人間社会はハイエナの社会に重なる
──前作「有夜無夜」はフルアルバムということもあり、獅子さんの引き出しの多さを表現したアルバム作品だったと感じました。それに対して今作は5曲入りのミニアルバムということもあり、そもそものコンセプトが異なりますよね。
前作よりも新しいことに挑戦しつつ、まだ試行錯誤しているという意味もあって「揺ら揺ら」と名付けたのが今回のミニアルバムで。具体的にはヒップホップの要素を強く取り入れたのと、ピアノのメロディが強い曲が多いのも今作の特徴だと思います。
──もともとシンガーソングライター志望だったこともあり、獅子さんのメインの楽器はギターですよね。ピアノはどこで習得したんですか?
専門学校時代にコードの勉強をしたくらいで、あとは作曲しながらピアノの使い方を覚えていきました。ピアノの使い方を覚えたと言ってもプレイヤーとしてうまく弾けるわけではなくて、僕ができるのはDTMを使ってピアノのメロディを作ることだけ。DTMで1音ずつ入力していく作業がけっこう好きで、パソコン上でなら弾けるメロディをちまちま入力してる感覚ですね。「鬣犬新書」なんかはピアノのメロディに電子ドラムのビートを合わせた、ちょっと挑戦的な曲になったと思います。
──「鬣犬新書」は人間社会と動物のハイエナの生態を照らし合わせた、ちょっと変わったテーマを持った曲ですよね。こういう発想はどこから来るんですか?
これはハイエナのドキュメンタリー番組を見て思い付きました。ハイエナのコミュニティにも人間社会のような上下関係があり、下位のハイエナが餌を発見しても上位のハイエナがそれを奪って新鮮な肉を食べてしまうような関係性にあると番組で知って。これは人間社会にも当てはまるよな、と思い書いたのが「鬣犬新書」です。
──なるほど。ミュージックビデオで描かれているビジネスマンの苦悩と反抗に重なるものがありますね。
はい。MVをどう描くかはアニメーターのさらんらっぷ。さんにお任せだったんですが、僕の描きたい思いをうまくアニメーションに落とし込んでくれました。
──「鬣犬新書」には「解体新書」をモチーフにしている部分もあります。先ほど「山月記」の話も出てきましたし、古い小説や古典からインスピレーションを得ることが多いんですか?
古い書物をたくさん読み漁っているわけではないので古典に詳しいわけではないんですが、古いもので現在まで残っている言葉には重みがあって、そこからインスピレーションを得ることはあります。古典に限らず、名言集とかもよく読むんですが、後世まで残る言葉にはカッコいいものが多い。ただ過去ばかりに目を向けるのではなくて、ドキュメンタリー番組をきっかけに曲を作ったりもするし、いろんなところからインプットをするようには心がけています。
──2曲目に収録されている「らんだ」は今作の「試行錯誤」というコンセプトを感じさせる1曲ですよね。K-POP的なサウンド感にラップの要素が加わっていて。
おっしゃる通り、意識したのはK-POPとヒップホップです。もともとヒップホップは好きでよく聴いていたので、自分の曲に生かせないかなと思って作ったのが「らんだ」です。
──バンドがルーツにあるとおっしゃっていましたが、わりと雑食的になんでも聴くタイプですか?
そうですね。学生時代は秦基博さんとか、スキマスイッチさんを聴いていた影響でシンガーソングライターを志していて。それ以降はEveさんやヨルシカさんのようなインターネットの音楽シーンで活躍している人たちの音楽やヒップホップ、最近ではK-POPにも触れています。どのシーンにも自分に取り入れられる要素があると感じているし、まだまだ僕の音楽は発展途上だと捉えているので、いろんなところからインプットすることを心がけています。
MVはアニメ以外考えられない
──獅子さんの楽曲のMVはどれもアニメーションですよね。そのこだわりはどこから?
めちゃくちゃ強い動機があるわけじゃないんですが、もともとアニメが好きというのもあるし、自分が慣れ親しんできたボカロ曲のMVはアニメーションのものが多かったからですね。自分の曲をMVにするならアニメ以外は考えられないと思うくらい、アニメーションへの思いは強いです。
──MVを制作する際はどのようなオーダーを? 獅子さんの要望はどのくらい反映されているんですか?
MVを作ってもらう際は、あまり自分の要望を出さずにクリエイターの方のアーティスト性を前面に出してもらうようにお願いしています。どのMVを作ってくれた方も僕からしたら憧れのクリエイターさんなので、余計なことを言わずに任せるほうがいいなと思って。どういう解釈でMVを作ってくれるか、そこも個人的には楽しみにしているところなんです。
──特に「日進月光」のMVの作り込みは驚きました。
僕の曲の中では珍しく、突き抜けるような明るい曲なんですよね。「日進月光」はミニアルバムの中で1曲は明るくて希望を感じるような曲を入れたくて作ったんです。MVはかぶきゅうさんにお願いして、曲の持つ明るさを瑞々しいアニメーションで表現してもらいました。僕の中でもお気に入りの1曲になりました。
──CDのブックレットには「鬣犬新書」「日進月光」のMVの設定資料が掲載されると伺いました。
普段あまりお見せすることがない資料なので、どのようにMVが作られているのか興味がある人はぜひ確認してもらいたいですね。それとミニアルバムをリリースする頃には「橙一点」のMVも公開される予定で(取材は3月下旬に実施)、大正時代をモチーフにしたようなすごく力の入った映像になりそうなので、こちらもぜひ注目してもらいたいです。
ボカロを投稿するのは辞めない
──今作はCD2枚組で、本人歌唱バージョン、ボーカロイドバージョンのCD2枚が同梱されています。なぜどちらも収録することに?
ここも僕が“揺れている”部分だと思います。先ほどボーカリストと作家の割合が50%ずつと言ったのと同じで、僕はボカロPなのかボーカリストなのか、どっちなのかまだ自分で決めかねているところがあって。だったら変に決め込まないでどちらもやったほうがいいかなというのが、現時点での僕の結論です。
──ご自身で歌いながら並行してボカロの調声をする、けっこう大変な道を選んでいるようにも思いますが。
基本的には自分の歌に合わせて曲を作っているので、本当にボカロの調声が大変で……。でもそこはいろんな方に歌ってもらいたい一心で、ボカロの曲を投稿するのは辞めないと思います。今回のCDを作るときは収録曲が2倍あるのと同じくらいの作業量だったので、本当に大変だったんですが(笑)。
──ミニアルバム発売後には獅子さん初のワンマンライブが開催されます。ワンマンに限らず、獅子志司としてライブをするのは今回が初めてですよね?
はい。学生時代のライブは楽しかったんですが、路上ライブで苦戦してからはずっと人前で歌うのが怖くなってしまって。今でもちょっと怖さがあるけど、初めてのワンマンライブなので応援してくれる人に恥じないようなライブにしなきゃいけないと気合いを入れています。今僕が持っているすべてをステージにつぎ込んで、来てくれた皆さんに感謝を伝えられたらいいな。
ライブ情報
獅子志司 1st ONE MAN LIVE -揺ら揺ら-
2022年5月5日(木・祝)東京都 WWW
プロフィール
獅子志司(シシシシ)
2018年より動画共有サイトに楽曲を投稿しているボカロP。ボカロ曲を投稿するのと同時に自身が歌唱するセルフカバーも投稿しており、ボーカリストとしても活動している。2021年4月には、YouTubeにて1000万回以上再生されている代表曲「永遠甚だしい」などを収録した1stフルアルバム「有夜無夜」をリリース。2022年4月には新作ミニアルバム「揺ら揺ら」を発表した。5月には東京・WWWにて初のワンマンライブ「獅子志司 1st ONE MAN LIVE -揺ら揺ら-」を開催する。