斉藤朱夏|“壁”の向こう側の光を目指して

斉藤朱夏が2ndシングル「セカイノハテ」を2月10日にリリースした。

このシングルではデビュー作から斉藤の作品をプロデュースしてきたハヤシケイ(LIVE LAB.)が、カップリングを含めて全曲の作詞作曲を担当。これまでずっと“言葉”を大切にしてアーティスト活動を行ってきた斉藤らしい、メッセージ性のある1枚となっている。表題曲はテレビアニメ「バック・アロウ」のエンディングテーマ。“壁”をテーマにしたアニメの物語に寄り添いながら、リスナーを連れて目の前の壁を越えていくような強い意志が歌われている。

音楽ナタリーでは斉藤にインタビューを行い、彼女の思いがどのように楽曲に反映されているのか話を聞いた。

取材・文 / 中川麻梨花

私自身、すごく背中を押された

──2ndシングルにはカップリングを含めて3曲が収録されています。言葉に力のあるメッセージ性の強い楽曲が出そろいました。

そうですね。去年はコロナ禍ということもあって、より言葉というものに対して繊細になって、考えることも多くて。だからストレートに言葉を届けるような楽曲が多くなったのかなと思います。

「バック・アロウ」キービジュアル

──表題曲の「セカイノハテ」はテレビアニメ「バック・アロウ」のエンディングテーマです。作詞作曲を手がけているハヤシケイ(LIVE LAB.)さんが、同じくロボットアニメの「コードギアス 反逆のルルーシュ」と「天元突破グレンラガン」をお好きということで。紙資料に掲載されているケイさんのライナーノーツ、すごい熱量ですね。

ケイさんの思い、熱いです! 「バック・アロウ」はキャラクター1人ひとりが物語の中でしっかりと生きていて、制作している方々の愛を感じる作品なんです。私もエンディングテーマを歌う者として、観ている方々を最後までこの物語にどう引き込んでいくかというところを考えていきました。

──とてものびやかで、大きなパワーを感じるような楽曲ですね。アニメのエンディングテーマといえばしっとりした楽曲も多いですが、斉藤さんらしい彩り方だと思いました。

「バック・アロウ」の世界観に寄り添いながら、不思議と自分自身の気持ちとリンクしているような楽曲になりました。デビュー当時からずっと一緒に走ってきたケイさんが作ったからこそ、こういった形になっているんじゃないのかなと思います。

──「バック・アロウ」は壁に囲まれた世界を舞台に、主人公のバック・アロウが壁の外を目指す物語です。「セカイノハテ」も“壁を超えていく”というのがテーマになっていますね。

私たちが生きていく中で、やっぱり“壁”って絶対にあるものだなと思っていて。私自身も壁にぶつかってなかなか乗り越えることができなかったり、やっと乗り越えたと思ったらその先にまた壁があったり。切り拓いても切り拓いても常に目の前に壁があって、これをどうやって壊していけばいいのかなって考えたとき、今までは怖くなってしまっていたんですよ。特に去年はコロナ禍ですごく落ち込んで、つまずいて、悔しくて……なんかもう無理かもしれないなって思うこともあったんですけど、そんなときにこの「セカイノハテ」をいただいたんです。私自身、この楽曲にすごく背中を押してもらえて。壁ってずっと続いていくものだけど、必死に壊しながら日々を楽しんでいかないとダメだなと思いました。勇気をもらいましたね。

悔しさをバネにして越えてきた壁

──斉藤さんは幼い頃から“ステージに立つ人”を目指してたくさんのオーディションを受けて、そして声優養成所に通っていない状態でAqoursのメンバーとして活動し始めました。「セカイノハテ」を歌うにあたって、自分自身が今まで走ってきた道や、乗り越えてきた壁について改めて考えることはありましたか?

ありました。特に最近は昔のことを考えることが多くて。最近、オーディション番組を観る機会があったんです。オーディションでがんばっている方々を見ていると、「私もこういうことあったな」って昔の自分と重なるんですよね。年を重ねるにつれて物事の対処方法がわかってくるけど、10代のときはそれがわからなかった。番組を観ていると、そのがむしゃらな姿がすごく美しくて。何回壁にぶち当たっても、目の前の壁を壊したくて一生懸命走る。私はまっすぐにしか走れなくて、とにかく寄り道なんかできないタイプだったので……いろんなことを思い出しました。

──傍から見ていると、斉藤さんは昔だけではなくて、今も変わらずそのパワーを加速させて道を駆け抜けていってる感じはしますけどね。

あはは(笑)。友達とかにも「いいよね、朱夏は」ってたまに言われるんですよね。

──斉藤さんが根っからの強い人ではないということはこれまでの楽曲やお話からもうかがえるんですが、壁にぶつかったときにも落ち込んでも、そこから壁を超えていくエネルギーがものすごく大きい人だという印象があるんです。だからこの曲の「転んでも大丈夫 深くしゃがんだら高く跳ぶよ」というフレーズに斉藤さんの姿がすごく重なって。

私って生きていて「悔しい」という気持ちがとても強く出るタイプなんです。何かができなかったら悔しい。私よりも先に友人が夢に向かって進んでいったら悔しい。じゃあ私はどうすればいいんだろうって。全部悔しくなるんです。

──その悔しいという気持ちをバネにして壁を乗り越えてきたんですね。

そうかもしれないです。むしろ自分から壁を作り上げていくときもたくさんあって。頑固な性格なので、「自分はここまでできる!」という目標がすごく高いんだと思います。

──それは昔からですか?

そうですね。幼いときからオーディションをたくさん受けてきて、その中で自分よりもうまい人を見ていると、やっぱり陰でちゃんと努力しているし、すごくストイックなんです。自分のこれからの目標をちゃんと立てていて、そういう姿に刺激を受けたところはあると思います。あとは私自身、ダンススクールで先生に選抜メンバーに選んでいただいたので、その期待にどれだけ応えられるか……いや、期待値を超えないとダメだと思っていました。今仕事をしていてもずっとそうですね。お仕事はいただいたぶんだけやるんじゃなくて、+αやらないといけない。「またこの人と一緒に仕事をしたいな」と思ってもらえるような人間になろうって、常日頃から思っています。だからそうやってどんどん自分で自分にプレッシャーをかけていっているというか(笑)。

──そういうスタイルで生きていて、高い壁を越えてきた斉藤さんが歌うからこそ、この曲はたくさんの人の心に響くと思います。

ありがとうございます。私自身は正直とても弱くて、まだまだ何もできないし、自分に対してマイナスなことばかり思ってるんです。でも「ああなりたい」「こうしていきたい」という思いが強いから、ケイさんに渡す歌詞のプロットを書いていても、「この気持ちを伝えたい」というだけじゃなくて、自分自身が言われたい言葉を書いていることも多いんですよね。人の背中を押したいというのがもちろん前提にあるけど、自分自身の背中を押したいという気持ちも大きいんです。

みんなには私がいるから

──アーティストデビューから1年半経って改めて思うのは、斉藤さんの楽曲っていつもご自身の人間性と歌詞がリンクしていますよね。斉藤さんの強さも弱さも反映されていて。

それはケイさんが私のことをよく見てくれているからだと思います。些細な世間話の中で私が言った言葉が歌詞に入っていることもあるので。ケイさんには包み隠さず嫌だったことは嫌だって言うし、いろんなことを話しているから、私の人間性がどんどんあふれ出て楽曲に反映されているのかなって。

──そのケイさんとのやりとりも、斉藤さんならではのスタイルだなと思っていて。例えば、リリースごとに新しい人に作詞と作曲をお願いするアーティストさんも多くいらっしゃいます。でも斉藤さんはデビューミニアルバムからずっとケイさんと二人三脚でやってきて、クリエイターと深くコミュニケーションを取りながら、感情をさらけ出している。それは人とのより深いつながりを求めて、そして言葉というものを特に大切にしている斉藤さんだからこそできる音楽の作り方なのかなと。

斉藤朱夏

そうなんですかね。人との出会い、つながりを1つひとつ大切にしていこうとはいつも思っています。もしかしたら今日初めて会って、今後1回も会わない人もいるかもしれないけど、全部の出会いを大事にしたい。特にコロナ禍の2020年はそういうことをより考えさせられました。あと、私の現場は絶対にハッピーに終わらせようというのが常に目標!(笑) 張り詰めた空気感が苦手だから、いつも「場を盛り上げないと!」っていう気持ちになるんですよね。みんなが「今日楽しかったな」って幸せな気持ちで帰ってくれたらうれしい。だから、自分の現場ではそういう空気感を大切にしています。そういう感じで、今回のシングルもケイさんとじっくり話し合ったうえで丁寧にレコーディングしていきました。

──具体的にはどういう話をしてレコーディングに臨んだんですか?

「セカイノハテ」はとにかくリラックスしていこうって(笑)。「バック・アロウ」のエンディングテーマということもあって、私がちょっと緊張していたんです。この楽曲はみんなを包み込むように優しく歌っていこうというテーマがあって。

──目の前の壁に対する怖さをやわらげてくれるような、包容力のある曲に仕上がっていると思います。

壁にぶつかったときって、「1人でこの壁をどうやって壊したらいいんだろう」って悩んじゃうこともあると思うんです。でもこの曲を聴いてくれたみんなには私がいるから、私と一緒に壁を乗り越えてくれたらいいなって。みんなのちょっとしたさみしさや孤独を取り除けたらいいなと思っています。みんな1人じゃないし、顔を上げたら、意外と周りにはたくさん人がいたりするんですよね。それに気付けないことってたくさんあるし、私もそうです。だからこの楽曲を通して、そういうことに気付いてくれたらうれしいです。