ReoNA|「月姫」に寄り添う孤独や絶望

俺は全力で走るから、ReoNaも全力でついてきて

──ここからは「月姫 -A piece of blue glass moon- THEME SONG E.P.」について伺います。今作では収録曲4曲すべての作詞・作曲・編曲を、ReoNaさんと同じくLIVE LAB.所属の毛蟹さんが手がけていますね。

ReoNa

そうなんです。さかのぼると、まず「月姫」という作品がもともと約20年前に発売されたゲームで。毛蟹さんはそのオリジナル版の「月姫」と、それを制作したTYPE-MOONの大ファンでもあって、作品に対して深い深い理解と愛情があるんです。そんな毛蟹さんが数年前、今回のリメイク版「月姫」のテーマソングとして4曲のデモを提出したところ、なんと4曲とも採用されたという経緯があって。その中で「Lost」という楽曲は、実は10年以上前、毛蟹さんがTYPE-MOONの世界観に傾倒していた時期に作ったそうなんです。

──誰に頼まれたわけでもなく、いちTYPE-MOONファンとして制作した曲ということですか?

まさに。そんな楽曲が月日を経て、今回は新たに英詞で収録されていて。なので毛蟹さんの物語もすごく詰まっている楽曲ですね。

──「Lost」だけほかの曲とやや毛色が違うというか、インディロック的なノリを感じたのですが、作られた時期が違うんですね。

たぶん、当時の毛蟹さんの音楽性がそういう方向性だったんじゃないかと思います。この「Lost」を含め、4曲とも毛蟹さんの「月姫」愛が込められていて、私の感覚としては「俺は全力で走るから、ReoNaも全力でついてきて」みたいな。一方で、私はデビュー前の17、18歳のときから毛蟹さんとご一緒しているので、毛蟹さんもReoNaがどういうお歌をお届けしたいか、どういう世界を描きたいかを熟知してくださっていて。なので、「月姫」という作品に漂う孤独感や絶望感というものを、ReoNaの楽曲にしっかりと重ね合わせてくださってもいるんです。

夜空を見上げたら絶対にそこにいる

──1曲目の「生命線」は、手のひらの生命線を「ナイフでなぞって 伸ばしてしまえたら」という歌詞が痛々しいというか、今おっしゃった絶望感が表れていますね。

生への渇望とともに、「命の線」である生命線を「ナイフ」という死を象徴するようなものでなぞりたいと思ってしまう切実さが滲んでいる歌詞です。ただ、歌詞にある「命の線」というのは、作品の中に出てくる「死の線」と重ねられてもいて、実は二重の意味があるんです。

──へえ。

タイトルから真っ先に手のひらの生命線を思い浮かべてくださる方も多いと思うんですけど、作品を知ったうえだと、この「生命線」と「ナイフでなぞって」という言葉はまったく別の意味を持ち始めるんです。そういう楽曲になったのは毛蟹さんの「月姫」への深い理解があったからですし、私自身も制作していく中で物語に触れて、言葉の意味やそこに重ねられた思いというものがどんどん解きほどかれていくような感覚があって。なので、ゲームより先に楽曲に出会ってくださった方にはぜひゲームもプレイしていただきたいですし、ゲームをプレイしたら楽曲の見え方がどういうふうに変わるんだろうと、今すごく楽しみになってきました。

──「生命線」はアップテンポなロックナンバーで、1コーラス目はBメロでタメを作って四つ打ちのサビで加速するという爽快感がありますが、2コーラス目ではAメロに相当するパートも引き伸ばしに引き伸ばして……。

深い沈み込み感があるというか、聴き手を引き込んで引き込んで、すごく静かな世界も暗い世界も描いて、最後にサビで一気に駆け抜けるみたいな。

──そのパートの歌詞も「文学的で 退廃的で 現実的で 空想的で」と、「○○的」というワードを延々と重ねていて。

そこは、例えば「『文学的』って、声でどう表現したらいいんだろう?」とか、それぞれの「○○的」にどういう声を乗せればいいのか悩んだんです。そういう意味では、どこまで言葉の意味に自分の声を添わせられるか挑戦させてもらった楽曲でもあって。その点はぜひ注目していただきたいです。

──このEPは「月姫」のテーマソング集であり、4曲目の「Believer」を除く3曲には具体的に「月」もしくは「moon」というワードも出てきます。ReoNaさんにとって、“月”は何か特別なモチーフだったりします?

自分以外の人がどれくらい月を見上げるかわからないんですけど、私は小さい頃から月を見ていることが多い人間だったなと思っていて。「どこまで逃げたら月から隠れられるんだろう?」と考えたり。

──あ、僕も子供の頃そういうことを考えました。

夜空を見上げたら絶対にそこにいるというのが、子供ながらに安心するような、でもちょっと怖いような。太陽と違って直視できるので、満ち欠けや大きさの変化も日常的なものとしてありましたし、私自身、夜の静かな時間に起きていることがすごく多くて。特に小さい頃って、夜更かしは悪いことでしたよね。だから、暗い夜道を歩くことへの背徳感だったりワクワク感だったりがきっと私の中に残っているし、そこに必ずいる月というものへも親近感を覚えるんじゃないかなって。実際、「月姫」というタイトルを初めて見たときに「ああ、たぶん私、好きだろうな」と思いました。

ReoNa

「月姫」に人生を変えられた人は少なくない

──先ほど言ったように2曲目の「ジュブナイル」にも「月」が出てきますが、ここでは「歪なままひび割れている この世界で一つ輝く 綺麗な月」と、ある種の救いのように描かれていますね。

そうですね。特に東京だと、星のない夜空に1つだけ浮かんでいる月というのは、暗闇の中の一筋の光というか、すがり付ける最後のものみたいな印象が私の中にもあって。作品に則しても、変わらずそこにい続ける月へのすがるような思いがこもった楽曲です。

──“ジュブナイル”という言葉はヤングアダルト小説、あるいは少年期そのものを指しますが、ReoNaさんはこのタイトルをどのように解釈されました?

もしかしたら毛蟹さんは別の意味を重ねているかもしれないけれど、私としてはジュブナイルを少年期と捉えていて。今回、「月姫」という作品が20年の時を経て生まれ変わったわけですけど、オリジナル版はいろんな人たちのジュブナイルを彩った作品でもあると思っているんです。そういう心が柔らかい時期に出会ったものって、その後の人生の幅を広げてくれるものでもあるじゃないですか。物語の主人公にしても、心が柔らかい少年期の出会いによって人生が変わっていったりするので、ちょっとメタな視点を「ジュブナイル」に重ねていますね。

ReoNa

──歌詞の中でも「それはまるで神話のような 色、形のジュブナイル」と神聖視されているというか。

少年期の思い出や懐かしさというのは私の中でも愛おしくて優しいものですし、本当に「月姫」という作品に人生を変えられた人は少なくないんだろうなと私も感じたんです。吸血鬼が出てきたり主人公に「死の線」が見えたり、いわゆる中二病的な設定もあるんですけど、そんな主人公だからこそ世界の脆さに気付いてもいて。キャラクターだけに見えている世界がきっとあっただろうなとか、そんな世界に自分も足を踏み入れてみたいと思ってしまいます。しかもその世界は、異世界とか中世ヨーロッパとかではなく、ここにある日常の街並みの中にあるので、もしかしたら自分もその世界と紙一重のところにいるかもしれないみたいな。

──「ジュブナイル」は、楽曲としてはエモーショナルかつドラマチックなロックナンバーですね。

4曲の中でもちょっとゴシックっぽい要素があったり、ほの暗さみたいなものがすごく詰まったサウンドになっています。レコーディングでは、最初は重たい音の中に1つ声が明るく浮き立っているような歌い方をしていたんですけど、歌っていくうちに、特にAメロとかは歌詞の言葉に、音に寄り添うようになって、自分の声の温度がどんどん下がっていったんです。だからこそ、サビの「それはまるで神話のような 色、形のジュブナイル」でハッと声が立って聞こえていたらいいなと思います。


2021年9月2日更新