柴田淳「901号室のおばけ」インタビュー|“人生観の変化”映し出す4年ぶりアルバム (2/2)

第三者のような気持ちで楽しめるアルバムが作れた

──ボーカルのレコーディングはいかがでしたか?

武部さんはものすごくお忙しい方なので、スケジュール的にはものすごくタイトだったんです。歌入れを1日2曲やらなきゃいけなかったりもして。怒涛のレコーディングだったので正直、自分がどんなふうに歌ったのかも覚えていない状況でしたね。でも今回は歌のセレクトも武部さんがやってくださったんですよ。これまでの活動では、歌のセレクトは絶対誰にも触らせなかった聖域。でも今回はそこを委ねたんです。武部さんが選んでくれた柴田淳の歌がどんなものになるのかが、今回のアルバムにとって1つの聴きどころにもなるなと思えたので。

──武部さんセレクトによるご自身の歌をどう感じます?

自分で選んでいない分、やっぱり多少引っかかる部分があるにはあるんだけど、面白さのほうが勝っていたかな。私なら絶対に選ばないテイク、例えば声がひっくり返っちゃってるものとかも武部さんはチョイスしてたんですよね。それは自分でも聴いていて楽しいところでした。正直に言うと、すべてが終わるまでは不安もぬぐい切れなかったんですよ。武部さんセレクトを聴くときは毎回、脂汗をかきながら確認していたし、最後の2曲はもう体力がもたなくて、聴かずに帰らせてもらっちゃったんです。

柴田淳

──それほど柴田さんはご自身の歌に関して常に心血を注いでいる。だからこそセレクトを他者に委ねることは相当大きな決断だったわけで。

結局最後は逃げてしまった形にはなったんですけど、武部さんは最高の仕上がりにしてくださいました。お任せしたのは間違いなかったなって。ミックスダウンのときにアルバムの全貌がようやく見えたんですけど、そこで私は「あ、こんなにいろんな曲を書いたんだな」「こんな歌を歌ったんだな」って、いろんなことを感じましたね。そこで初めて怒涛の日々を振り返れたというか。

──そういう意味では、柴田さんご自身がものすごく客観的に楽しむことができる作品なったのかもしれないですね。

そう! まさに客観的に聴けたんです。1枚通して退屈しないし、「あ、この曲の次にこの曲が来るんだ」「へえ、こんな曲もあるのか」みたいな感じで、最後まで楽しめる。そんなふうに第三者のような気持ちで楽しめるアルバムが作れたのは武部さんのおかげですよ。プロデュースされるってこういうことなんだなという発見がありましたね。

2コーラス目に私の伝えたいことが詰まっていたりする

──武部さんの視点がアルバムに通底することで、柴田淳の個性がより生々しく感じられる印象もありますよね。僕は2曲目の「星の朝露」がすごく好きで。明るさのあるこの曲は、冒頭でおっしゃっていたように自らの人生を幸せだと強く感じている今の柴田さんの姿が色濃く出ているように感じました。

本当ですか? ありがとうございます。歌詞に関しては、この曲を最初に手がけたんですよ。ただ、そこで武部さんに「狙ってない? 全然明るくしなくてもいいんだよ」という言葉をいただいて。自分的にはそんなつもりはなかったんですけど、なにせひさしぶりのレコーディングだったし、まだ感覚を取り戻せていない時期でもあったので「じゃあちょっと寝かせましょう」ということになったんです。で、制作の最後に改めて歌入れをして。最終的に歌詞はだいぶ書き直したりもしました。

柴田淳

──すごくいい雰囲気の曲ですよね。日常の中の爽快なテーマソングになり得るというか。

まだ専門学校に通っていたとき、病院での実習があって。その病院が実家から近かったので、実家から自転車で通っていたんです。

──この曲には「ペダル踏み込んで 今日がまた始まる」というラインがありますよね。まさにそんな日常を送っていたと。

そうなんです。そうやって自転車で病院に向かっているときに感じた清々しさがこの曲の雰囲気にマッチしていたので、そういう歌詞を書いたんだと思います。その時期にこんな曲をBGMとして聴きたかったなという思いも込めつつ。この曲はもちろん、ほかの曲もすべて、2コーラス目に私の伝えたいことが詰まっていたりするので、そのあたりも感じてもらえたらうれしいですね。

大人になったなっていうこと

──柴田さんの大きな武器である恋愛の楽曲も多数収録されていますが、描き方で変化を感じる部分はありますか?

全体を通して感じたのは、大人になったなっていうこと(笑)。これまでの自分は、仕事はもちろんプライベートのことに関してもいろんな悩みがあったし、どこか切羽詰まっていたような気がするんですよ。恋愛の曲にしても相手にすがるようなものが多かったじゃないですか。「あなたがいないとダメ」「愛してほしい」みたいなことを歌っていて、余裕がないというか(笑)。でも、学生としてキツい3年間を過ごしたことで、自分の置かれている状況がパラダイスになってしまった。人生がとにかく充実していると感じられている。だからこそアルバムに収録されている曲たちにも、大人としてのゆとりがにじみ出ている気がするんですよね。

──すべてがパッと明るい曲かと言うとそうではないけど、今おっしゃったゆとりみたいなものは本当に感じられる作品だと思います。柴田さんの新しい表情が詰め込まれているなと。

そうですね。歳とったなーって思うけど(笑)。

──本作を経て、未来に関してはどんなことを思い描いていますか? 2年後の2026年にはデビュー25周年という節目も控えていますが。

いろんなことを経て自分の周囲の環境も真っ白になったところがあるので、すぐにツアーとかはなかなかできないかもしれないですけど、ここから体制をしっかりと固めて、25周年には絶対にツアーを周りたいと思っています。もちろんそこに至るまでも、単発のライブを精力的にやっていきたいし。私自身、常にライブをやっている人になりたい欲があるんですよ。昔は自他ともに認める緊張大魔王だった私ですけど、ここ数年はステージに立つことがまったく怖くなくなってきた。だからここからはどんどんライブをやっていくので楽しみにしていてください。

柴田淳

プロフィール

柴田淳(シバタジュン)

1976年生まれ、東京都出身の女性シンガーソングライター。幼少期からピアノを習い、音楽に親しみながら育つ。2001年10月にシングル「ぼくの味方」でメジャーデビュー。2002年3月に1stアルバム「オールトの雲」を発表する。以降もコンスタントに作品を発表し続け、2008年9月には映画「おろち」のテーマソング「愛をする人」を書き下ろし、音楽ファン以外の話題も集めた。CHEMISTRYや中島美嘉らへ楽曲提供を行うなど、作曲家としても活躍中。デビュー10周年を迎えた2012年10月に、初のカバーアルバム「COVER 70's」をリリース。2014年12月に10thアルバム「バビルサの牙」を発表し、2015年11月にデビュー15周年企画の一環でベストアルバム「All Time Request BEST ~しばづくし~」をリリースした。2019年7月にカバーアルバム第2弾となる「おはこ」を発表。2021年、コロナ禍により活動が停滞する中で救急救命士の資格取得のため専門学校へ通い始める。2024年3月に第47回救急救命士国家試験に合格して救急救命士になった。2023年に演劇にも挑戦するなど活躍のフィールドを広げる中、2024年11月にアルバム「901号室のおばけ」をリリースした。