さユり「航海の唄」特集|さユり×「僕のヒーローアカデミア」監督・向井雅浩×エンディング映像演出・小田嶋瞳

壊理ちゃんには、幸せな時期もあってほしい

──この「航海の唄」に小田嶋さんが絵を付けられたわけですが、そのお話も伺っていいですか?

小田嶋 まず、すごく絵作りがしやすかったです。私は今回初めてエンディング映像の演出とコンテを担当させていただいたんですけど、曲の世界観ができあがっていたのですぐイメージが浮かびました。向井さんからも特にこれといったオーダーもなくて。

向井 「好きにやってください」と。

小田嶋 なので、第4期の物語のキーになる壊理ちゃんを主体にしたエンディングにしようと決めて。壊理ちゃんはまだ幼いのに、治崎(廻)のもとで耐え難い地獄のような日々を送っているんです。でも、そうなる前はきっと幸せな時期もあったんじゃないかと原作を読んでいたときに思ったんです。そこからイメージを膨らませていって、それを壊理ちゃんの心象風景として、彼女の心の深い部分に沈んだ思い出を覗き見るような感じで描いていきました。ただ、全体としては歴代エンディングの中で一番……。

左から小田嶋瞳、さユり、向井雅浩。

向井 黒い(笑)。

小田嶋 そして重い、不穏な映像にはなってしまったんですけど、本編を観終わったあと「航海の唄」の歌詞と壊理ちゃんの姿が皆さんの心に刺さるといいなと思いながら作っていました。

さユり おっしゃる通り心の深い部分を覗き見るという、その感触が伝わってくる素敵な映像だと思いました。壊理ちゃんが初めてデクに会ったとき怯えて泣いていたんですけど、私はそんな壊理ちゃんにすごく芯の強い優しさみたいなものを感じて。それはエンディング映像で描写されているような思い出とかが、あの小さな体の中に詰まっているからなんだというのがしっくりきて、同時にグッときました。

小田嶋 うれしいです!

さユり 壊理ちゃんって、自分の望まない“個性”の使い方を強いられて苦しんでいるんですよね。昔、誰かが「個性は組み合わせだ」と言っていて、その言葉が今でも私の中に残っているんです。例えば私は人付き合いがあまり得意なほうではないんですけど、じゃあこの内向的な性格は、どんな人との組み合わせの中で生かせるだろうって考えたりして。だから私の勝手な想像なんですけど、壊理ちゃんも人を求めていたんじゃないかなっていうのは思いました。

向井 今の世の中には“いい子=我慢のできる子”という風潮が少なからずあると思っていて、その“いい子”になろうとしていたのが壊理ちゃんなんじゃないか。要するに、自分が我慢すれば自分以外の人が幸せになるんだという思い込みがすごく強かったと、僕は思うんです。だから「いや、それは違うよ」と言ってくれる人、つまり別の価値観を与えてくれる人がいないといけない。

小田嶋 そうですね。本当の意味でいい子だったからこそ、それが思い込みであるということに気付かせてくれる人が必要だったんですよね。

向井 あとエンディング映像に関して僕からちょっと言わせてもらうと、音楽を絵に翻訳するというやり方は下の下なんですね。そうじゃなくて、音楽で語られていることとは別のことを絵では語るべきで、そのためにはやっぱりどこまで腹をくくれるかが重要なんです。今回、小田嶋さんは最初の案出しの段階から「こういうものを描きたいです!」と腹をくくっていたし、コンテを描く過程でも腹をくくっているのが見えたので僕としては「どうぞどうぞ」と。そして、そうやって小田嶋さんに腹をくくらせたのが、「航海の唄」なんですよね。

小田嶋 初めて聴いたときに鳥肌が立ったと言いましたが、「早く映像を作りたい!」と気持ちが高ぶるのも感じました。だから、さユりさんの曲で本当によかったと思っています。

腹をくくり合った結果、素晴らしい映像に

──先ほど小田嶋さんは「絵作りがしやすかった」ともおっしゃっていましたが、絵作りのしやすい曲、しにくい曲の違いはどこにあるんですか?

小田嶋 私は演出とかを担当するのが今回が初めてだったので……向井さん、どうですか?

向井 やっぱり音楽でも腹をくくって「これはこうなんです!」と言い切ってもらったほうが、「そうですね!」とも「いや、そうは思いません!」とも言えますよね。要は明確にレスポンスできる、芯の通った曲をいただけると僕らとしてもやりやすいんです。逆に「こんなんでどうでしょう……?」みたいな、誰かの顔色をうかがうような曲だと、正直どう反応していいか困ってしまいますね。あくまで僕の場合は、ですけど。

さユり 今日お話ししていて、腹をくくるっていうのは、曲を作るときに一番時間がかかる作業だと思いました。タイアップの場合、特に「ヒロアカ」は過去3期分のエンディングテーマの積み重ねがあるし、「そのイメージを崩さないほうがいいよね?」とか「独りよがりになってない?」とかいろいろ考えてしまったんです。でも、やっぱり作品とまっすぐ対峙したときに譲れないイメージみたいなものがどうしてもあったし、いろんな考えを突破したときにようやく曲ができ始めるので、その過程でいかに腹をくくるかというのはすごく大切なことですね。

向井 そういえば小田嶋さんも「これ大丈夫ですか? 独りよがりになってません?」って言ってましたよね。

小田嶋 そうなんです。だから「さユりさんもそうなんだ!」と思いながら聞いてました。

向井 腹をくくったからといって必ずしもすべての迷いや不安が払拭されるわけではないと思いますが、腹をくくったのであればもうそのまんま世の中に問うてみたほうがいい。やっぱり今回のエンディングは、さユりさんは曲で、小田嶋さんは絵でそれぞれ腹をくくり合ってくれた結果、素晴らしい映像になったんですよね。その中で僕は、さっきも言ったように「どうぞどうぞ」と言うだけという、一番楽で楽しい仕事をさせてもらったんだなあと(笑)。

さユり