獅子志司はボカロPかボーカリストか? 揺れながらも前に進むマルチクリエイター

ボカロPでありシンガーソングライターでもある獅子志司(シシシシ)が、1stミニアルバム「揺ら揺ら」を4月6日にリリースした。

2018年にボカロPとしての活動を開始し、同年6月発表の「絶え間なく藍色」や2020年8月発表の「永遠甚だしい」が注目され、一躍人気クリエイターとなった獅子志司。作家とボーカリスト、どちらの側面も持ち合わせている彼は、揺れ動く自身の活動スタンスを表現すべく新作に「揺ら揺ら」と名付けた。音楽ナタリーでは獅子志司の音楽的なルーツやボーカロイドとの出会い、また本人歌唱の音源とボカロ音源を同時に発表し続ける理由を知るべくインタビューを実施。新作の制作秘話などを交えながら、マルチに活躍する彼のアーティスト像に迫った。

取材・文 / 倉嶌孝彦

バンドに始まり、シンガーソングライターを目指した学生時代

──獅子さんのルーツにあたる音楽はなんですか?

ルーツにあるのはバンドだと思います。小さい頃によく聴いていたのは、親の影響でL'Arc-en-Ciel。車の中でよく流れていて、漠然と「カッコいいなあ」と思っていました。その後、高校時代に本格的にバンドに目覚めていろいろ聴いていた時期に、L'Arc-en-Cielのコピーバンドを組もうとしている友人に誘ってもらって。ギターボーカルで文化祭に出てステージで歌ったときにすごく楽しかったんです。その頃から自分の人生は音楽一択かもしれない、突き詰めてやってみたいと思っていました。

──バンドで音楽に目覚めてバンドを組んで……という学生時代の経験の中で、ボカロをはじめとしたインターネットの音楽シーンにも触れていたんですか?

実はボカロに触れたのはけっこう遅くて、中高時代はバンドをはじめとした現場ありきの音楽に触れることが多かったですね。それと、高校卒業後は音楽の専門学校に進学してシンガーソングライターを目指していました。作曲自体は高校時代のときからしていたんですが、専門学校でDTMの使い方を学びつつ、自分のオリジナル曲を作り始めて。シンガーソングライターなので、曲ができたら路上で歌うようなこともしていたんですが、ほとんど誰も聴いてくれなかった。それで、一度心が折れてしまったんです。

獅子志司「揺ら揺ら」トレイラー映像のワンシーン。

獅子志司「揺ら揺ら」トレイラー映像のワンシーン。

──シンガーソングライターを志すことをあきらめてしまった?

はい。高校時代はバンドでステージに立って人前で歌うのがあんなに好きだったのに、路上で歌ってみたら誰にも聴いてもらえない。そんなことを繰り返していくうちに、いつしか人前で歌うのがすごく苦手になってしまいました。でも音楽を辞めるわけではなくて、家で楽器を触ったり、パソコンをいじったりしながら曲を作るのはずっと好きで、もしかしたら自分には作曲家が向いているんじゃないかなと思うようになった。それでいくつかコンペに応募してみるんですが、これも箸にも棒にもかからず「これもダメか」って挫折してしまって。そこで出会ったのがボーカロイドというツールでした。

──バンドに始まり、シンガーソングライターを志望していた獅子さんがボカロに惹かれた理由は?

もともとボカロをそんなに聴いていたタイプではなかったから、最初はボカロのことを全然知らなくて。たまたま聴いてみたボカロ曲が思っていたよりも自然なボーカルに聞こえて、「これだったら僕の曲を歌わせてみてもいいかも」と感じたのがきっかけです。それで自分のオリジナル曲を初めて投稿してみたら、100とか200とかそんなレベルだったけど、路上で歌っていたときよりも全然人に聴いてもらえている感覚があって。「ここなら僕の音楽をちゃんと受け止めてくれる。僕にはここしかないかもしれない」と気付いてからは、ボカロで曲を作ることにのめり込んでいきました。

──ご自身のキャリアの中で手応えを感じた瞬間はいつですか?

投稿曲で言うと2019年6月に投稿した「絶え間なく藍色」あたり。ボカロPとして軌道に乗るまでの僕は自分のエゴというか、自分の気持ちだけを曲に込めていた感覚があって。こっちから問いかけるばかりで、その先のリアクションとかまで全然考えられてなかった。でも「絶え間なく藍色」からは「どういう作品だったら視聴者が喜んでくれるのか」とか、受け入れられ方までを含めてどういう曲を書くべきか考えるようになりました。もちろん、視聴者のことばかりを考えすぎてもダメなので、自分で書きたい曲やメッセージをどう受け止めてもらえるか。それを考えながら、もっと自分の気持ちを出せるんじゃないかと考えながら曲を書き続けています。

李徴のようにならないように、獅子の名を

──「獅子志司」という名前、変わっていますよね。どういう由来があるんですか?

自分の星座が獅子座なのと本名に「司」の漢字が入っているので、「ライオンの志を持った司」という意味で「獅子志司」という名前にしました。それに加えて名前を付けるときに考えていたのは、「山月記」という小説に登場する李徴のこと。李徴という人物はエリートでありながら詩人を志していた人物で、家族も捨てて役職も捨てて芸術の道に突き進む。でも彼は誰にも認められず、何も成し遂げられずに結局は発狂して虎になってしまう。ある日、昔の友人がその虎に出くわして「李徴じゃないか?」と気付いて話しかけると、李徴は「虎になってしまったのは、臆病な自尊心と尊大な羞恥心のせいだ」と言い、友人に最後の1句を読むんです。その詩を読んで、自分の弱さを認めた人の言葉が響くことを知って。「山月記」は虎の姿をした李徴が人間に戻るわけでもなく、月に向かって吠えるという悲しい結末で終わるんですが、僕はそうはならないように虎ではなく獅子を名前に入れようと思って、獅子志司にしました。

──「山月記」は芸術の道に進む厳しさ、難しさを表現している作品とも言えますよね。獅子さん自身はその厳しさをどう捉えていますか?

もちろん怖さは感じています。でも一番怖かったのは、路上ライブをやって誰にも反応してもらえなかったとき。誰にも認められないことが一番虚しかった。それに比べれば、今はいろんな人に聴いてもらえているので、これから先に何が起ころうともすでに得たものがあるからそこまで怖くはないかもしれないです。

獅子志司「揺ら揺ら」トレイラー映像のワンシーン。

獅子志司「揺ら揺ら」トレイラー映像のワンシーン。

2次創作の文化のためにボカロ曲を

──最新のアーティスト写真には男性のビジュアルのほかにもう1つ、女性のビジュアルも描かれています。これはボーカロイドを表しているんでしょうか?

そうですね。僕のキャリアはボカロから始まっているし、今回のミニアルバムには自分のボーカルとボカロバージョンの2種類の音源を収録しているので、自分だけじゃなくてボカロのことも視覚的に見せたいと思って、こういうビジュアルにしています。

──獅子さんは必ずご自身が歌うバージョンとボカロバージョンの2種類を投稿していますよね。

2次創作の文化がすごく好きで、自分が歌って完結してしまうだけじゃなくて、誰かに歌ってもらうことで、その楽曲の新たな魅力が発見されたら作家冥利に尽きると思うんですよね。

──獅子さんの中にシンガーとしての側面と作家としての側面があるわけですよね。シンガーと作家、どちらの割合のほうが大きいですか?

これが自分でも悩ましいところで、現時点では50%ずつかなと思っています。自分の歌もすごく評価してもらっているから、セルフボーカルもがんばりたいけど、ボーカロイドで作った曲を歌ってもらうのも好き。だったら両方やるしかない、というのが今の僕のスタンスですから。