Salyu特集|全曲レビューで紐解く、デビュー20周年トリビュート盤 (2/3)

05. Dramatic Irony / 山内総一郎(フジファブリック)

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:1stアルバム「landmark」(2005年6月15日発売)]

山内総一郎(フジファブリック)

痛みと悲しみで引き裂かれ赤い血が流れ朽ち果ててしまいそうな心。でもいつかそんな記憶も薄れ、耐えがたいと思えた痛みも感じなくなる日が来る。それはあきらめなのか希望なのか。Salyuのオリジナルはどこかそんな皮肉な運命を悟ったような歌にも思えたが、カバーした山内総一郎は“希望”にベットしたようだ。ストレートで余計なものを加えない無色透明なアレンジと、山内のクセのない柔らかく優しい歌声に、この曲を委ねたSalyuの意思を感じる。

06. 風に乗る船 / MONGOL800

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:5thシングル「風に乗る船」(2005年10月26日発売) / 2ndアルバム「TERMINAL」(2007年1月17日発売)]

MONGOL800

オリジナルバージョンは、つらく厳しい別れも喪失も悲しみも、いつか乗り越えていけるという希望と生命力の強さをSalyuの力強く伸びやかなボーカルで完璧に表現していた。カバーはMONGOL800というあまりに意外すぎる(?)人選だが、スカアレンジでおおらかに歌われるカバーバージョンはパワフルだが微妙なペーソスにあふれていて、このまま彼らのライブレパートリーになれば大合唱で盛り上がりそう。歌詞のアクセントとなる部分でダブワイズされたレゲエリズムになるのが気が利いている。

07. landmark  / 安藤裕子

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:1stアルバム「landmark」(2005年6月15日発売)]

安藤裕子

オリジナルは、晴れのデビューアルバムのオープニングを飾る曲とは思えないほどダークでヘビーで内省的な曲である。痛みと後悔と葛藤と混乱の果て、landmarkは自分の中にあったと悟る。その複雑に屈折し内向した心をデビューしたばかりのSalyuは懸命に表現している。

そして今、安藤裕子はその混乱と葛藤と痛みの果ての狂気を、恐ろしいほどの深度と強度で表現している。解釈の深さ、表現の強さ、ヒリヒリとした緊張感が貫くテンションの高さ、どれを取ってもとんでもないレベルのカバーである。その世界は、もしかしたら作者の小林武史が意図したものよりも深くて強くて恐ろしいかもしれない。

08. アイニユケル / 木村充揮

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:17thシングル「アイニユケル / ライン」(2014年2月26日発売) / 5thアルバム「Android & Human Being」(2015年4月22日発売)]

木村充揮

希望の歌である。前曲の緊張感あふれる「landmark」からがらりと雰囲気が変わる、この流れをもちろん制作者は十分に意識しているはず。憂歌団のボーカリストであり、味わい深いダミ声の持ち主として知られる木村充揮とSalyuのつながりがどこにあるのか寡聞にして知らないが、この声と歌があるだけで、ほかの誰にも真似できない、確たる世界が生まれる。まだ30代だったSalyuが歌った歌詞が、古希を迎えた木村に歌われることで、その意味や背景が劇的に変わるのだ。若さは希望だが、希望は若さだけの特権ではない。前曲に続き、歌い手によって楽曲の世界観が大きく、豊かに広がった好例だろう。

09. プラットホーム / 中納良恵

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:8thシングル「プラットホーム」(2006年11月1日発売) / 2ndアルバム「TERMINAL」(2007年1月17日発売)]

中納良恵

映画「地下鉄(メトロ)に乗って」の主題歌で、映画のストーリーを意識した歌詞になっている。1年前は「ランドマーク壊れて 遊びにいけなくなった 2人が出会えるはずの場所が 書かれている地図はない」(1stアルバム収録曲「Dramatic Irony」)と書いた小林武史が「二人のプラットホームは どんな場所にでも現れる」と書く。その変化は興味深い。卓抜した歌唱力がさらに研ぎ澄まされ、深い表現力も身に付けた最強のボーカリストに成長したSalyuが、その変わりゆく世界を完璧に、そして感動的に表現している。「歌い続ければ 隔てられた世界にも 二人のプラットホームは現れる」とは、音楽の力を信じることにほかならない。

楽曲の作りも歌詞も歌唱も正攻法で、ある意味ストレートな楽曲だけに、カバーした中納良恵はちょっとひねった変化球で勝負したようだ。ポストロック~エレクトロニカや最近のR&Bにも通じる最新の意匠で、Salyuバージョンとは異なる味を出している。小林武史という作家と、楽曲と、Salyuという歌手がこれ以上なくがっちり噛み合った名曲だけにかなり苦労したであろうことは、中納のコメントからもなんとなく察することができる。その甲斐あって、原曲の重い情念を濾過して純化したような洒落たカバーに仕上がった。

【DISC 2】

01. VALON-1 / Chara

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:1stシングル「VALON-1」(2004年6月30日発売) / 1stアルバム「landmark」(2005年6月15日発売)]

Chara

Salyu名義での1stシングル。同年4月にRIP SLYMEのILMARIとともにIlmari×Salyuとして発表したシングル「VALON」のソロバージョンである。デビュー前から歌われ続け、今なおファンに愛される名曲であり、Salyuの原点とも言える世界観が表された曲である。本人にとってもとりわけ大事な曲のはずだが、その曲を託されたのはChara。Salyu側からのピンポイントでの楽曲指定だったという。そしてCharaがサウンドプロデューサーとして抜擢したのが、なんと今最重要・最注目若手アーティストの1人である君島大空だというから驚きだ。

いい意味で小林武史×Salyuのタッグを意識しないで作られたようで、君島らしい星屑が降り注ぐような美しく幻想的で広がりのあるサウンドスケープと、まさにChara節と言える自由奔放なボーカルが合体して、唯一無二の世界を作っている。Charaのオリジナルにしか聞こえない強烈な個性。

02. 彗星 / 槇原敬之

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:4thシングル「彗星」(2005年5月11日発売) / 1stアルバム「landmark」(2005年6月15日発売)]

槇原敬之

別れの歌だが、穏やかなメロディとオーガニックな演奏で、当時のSalyuにしては温かみのあるポジティブな楽曲だ。託されたのは槇原敬之だが、歌が始まった瞬間、槇原のオリジナル曲にしか聞こえなくなった(笑)。恐るべき記名性の強さだ。誰が聴いても、どんな曲を歌ってもすべてを自分色に染めてしまう圧倒的な声の力。Salyuも小林武史も関係ない。アレンジまで含めて、この希代のアーティストの底力を、骨の髄まで堪能した。きっとオファーしたSalyuも手を叩いて喜んでいるに違いない。

03. Pop / 小林武史

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:1stアルバム「landmark」(2005年6月15日発売)]

小林武史

1stアルバム「landmark」の最後に収められた曲。作詞作曲はもちろん小林武史だが、カバーするのも小林という構図である。単なるカバーというよりはリメイクとも言えるし、ほかの歌手に提供した楽曲を作曲者自身が歌うセルフカバーでもある。ボコーダーボイスが小林の言う「SF的イメージ」を盛り上げる。私自身はSFというよりはアメリカのロードムービー的なイメージを持っていた。

アルバム「landmark」は、混乱と葛藤と痛みの果ての狂気を描いたタイトル曲に始まり、“いつからか愛と勇気を探す旅になった世界”を描く「Pop」で終わる。孤独の中「灯台のように 照らしてる pop」こそが希望だと書いた小林は、やはり音楽の力を信じているのだろう。それが小林の本質なのだとSalyuは知っていて、あえてこの曲を作者自身に託した……のかもしれない。

04. グライド / アイナ・ジ・エンド

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:Lily Chou-Chou シングル「グライド」(2000年4月19日発売) / アルバム「呼吸」(2001年10月17日発売)]

アイナ・ジ・エンド

これもLily Chou-Chou時代の楽曲。原曲は小林の中期The Beatles~ジョン・レノン愛が爆発したサイケデリックなサウンドと、Salyuの故意に抑揚を抑えたようなボーカルが特徴的だが、アイナ・ジ・エンドのバージョンは、アレンジがシンプルになったほかは比較的原曲に忠実な仕上がりである。「メロディみたいになりたい、シンプルなサウンドみたいになりたい」というキュートな歌詞がより引き立つ出来映えだ。

05. 飽和 / 七尾旅人

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:Lily Chou-Chou シングル「グライド」(2000年4月19日発売) / アルバム「呼吸」(2001年10月17日発売)]

七尾旅人

オリジナルはLily Chou-Chouのシングル「グライド」のカップリングとして発表された。七尾旅人とSalyuがデビュー前から意識し合う仲だったとは意外でもあるし、納得できるような気もする。このSalyu史上最も寂寥感あふれる美しく悲しいシンプルな曲を、七尾はほぼ弾き語りに近い形で歌う。楽曲の世界観をより徹底させたようでもあるが、悲しみや寂しさというより、1人であることを受け入れ楽しんでいるような気配もある。これまた、七尾のソロアルバムに入っていてもおかしくないほど、七尾色に染まった仕上がりだ。今度は七尾の曲をSalyuが歌ってみてはどうだろうか。