小西康陽|ピチカート・ファイヴの20世紀

盛り場の有線で聴くと盛り上がる“歌謡曲”「東京は夜の七時」

──小西さん自身が特別思い入れの強い曲、ご自身にとっての節目となった曲、あるいは純粋に気に入っている曲を挙げるとしたら?

そうだなあ、どれもそうですけど……「万事快調」と、今回は入っていない「トゥイギー・トゥイギー」(アルバム「女性上位時代」収録曲。野宮真貴が1981年に発表したソロデビューアルバム「ピンクの心」収録曲のカバーで、作詞作曲は佐藤奈々子)の2曲は、特に野宮さんが加入したピチカート・ファイヴを模索する中で「これだ」と感じた曲でしたね。あと「スウィート・ソウル・レヴュー」は野宮さんの歌のスタイルが確立された曲だったと思うし……「東京は夜の七時」は正直、自分ではなんでそんなにカバーされるのかわかんないんです。「すごくよくできた曲を作っちゃったんだな」というのはここ何年かで思いましたけど。盛り場の有線とかで聴くとすごくインパクトあるんですよね(笑)。

──でもそれこそまさに歌謡曲ってことですよね。

そうそう、そういうこと。同じ時期に作ったもう1つのバージョンとか、あるいは野本かりあさんのバージョン(2006年6月発売。小西自身のプロデュースによるカバー)のほうが好きだったんですけど。

──どちらもハウス、クラブミュージックの要素がより強いアレンジですね。

でもね、オリジナルのシングルバージョンのほうが、盛り場で聴くといいんですよ。90年代後半の曲だと「ウィークエンド」は、まだまだもうちょっとやれるかなと思いましたね。

──「ウィークエンド」は個人的に大好きな曲で何度も聴きましたけど、今の耳で改めて聴き返すと「こんなに音数の少ない曲だったっけ?」という驚きがあります。すごく派手でにぎやかな印象だけど、音数自体はすごく少ない。「ウィークエンド」に限らず、今作を通して聴いた一番の気付きがそこですね。

ピチカート・ファイヴの、というか僕の音楽ってものすごくシンプルなんですよ。以前、ももいろクローバーZのメガミックスを依頼されたんだけど(2012年12月発売のシングル「僕等のセンチュリー」に収録された「ももクロ・特盛り」および「ももクロ・メガ盛り」。参照:ももクロXmas限定CDにROLLY、高橋久美子、小西康陽参加)、マルチトラックが届いたときは「えっ、こんなに音があるの?」と驚きました(笑)。うーん、どれも思い入れの強い曲だけど……やっぱり個人的には、「悲しい歌」や「子供たちの子供たちの子供たちへ」は完全に自分のプライベートな出来事を歌にした曲だから、自分にとっては節目の曲だと言えるかもしれない。こう言うとあれですけど……心の底から湧き出るように作った曲もあれば、ただ依頼されて作った曲もあって(笑)。でもどれも自分なんだよなあ。

「東京は夜の七時」はピチカート・ファイヴの代表曲なのか

──先ほど「東京は夜の七時」について「なんでそんなにカバーされるのかわかんない」とおっしゃってましたけど、2016年にはリオデジャネイロパラリンピックの閉会式でセレモニーのための楽曲としてカバーされ、世界から注目を集めました(参照:椎名林檎、MIKIKOら演出「リオパラリンピック」東京プレゼン映像配信)。

はい。

──最近ではTWEEDEESが独自の解釈による斬新なカバーを発表しました(2018年10月発売のアルバム「DELICIOUS.」収録曲「Medley: 東京は夜の七時~21世紀の子供達」。参照:TWEEDEES「DELICIOUS.」インタビュー)。

TWEEDEESのカバーが届いたとき、ちょうど僕も野宮さんと少林兄弟で「東京は夜の七時」のセルフカバーを作ったばかりだったんですよ(参照:野宮真貴“渋谷系”ベストに「東京は夜の七時」小西康陽プロデュース新録版)。自分でも気に入ったものができて、クラブでもかけまくっていたんですけど、TWEEDEESはすごくクールな、愛のないカバーだと思いました(笑)。それは悪いということじゃなくて、素材として解釈しているのが面白いなと。

──TWEEDEESの沖井礼二(B)さんはピチカートをリアルタイムで聴いて大きな刺激を受けた大ファンだと公言していますけど、清浦夏実(Vo)さんはまだ20代で、当時のことを知らないんですよね。清浦さんにとって「東京は夜の七時」の印象は「90年代のバブリーな東京を象徴するような曲」だったらしく、沖井さんは「いやいや、真逆なんだよ」とシリアスな解釈を今の感覚にアップデートするような形で再構築したという。

うん、面白いアプローチでしたよね。

──ほかにもバニラビーンズから初音ミクまでさまざまなカバーが存在していて、いつの間にかピチカートを代表する1曲になっていますけど、ファンの感覚としては“代表曲”という感じはしないんですよ。小西さんご自身としては、代表曲に“なっちゃった”という感覚ですか?

はい。ありがたいことですよ。例えば、笠置シヅ子さんと言えば「東京ブギウギ」のように、紋切り型な代表曲みたいなものがあるじゃないですか。そういうのって、ないよりはあったほうがいいよね。坂本九さんで言えば「上を向いて歩こう」とかさ。そう考えると、日本の音楽史、ロック史、ポップス史の中で、ピチカート・ファイヴの評価は自分の中ではわりと低いですね。

──その自己評価の低さというのは、いわゆる国民的ヒットソング、流行歌ではないから、ということですよね。

そうですね。健闘虚しく、みたいな(笑)。