06. 体温 / 原田郁子
[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:4thシングル「彗星」(2004年6月30日発売) / 1stアルバム「landmark」(2005年6月15日発売)]
オリジナルはシングル「彗星」のカップリングが初出。日常的な光景の中に細やかに描かれる心理描写が切なく愛おしい佳曲。託されたのはクラムボンのボーカリスト・原田郁子である。およそボーカリストのタイプとしてはSalyuの対極にあると言っていい原田は、いかにも原田らしい繊細なカバーを生み出した。耳を凝らさないと聞こえない、限りなく静寂に近い、だが確かに息づくあの人の体温。近くて遠い距離を、原田は的確に音像化した。
07. THE RAIN / ROTH BART BARON
[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:5thアルバム「Android & Human Being」(2015年4月22日発売)]
本作に収められた楽曲では「有刺鉄線」と並び最も新しい曲。オリジナルは素晴らしくポジティブな歌詞と解放感あふれるメロディ、スケールが大きくドラマティックなアレンジと、Salyuのスキル全開でどこまでも飛んでいきそうな伸びやかなボーカルが爽快な楽曲だが、そこに真正面からがっぷり四つに組んだのがROTH BART BARONの三船雅也だ。Salyuの圧倒的な歌唱力を前にして怖じ気づくどころか、真っ向勝負でど真ん中ストレートを投げ込んできた。アレンジも歌唱も逃げも隠れもしない正攻法。三船のボーカリストとしてのポテンシャルに改めて気付かされる。これもROTH BART BARONのライブでやればめちゃくちゃ盛り上がりそうな感動的な仕上がりである。
08. コルテオ ~行列~ / 坂本美雨
[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:11thシングル「コルテオ ~行列~ / HALFWAY」(2009年2月11日発売) / 3rdアルバム「MAIDEN VOYAGE」(2010年3月24日発売)]
オリジナルは「HALFWAY」と両A面扱いのシングルが初出だった。ほんの日常的な光景とちっぽけな思いが一気に宇宙的なスケールにまで拡大する歌詞と曲調が、突飛な感じを与えないばかりか感動的ですらあるのは、やはりSalyuのスケール大きな歌唱力ゆえで、逆に言えばSalyuが歌うからこそこういう歌詞・曲調にできたのかもしれない。それだけに誰が歌うにしろとてつもなくハードルが高くなりそうではあるが、Salyuから指名された坂本美雨は、終始落ち着いた歌唱とシンプルなアレンジで、吸い込まれそうな幻想的で美しいインナースペースを見せてくれる。Salyuが押しの迫力なら坂本は引きの美学とでも言おうか。自身の強みと個性で楽曲の新しい魅力を見事に引き出した。
09. to U from NHK BSプレミアム「玉置浩二ショー」2016.12.25 / 玉置浩二×Salyu
[作詞:櫻井和寿 / 作曲:小林武史]
[オリジナル:Bank Band with Salyu シングル「to U」(2006年7月19日発売) / Bank Bandアルバム「沿志奏逢2」(2008年1月16日発売)]
小林武史と櫻井和寿を中心としたバンド・Bank Bandの1stシングル。Salyuが客演という形で参加し、Bank Band with Salyu名義となっている。歌は櫻井とSalyuのデュエットだ。
本作収録バージョンでは、櫻井の代わりに玉置浩二がSalyuとともにデュエットを披露している。サブタイトルにある通り、2016年12月25日にNHK-BSの番組「玉置浩二ショー」で共演した際のバージョンだ。当然ながら櫻井と玉置では持ち味がまったく異なり、包み込むような優しさと包容力が玉置らしく、若いSalyuが引き立つようなバージョンになっている。生ギターのみのバックもシンプルで、より味わい深い大人の歌唱だ。歌唱力No.1の呼び声もある2人の共演も、そんなギラギラした生臭いものは一切感じられないのがいい。
※編集部注:「to U」は、桜井和寿が本名の「櫻井和寿」名義で作詞した楽曲。
ここからはSalyu自身による再解釈である。小林武史とともに、シンプルなピアノ中心のバンドサウンドで、緻密に作り込むというよりは、おそらくは一発録りに近い形で録音されたようだ。2010年代以降の比較的最近の楽曲が取り上げられている。
01. LIFE(ライフ) / Salyu
[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:14thシングル「LIFE(ライフ)」(2010年8月25日発売) / 4thアルバム「photogenic」(2012年2月15日発売)]
オリジナルは派手なアレンジをバックに、解き放たれたようにのびのびと気持ちよさそうに歌うSalyuのボーカルが印象的なアップテンポのナンバーだったが、Salyu自身によるリメイクはテンポを落とし、シンプルでこじんまりしたバンドサウンドで、ボーカルもパワー全開というよりは8分ぐらいの力でゆったり歌っている。原曲が持つ爽快感や疾走感ではなく、14年の歳月を経ての経験の積み重ねや心境の変化を反映したような解釈になっていて、ポジティブな歌詞も少し違って聞こえる。
02. 青空 / Salyu
[作詞・作曲:桜井和寿 / 編曲:小林武史]
[オリジナル:15thシングル「青空 / magic」(2011年7月13日発売) / 4thアルバム「photogenic」(2012年2月15日発売)]
本作収録曲で唯一、小林武史以外の作曲である。4年越しで桜井和寿の楽曲を望み、ようやく実現したもの。salyu×salyu名義で小山田圭吾とのコラボレーションアルバムを発表した直後の楽曲で、小山田や小林との作風の違いを意識し、それまでとは違う歌い方にも挑戦したという。「あなたが好き あなたが」というフレーズの歌唱はまさにSalyuならではの気持ちよさで、この曲の聴きどころでもあった。
そしてSalyu自身によるリメイクは、「LIFE(ライフ)」同様にシンプルなピアノ中心のバンドで、噛みしめるよう丁寧に歌っている。13年前には「歌に感情を込めるより、どういう感情に聞こえるかが大事」と語っていたSalyuだが、この曲に関しては個人的な感情や思いがこもっているように聞こえるのは気のせいか。「そういうふうに歌っている、というだけ」と言われてしまうかもしれないが。
03. 有刺鉄線 / Salyu
[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:5thアルバム「Android & Human Being」(2015年4月22日発売)]
サウンド面での緻密な作り込みと隅々まで計算され目の行き届いたプロデュースワークで小林のソロアルバムとしての色も濃かった「Android & Human Being」収録曲ゆえ、このシンプルな音作りはかなり新鮮だ。社会的かつ内面的な広がりを持った歌詞のメッセージ性にも特徴があり、経験を積んだ今ならもっと深く解釈できるというSalyuの自信もあったのだろう。オリジナルバージョンよりもさらに“Salyuの歌”としての純度が高まった感がある。
04. 旅人 / Salyu
[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:4thアルバム「photogenic」(2012年2月15日発売)]
シングルカットはされていないが、ライブ映像がMVとして公開されるなど、Salyuの中でも重要な位置を占める曲と推測される。
痛みや喪失や暗闇を知るからこそのひと筋の希望の光が未来につながることを願う、それがきれい事に聞こえたとしても。12年前も、今も、そしてこれから先も通用するメッセージソング。新たな解釈を提示するというよりも、この「曲を歌い続けていく」という決意を改めて示したかったのかもしれない。アルバム最後にふさわしい美しく力強いバージョンだ。
全22曲を聴き終わり、「Android & Human Being」以来リリースされていないオリジナルアルバムへの期待が高まった。2025年がSalyuにとって新たな飛躍の年になることを願う。
プロフィール
Salyu(サリュ)
2001年公開の映画「リリィ・シュシュのすべて」に、Lily Chou-Chou名義で楽曲を提供。2004年6月に小林武史プロデュースのシングル「VALON-1」で、Salyuとしてデビューを果たす。2006年7月にBank Band with Salyuとして、櫻井和寿(Mr.Children)とのデュエットソング「to U」を発表。2009年2月にはベストアルバム「Merkmal」を携え、初の東京・日本武道館公演「Salyu Tour 2009 Merkmal」を開催した。また、2011年からは新プロジェクト「salyu×salyu」としての活動を開始し、Cornelius=小山田圭吾との共同プロデュース作品「s(o)un(d)beams」を完成させた。2017年より宮沢賢治の諸作品をベースに、人類学者・中沢新一が脚本を書き下ろした音楽劇「四次元の賢治」に出演。2018年7月には再びBank Band with Salyuとして「MESSAGE -メッセージ-」をリリースした。2023年にSalyu × haruka nakamura名義でテレビアニメ「TRIGUN STAMPEDE」にエンディング主題歌「星のクズ α」を提供。2024年6月にはデビュー20周年を迎え、これを記念したトリビュートアルバム「Salyu 20th Anniversary Tribute Album "grafting"」が12月に発表された。