ナタリー PowerPush - 笹川美和

もうすぐ30代、揺れる世代の恋愛観が共感呼ぶ「都会の灯」

「午前4時36分」から「午前4時43分」までの様子をそのまま歌に

──1曲目の「午前4時36分」も、山本隆二さんのピアノと一緒に一発録りしたそうですね。

はい。同じ部屋で録ってるから、あとで直すこともできないんですよ。最初のテイクがすごく良かったんですけどね。

──何度もテイクを重ねるのではなく、集中力を高めて歌うほうがいい、と。

というか、飽き性なんですよ(笑)。以前から集中力を高める努力もしてたんですけど──20代前半の頃はライブの後半で集中力が散漫になることもあったので──何度も歌ってると飽きちゃうんですよね、やっぱり。特に「午前4時36分」には、ピーンと張りつめてる感じが合ってたんじゃないかなって。この曲は全く歌詞のとおりというか、「午前4時36分」から「午前4時43分」までの様子をそのまま歌にしてるんですよね。朝早く目が覚めて、外は薄青くなってきて、ソーダ水を飲んで……。その数分の記憶がすごく残ってんたんです。ちょうどエイベックスに戻るって決めた時期で、かなり不安があったんですよね。でも、いつか夜は明けるんだからって。

──では、「晴れてくるだろう」という曲にある「生きることは常になにかを選び 生きることは常にどれかを捨てる」というフレーズも……。

そういうことを考えてたんですよ、ホントに。リアルに躁鬱だったわけではないんですけど、心がドヨンとしたり、「いや、がんばるって決めたじゃん!」って思い直したり、とにかく気持ちの浮き沈みが激しくて……。「晴れてくるだろう」はちょうどウォーキングを始めた頃に書いた曲なんです。元々運動は大嫌いなんですけど、地元には自然が豊かな場所も多いし、体力作りのために歩いてみようと思って。特に新緑の季節って、植物がすごい勢いで伸びたりしていて、それを見てるだけで元気になれたんですよね。

──そのときの気分が歌詞に反映されている?

笹川美和

はい。ある日、ウォーキングしてるときに雨の匂いがしたんです。「やばい、もうすぐ雨が降る。でも歩き始めちゃったし……。さて、どうする?」っていう心情を歌にしたのが、この曲なんですよ。このまま歩き続けるか、それとも家に帰るかっていう。

──そういう選択の連続ですからね、人生は。特に笹川さんはその時期、メジャーに復帰するという大きな決断をしたわけで。

そうですね。メジャーからインディーに戻るときはそれほど不安がなかったんです。でも、もう一度メジャーでやるとなれば、半端な気持ちではファンの方にも失礼だし、何よりも自分を嫌いになるだろうと思って。だったら、やめたほうがいいんじゃないかって思ったり……。でも、腹をくくったら前に進むしかないですからね。だから「晴れてくるだろう」というのは、自分の望みでもあるんです。

──本当に生々しい感情が反映されてるんですね、今回は。

そうですね。何かをモチーフにするというよりは、実体験を元にした曲が多いです。「プリズム」だけはちょっと違うんですけどね。映画「ゆめのかよいじ」を観てから書き下ろした曲なので。あらかじめ映像があったから、すごくイメージしやすかったし、書いていて面白かったです。

30代になると恋愛観も……

──「泣いたって」に関しては?

これが一番新しい曲なんですけど、「ドラマチックな曲にしよう」と意識して作った曲なんですよ。「売れる曲はサビのメロディに高低差がある」という傾向があるらしくて、それも取り入れてみたり。元々は「タイアップの話があるかもしれないから、ドラマチックな曲を作っておこう」ってことだったんですけど──結局、タイアップは付かなかったんですけどね(笑)──すごく良い経験になりましたね。やろうと思えば、やれるじゃん!って。

──この曲の歌詞もかなりリアルですよね。失恋を経験した女性が「正気ってそうそう失わないのね」って…………。

歌ってる内容は全然ポップじゃないですね(笑)。これも実体験なんです。失恋して「このままおかしくなっちゃえばラクなのに」って思ったことがホントにあって。「あのときこうしてれば……」とか、自分の状態をいろいろ分析しちゃうから、余計に辛いんですね、多分。だけど、なかなか狂ったりはしないっていう……。人間の精神って結構頑丈なんだなって思いました(笑)。最近は失恋しても「これ、歌詞のネタになるかも」って思ったりしますけどね。ちょっとスレてきてるのかも。

──(笑)。30代になると恋愛観も変わってくるかもしれないですね。

やっぱり安泰を求めるようになりますからね。外見とか服装よりも、しっかり年金を払ってるかとか、親に紹介しても反対されないとか。その反面、「もう1回くらい痛い思いをしてみたい」っていう怖いもの見たさみたいな気持ちもあるんだけど(笑)。

──アルバムの最後に収録されている「今日」についても聞かせてください。「今日という日々は、それ以上でもない」というフレーズって、実はすごく前向きだと思うのですが。

うん、応援歌じゃないですけど、希望というか、前向きな気持ちで書いてますね。これはまさに「もう一度エイベックスでやろう」と決断した日に書いた曲なんです。この曲を書いたあと、「やる気になったら連絡して」と言われていた方にメールして。なんていうか、栄光の日々もあればダメな日々もあって、そういう浮き沈みこそが人生だし、それは死ぬまで変わらないと思うんですよ。そういうことを考えているときに「今日という日々は、ただそれだけのことで」「それ以上でもない」っていう歌詞が出てきて。

──なるほど。

あとね、もしかしたらなんですけど──私、3.11の話をするのが苦手なんですけど、この曲を書いてるときに一瞬頭をよぎったことがあるんですよね。(震災の日に)家でテレビの生放送を見ていて、津波に飲み込まれる直前の人が映ったんです。その人はきっと、ついさっきまで普通にお茶を飲んでたりしたと思うんですよね。今日という日だったり、普段の生活はすごく尊いものなんだって気付かせてもらったんです、そのとき。大事な人と一緒にいることも当たり前ではないし。そのこと自体を歌おうと思ったわけではないんですけどね。

ナタリーさんにお礼を

──「都会の灯」から始まる2013年も、日々の大切さが実感できる1年になるといいですね。3月にはツアー(「笹川美和 TOUR 2013 都会の灯」)もあるし、希望どおり忙しくなりそうじゃないですか?

そうなるといいんですけどね、エイベックスさんにとっても。それは心底思います。同世代の女性にもぜひ聴いてもらって、「いいな」って思ってくれる人が増えてくれたらなって。 ……あの、もうひとついいですか? 私、ナタリーさんにお礼を言いたくて。

──え?

前回のインタビューを柴咲コウさんが読んでくれたみたいで、それが楽曲提供につながったんですよね。「恋守歌」という曲なんですけど、私が作曲して、柴咲さんが歌詞を書いて。デモの雰囲気が良かったらしくて、ピアノも弾かせてもらったんですよ。ホントにありがとうございました!

ミニアルバム「都会の灯」/ 2012年1月16日発売 / cutting edge / CTCR-14785 / Amazon.co.jpへ
CD収録曲
  1. 午前4時36分
  2. 都会の灯
  3. プリズム
  4. 晴れてくるだろう
  5. 泣いたって
  6. 今日
笹川美和(ささがわみわ)

1983年2月23日生まれ。新潟県出身のシンガーソングライター。学生時代から地元・新潟を拠点に音楽活動を始める。2003年にエイベックスよりシングル「笑」でメジャーデビューし、シングル9枚とアルバム4枚をリリース。その独創的な世界と歌声が話題を集め、数々のCMやドラマの主題歌に起用される。2007年、インディーズレーベルへ移籍し、ミニアルバム4枚とフルアルバムを1枚リリース。2010年にはFUJI ROCK FESTIVALにも出演。2012年、5年ぶりにエイベックスと再契約して8月にミニアルバム「愚かな願い」を発表する。2013年1月には第2弾ミニアルバム「都会の灯」もリリース。現在も新潟在住で、地元ならではの感性から生み出される音楽性は広く支持を集めている。