イルミネーション・エンタテインメント製作のミュージック・エンタテインメント「SING/シング:ネクストステージ」が、いよいよ3月18日に全国公開される。
2017年に大ヒットを記録した「SING/シング」の続編となる本作では、コアラの劇場支配人バスター・ムーンが、新たな夢を追い、世界で誰も見たことがないようなスペクタルなショーを上演するため仲間たちと大奮闘。魅力的な新キャラクターも加わり、前作以上に多彩な群像劇が繰り広げられる。
音楽ナタリーでは、前作に続き日本語吹替版の音楽プロデューサーを務めた蔦谷好位置と日本語歌詞監修を担当したいしわたり淳治にインタビュー。SixTONESのジェシー、アイナ・ジ・エンド、稲葉浩志といった新キャストはもちろん、内村光良、MISIA、長澤まさみ、スキマスイッチの大橋卓弥、トレンディエンジェルの斎藤司、坂本真綾といった前作から続投するキャストたちの魅力を解説してもらった。
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取材・文 / 大谷隆之撮影 / 曽我美芽
群像劇として立体感が増した「SING/シング:ネクストステージ」
──3月18日から公開される「SING/シング:ネクストステージ」は前回からさらにキャラクターが増え、楽曲も盛りだくさんです。音楽プロデューサーの蔦谷さんとしては1作目以上に手強かったのでは?
蔦谷好位置 作品に詰め込まれた情報量が半端じゃないですからね。あと、1作目では権利の関係から一部楽曲は英語のまま使わざるを得なかったんですが、今回はすべての劇中曲に日本語の歌詞を付けている。おそらくこれはアメリカ本国の制作スタッフが、大ヒットした前回の日本語吹替版を高く評価してくれた結果であり、うれしいし光栄なんですけど……確かに大変と言えば大変でした。ただ、いち観客として観ると、やっぱりめちゃめちゃ面白いんだよね!
いしわたり淳治 うん。すでにキャラクターたちをよく知っているのも大きいと思うんだけど、僕自身は前作よりも純粋にストーリーを楽しめた気がします。なんと言っても、群像劇としてよくできている。一応バスター・ムーンという中心的なキャラクターはいますが、ほかのキャラたちにもそれぞれ物語があって。とにかく作りが立体的だなあと。
──そういえば前作のインタビューで蔦谷さんは、いしわたりさんに日本語の歌詞をお願いした理由を「オリジナルの意味をしっかり伝えながら、日本語としても覚えやすく、しかも洋楽のビートに乗るような訳詞を書ける人は彼しか思い付かなかった」と述べていました(参照:映画「SING/シング」特集 蔦谷好位置(吹き替え版音楽プロデューサー)×三間雅文(吹き替え版演出)対談)。
蔦谷 その気持ちは今でも変わってないです。今回も日本語詞は淳治くんしかいないと。僕と制作スタッフの間では最初から決めていました。でも実際問題、今回もけっこうハードな仕事だったよね。レコーディングが始まってからも、何度も歌詞をリライトしてもらったり。
いしわたり そうそう。しばらく制作の連絡が途絶えて、もう作業は終わったんだと思っていたら、いきなり数曲まとめて修正依頼が来たりして。「あ、まだレコーディングやってんだ。大変だな」みたいな(笑)。
蔦谷 この人がまた、異常なスピードでリライトしてくるんですよ。スタッフ経由で要望を伝えると、すぐさま修正案がきますからね。しかも、微妙に違うのを3パターンくらい、同時に送ってきてくれる。
いしわたり 最近、あまり極端な意訳は混ぜないように注意してますけどね。やりすぎると作品にとってもプラスにならないと自分でもわかってきたので。オリジナルに忠実な状態を保ちつつ、いくつかパターンを渡すようにしています。
いしわたり淳治が訳詞で心がけた2つの柱
──吹替版の歌詞を書く際、大切にされていることはなんですか?
いしわたり 平凡だけど、やはり内容と響きのバランスだと思います。原曲の雰囲気に寄せすぎようとすると、どこか空耳アワー的になっちゃうというか……。日本語の音をあまり英語に近付けすぎると、言葉が流れてしまって、かえって歌の持つ意味が伝わらなかったりする。かといって、曲とまったく合ってないギクシャクした日本語では感情移入しにくい。常にそのせめぎ合いですよね。
──字幕用の訳詞ともまたアプローチが違う?
いしわたり はい。字幕は目で追うもの。吹き替えは耳から入ってくるもので、しかもアニメーションのお芝居とシンクロさせるのが大前提ですから。そこは根本的に違いますね。
──確かに本作の字幕版を観ると、オリジナル曲の英詞がシンプルで端正な日本語に置き換えられている。どちらかというと直訳に近い印象です。一方で吹き替えの歌詞は、印象的な単語をあえて訳していなかったり、重要な接続詞を省いていたりと、思い切った冒険も随所に見られます。でもトータルで伝わる内容は字幕版とほとんど変わらないんですね。そこが素晴らしいなと。
いしわたり ありがとうございます。ただ僕の中では冒険というより、むしろパズルに近い感覚かもしれません。確かに原曲のメロディやリズムに合った日本語詞にするためには、すべての情報を盛り込めないことも多いので、ときには思い切った省略も必要になります。かといって、こちらで勝手にワードを探すこともできない。曲を作ったアーティストは、自分の作品が拡大解釈されたり飛躍して伝わったりするのは、絶対望んでないと思うんですね。僕自身は常に、2つの柱で考えるようにしています。1つは英詞の中から、映画のストーリーとなるべくリンクした単語を見つけること。もう1つは耳でしっかり聞きとれること。そうすれば、残すべき言葉は自ずと見えてくるのかなって。
──例えば前半、バスターと仲間たちが、オーディションを受ける場面でU2の「Where The Streets Have No Name」を合唱します。「I want to run」という最初のフレーズは、字幕では「逃げたい」と直訳されていますが、吹替版では「飛びだそう」になっている。2行目の「I want to hide」はたったひと言、「あの空」です。この箇所はどういう意図で訳されたんですか?
いしわたり あそこはシンプルに物語が動き始めるシーンなので、言葉自体に前向きな響きが欲しかったんです。なので「逃げる」とか「隠れる」みたいな単語は、意味的には合ってるんだけど、できれば避けたかった。むしろ原曲の核となるメッセージとリップシンクの兼ね合いを考慮して、「空」という言葉を引っ張ってきたんじゃなかったかな。
蔦谷 こういう話を聞くと、淳治くんは本当にすごいことをやってるんだなって、改めて思いますね。そもそも英語と日本語は違う言葉なんだから、口の動きを完璧に一致させるのって、原理的に不可能じゃない?
いしわたり うん、そうだね。
蔦谷 でも淳治くんの書く訳詞って、少なくともフレーズの最初と最後の音は、しっかりアニメの動きに合わせてあるんだよね。入り口と出口がズレてないので、ほとんど違和感がない。あと、1つの曲を訳す際にも、実は作品全体を見ているというか……「このキャラクターが、このシーンで歌うなら、この言葉」という選び方をしてくれる。
いしわたり 確かに、それは意識してるかもしれない。
蔦谷 物語の中盤で、長澤まさみさん演じるヤマアラシのアッシュが、隠遁したライオンのクレイ・キャロウェイの邸宅を訪れて、U2の「Stuck In A Moment You Can't Get Out Of」を歌うでしょう。あの日本語訳なんて完璧だった。
いしわたり おおお、うれしい!
日本語詞が引き出した長澤まさみ渾身の芝居
──物語のキーを握るクレイ・キャロウェイは、最愛の妻を亡くし世捨て人同然になってしまったロックスター。そんな失意の彼が、弾き語りで懸命に歌うアッシュの姿を見て少しだけ心を開く。とても重要なシーンです。「You've got to get yourself together. You've got stuck in a moment. And now you can't get out of it」というサビのフレーズは、「今を強く生きて / 過ぎた日々にもう / 囚われてないで」という簡潔で力強い日本語になっていますね。
蔦谷 長澤さんは、もともとこの曲が大好きだったそうで。根底には、U2へのリスペクトもあったと思うんです。でもやっぱり、淳治くんの日本語詞があの素晴らしいお芝居を引き出した部分も大きかったんじゃないかな。彼女は言うまでもなく日本を代表する女優さんだけど、レコーディングにあたっては、歌い方のパターンを何種類も用意してきてくれるんですよ。
いしわたり へえ、そうなんだ。すごいね。
蔦谷 もちろん、オリジナルから逸脱はできない。逆に言うと作品のトーンは変えることなく、いかに日本人キャストの持ち味を出せるかが、吹替版のポイントなんですよね。長澤さんはそれをしっかりわかったうえで、OKラインを一緒に探ってくれる。例えば「ここは勢いが大事だから、原曲のスカーレット・ヨハンソンの歌に寄せましょう」とか、「ここはあえて日本語のエモーションを優先させましょう」みたいな感じで、臨機応変に作り込んでいけました。
いしわたり たぶん「SING/シング」シリーズの音楽には2つの役割があって。1つはある種のBGMというか、純粋な劇中歌としての機能。もう1つは曲の歌詞がストーリーと対応していたり歌うキャラクターの心情を代弁していたりする、いわば台詞的な機能。「Stuck In A Moment You Can't Get Out Of」は明らかに後者なので。けっこう忠実に訳した記憶があります。
蔦谷 とか言いつつ、「You've got stuck in a moment」という箇所を「過ぎた日々にもう」って訳しているでしょう。
いしわたり あ、うん。そうだね。
蔦谷 英語の“moment”って、語尾の「トゥ」は唇が動かないよね。日本語の「もう」もやっぱり唇は動かない。淳治くんには当然のことなのかもしれないけれど、毎回感心する。ホントすごいですね、あなた(笑)。
いしわたり 「い」と「う」の音は口を閉じるからね。そこはなるべくそろえてあげたいなと。逆に一番口が大きく動くのは、「あ」と「お」の音なんですよ。語尾を長く伸ばすところも「あ」か「お」が多い。これは世界中どの言葉でも共通です。なので吹き替え詞の場合、英語と日本語で母音の箇所を合わせるというのは、わりと意識しています。
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クレイ役は稲葉さんしかいない