンドが印象的なナンバーです。

蔦谷 卓弥くんってどちらかというとルーツ系のポップス、ソウル、R&Bのイメージが強いと思うんですが、実はこういうUKロックを歌っても抜群にうまい。この曲の後半にはアクションの見せ場があって。歌と激しい息づかいが一体になっていくのがまた、カッコいいんだよね。

いしわたり あのシーン、僕も大好きでした。この「A Sky Full of Stars」は、いかにも英語圏のロック的な作りで。同じフレーズの繰り返しが多いのに加え、語順が倒置法になっています。

蔦谷 出だしから「Cause you're a sky / full of stars」だもんね。

いしわたり 倒置法をこんなに繰り返す歌って、日本語のポップスではほとんどないんです。でも海外のアーティストってだいたい、同一のフレーズに違う訳語を割り当てられるのを嫌いますから。オリジナルが繰り返しなら、日本語訳詞もそうせざるを得ない。なので、どうすれば日本語として成立させつつ説得力を持たせられるのか、この曲はけっこう悩みました。でも、仕上がりを聴いたら素晴らしかった。大橋さん、完璧な歌いこなし方だと思いました。

「SING/シング:ネクストステージ」より、ジョニー(左)、ヌーシー(右)。

「SING/シング:ネクストステージ」より、ジョニー(左)、ヌーシー(右)。

──内気なミーナを演じたのはMISIAさん。前作のクライマックスで披露した圧巻のボーカルは、アメリカ本国のスタッフも驚愕したそうですね。今回、彼女が恋に落ちるアルフォンゾという新しいキャラクターをファレル・ウィリアムスが演じ、ディオンヌ・ワーウィックの歌で有名な「I Say a Little Prayer」をデュエットしています。

蔦谷 ファレル! セクシーで軽やかで、最高の歌声でしたね。吹替版でアルフォンゾを演じたSixTONESのジェシーくんもものすごく素敵でした。言葉本来の意味でのタレントというか、まさに才能の塊。

──実際のレコーディングは、どうでしたか?

蔦谷 キャストの皆さんがそうなんだけど、彼は特に勘のよさと瞬発力がすごい。やはりアイドルの最前線にいる人ですからね。最後のシーンでミーナがデュエットするのって、とある理由から相手役のダリウスではなくアルフォンゾなんですよね。

いしわたり うんうん、そうだね。

「SING/シング:ネクストステージ」より、ミーナ(左)、アルフォンゾ(右)。

「SING/シング:ネクストステージ」より、ミーナ(左)、アルフォンゾ(右)。

蔦谷 ジェシーくんは、そういう話の構造をきっちり理解して。その前の登場シーンに比べて、少しだけセクシー度を上げて歌ってくれていた。だからこそミーナの恋心がよりピュアな形で伝わるんじゃないかと思います。前作ですでにMISIAさんはミーナの内気さ、純情さが体に入っているし。ピッチの正確さ、声量、レンジ、表現力など歌い手としてはあらゆる意味で完璧です。アメリカ本国のスタッフも、彼女には無条件の信頼を置いてくれていました。

いしわたり この曲は、メインのボーカルラインとコーラスとが入り組んだ構造になっていて。どこにどのワードを当てはめれば観客の耳にすっと届くか、パズルみたいに悩んだ記憶があります。あと意識したのは、蔦谷くんと同じで、一聴して愛してるということが伝わることかな(笑)。Aメロでは「メイクアップ」みたいなワードをそのまま使って原曲を尊重しつつ、サビはとにかく愛にあふれた気持ちをストレートに打ち出してます。

いしわたり淳治

いしわたり淳治

蔦谷好位置といしわたり淳治も鳥肌、アイナ・ジ・エンドの歌声

──坂本真綾さん演じる専業主婦ロジータと、トレンディエンジェル斎藤司さんが声優を務める陽気なグンターがアリアナ・グランデの「Break Free」で天空を舞うクライマックスも鮮烈でした。

蔦谷 この曲、実はキー設定がかなり高いんですけど、真綾さんは見事に歌いきってくれました。途中で1カ所、ロジータがちょっとした困難を乗り越える芝居が入るんですね。でも本編を観ていただくとわかるんですが、楽曲のほうはずっと未来を向いている。

いしわたり 確かにそうだった。

「SING/シング:ネクストステージ」より、ロジータ。

「SING/シング:ネクストステージ」より、ロジータ。

蔦谷 ロジータの役作りや、歌以外の微妙な感情表現については、真綾さんはプロ中のプロですからね。レコーディングに関しては、あえて演技的な要素は入れないで、むしろ楽曲本来の軽やかさとか、ポジティブなメッセージを強く押し出しています。

──新キャラでは、ポーシャ・クリスタルを演じたBiSHのアイナ・ジ・エンドさんも印象的でした。ショービズ界の大物を父親に持つ、ワガママかつ天真爛漫なお嬢様という役どころで。

いしわたり 素晴らしい歌唱でしたね。鳥肌が立っちゃった。

「SING/シング:ネクストステージ」より、ポーシャ・クリスタル。

「SING/シング:ネクストステージ」より、ポーシャ・クリスタル。

蔦谷 初めてアイナさんのボーカルを録りましたが、間違いなく天才です。僕はもともと、ポーシャ役のホールジーが大好きなんです。彼女の声って、かわいらしさの中にハスキーな成分が入っている。日本で近い声質の人を考えたとき、アイナさんが浮かんだんですけど……。

いしわたり うんうん。

蔦谷 実際にレコーディングしてみると、アイナさんのほうがよりハスキーで、ロックっぽい声質だったんです。これがめちゃくちゃキュートで。俺、珍しくエモくなって、一発OKを出したんです。ところが本国スタッフから「もう少しオリジナルに近付けてほしい」と戻されてしまって。

いしわたり へえ、そうだったんだ。

蔦谷 で、アイナさんに事情を説明して、もう一度スタジオに来ていただいたんですね。彼女は「もう1回歌えて幸せです」と言って、一番いい落としどころを一緒に探してくれた。このリテイクバージョンがまた素晴らしくて。ずっと聴いていたいと思った。と同時に、やっぱりプロデューサーがエモくなっちゃいけないって猛反省しました。演技もヤバイよ。

いしわたり ポーシャって、ご本人とは真逆のキャラクターでしょう?

蔦谷 うん。そういう場合、プロの声優さんはかえって演技過剰になっちゃうことが多いらしい。でもアイナさんが演じたポーシャは、高慢さの中になんとも言えない天真爛漫さがあって。演出の三間監督が、ほとんどディレクションがいらなかったと驚いていました。

100%物語に没頭できる吹替版の魅力

──本作の重要なカギを握る「I Still Haven't Found What I'm Looking For」についても聞かせてください。言わずと知れたU2の代表曲ですが、稲葉さんとは事前にどんなお話を?

蔦谷 ディレクションと言うのはおこがましいですけど、今回の物語においてこの曲がどんな役割を担っているか、2人で話させていただきました。本作のクレイは、第一線から退いて15年以上経っている設定なわけで。字幕版だと、最初はかすれ気味だったクレイの声が、次第に誰もが知ってるボノのあの声へ変わっていくわけです。その感じを探りましょうというのが2人の共通目標だった。正直、そこはかなり達成できたと自負しています。

いしわたり 間近で歌入れを見ていて感動しなかった?

蔦谷 めちゃめちゃした!!

いしわたり 僕も、子供の頃から知っている偉大なアーティストに、自分の書いた歌詞を歌ってもらって感無量でした。最初に音源を聴かせていただいたときには、いろんな感情が込み上げてきて鳥肌が立った。本当に、高校時代の自分に教えてあげたいです。

「SING/シング:ネクストステージ」より、クレイ・キャロウェイ(左)、アッシュ(右)。

「SING/シング:ネクストステージ」より、クレイ・キャロウェイ(左)、アッシュ(右)。

──最後に改めて、字幕版とはまた違った日本語吹替版の魅力について、それぞれの立場から教えてください。

蔦谷 魅力はやっぱり、字幕を追い切れないお子さんから大人まで、みんなで一緒に楽しめることですね。日本人キャストの歌は皆さん本当に素晴らしくて、原曲に全然負けてないと思うし。オリジナルの質感に少しでも近付けるために、微妙なEQ設定とかリバーブ処理など、目に見えない作業にも実はめちゃくちゃ力を注ぎ込んでます(笑)。ここまで手の込んだクオリティの高い吹替版は、世界中どこを探してもないはず。みんなで作った絶対の自信作。

いしわたり 僕もまったく同じ。どの曲についても、物語の中でちゃんと歌が機能するよう日本語詞を書きましたし。蔦谷くんとキャストの方々がそれを最高の形でレコーディングしてくださった。100%物語に没頭できる仕上がりになったと思います。できれば吹替版と字幕版を両方観てもらってね(笑)。「SING/シング:ネクストステージ」の世界を思い切り堪能してもらえると、すごくうれしいですね。

左から蔦谷好位置、いしわたり淳治。

左から蔦谷好位置、いしわたり淳治。

プロフィール

蔦谷好位置(ツタヤコウイチ)

1976年生まれ、北海道出身。agehasprings所属の作曲家、音楽プロデューサー。YUKI、ゆず、エレファントカシマシ、米津玄師、Chara、JUJU、絢香、back number、Official髭男dismなど数多くのアーティストのプロデュースを担当するほか、映画やCM音楽なども幅広く手がけている。また2018年には自身の変名プロジェクトであるKERENMI(ケレンミ)を始動。Official髭男dismの藤原聡を迎えたコラボ曲や、テレビ東京系ドラマ「電影少女 -VIDEO GIRL MAI 2019-」の劇伴や主題歌を発表するなど、ビートメイカーとしても活躍している。

いしわたり淳治(イシワタリジュンジ)

1977年生まれ、青森県出身の作詞家 / 音楽プロデューサー / 作家。1997年にロックバンドSUPERCARのメンバーとしてデビューし、全楽曲の作詞を担当する。2005年のバンド解散後は、Superfly、Little Glee Monster、SMAP、関ジャニ∞、矢沢永吉らの作詞、チャットモンチー、9mm Parabellum bullet、flumpool、ねごと、NICO Touches the Walls、GLIM SPANKYらのプロデュースを手がける。現在までに700曲以上の楽曲制作に携わり、数々の映画、ドラマ、アニメの主題歌も制作。執筆活動も行っており、著作に20万部発行の短編小説集「うれしい悲鳴をあげてくれ」、エッセイ「次の突き当りをまっすぐ」「言葉にできない想いは本当にあるのか」がある。2021年からは新ユニット・THE BLACKBANDを結成し、そのメンバーとしても活動中。