タイアップでもそうでなくても
──加藤清史郎さんとのお話でもキーワードになっていた、「ReTake」に込められた「信じたい」という気持ちは、OSHIKIさんにとって創作の根本にあるものなのかなと、お話を聞いていて思いました。
ずっと大事にしていたというよりは、自分の中にうっすらと存在していたものだと思います。それが「ReTake」を作るうえで言語化されたのかなと。加藤さんとお話しした「他者を見ているとき、そこに映っているのは、自分なんじゃないか?」という考えは、前々から僕の中にあったものなんです。それと「信じたい」と願うことはすごく密接な関係にあるんだと、「君が死刑になる前に」が手引きになって気付きました。
──「人は、他者に自分を見ているんだ」という感覚自体とても特別なものだと思いますし、OSHIKIさんの楽曲作りに強く反映されている感覚なのでは?と思うんです。なぜそうしたことに敏感に気付くのだと思いますか?
きっとそれは、表現者になりたかったがゆえなのかな。誰かに伝えるという行為の延長線上に、曲を作ることだったり、絵を描くことだったり、創作がある。で、作品を作っていくと、「受け取った人にどういう感情を抱いてほしいのか?」と考えざるを得なくなると思うんです。最初は「自分を楽しませるため」の作品作りかもしれないけど、あるとき、ふと考えが変わって、伝えたいことが生まれたり、誰かに知ってほしい自分がそこにいたりする。そうなったときに、「どうしたって自分を尺度に受け手を測っているな」というところに行き着く。「結局、自分を見ているな」と気付くんですよね。
──「ReTake」はドラマのタイアップですけど、タイアップとそうでない場合では、曲の作りやすさは変わるものですか?
自分の曲を作るのもタイアップの曲を作るのも、どちらも好きです。どちらのほうが疲れる、みたいなこともないですね。普段は「自分が伝えたいことを探す」という作業をしている部分が、「タイアップ作品に込められた思いを紐解く」という作業に置き換わっているだけなので。メロディを付けたり、コードを付けたり、編曲をしたりという手順に変わりはないです。
──「自分が伝えたいことを探す」ことが「タイアップ作品に込められた思いを紐解く」という作業に置き換わるのは大変なことではないですか?
そんなことはないです。僕にとって曲作りは、何もない暗闇の中に光を見つけようとする行為ではなくて、光の当たる場所に旗を立てるような行為なんです。ゼロからイチでテーマを生み出すわけではなく、自分が生きてきてかすかでも確かに感じたことを形にする。それが僕のやっていることで。この先、暗闇に光を見つけるように曲作りをするとしたら、それは大きな心境の変化が起こったか、あるいは自分に嘘をつこうとしているか、どっちかじゃないかと思います。思ってもいないことを曲にするのは、光ってないものに対して「あれは光っている」と言い張るようなものですよね。そんなことをして曲作りをしていても、「何をしていたんだろう?」と後悔する可能性がある。今やらせてもらっているタイアップものは、ありがたいことに肌に合うんです。自分が考えていることに近い角度で光が差している気がする。
曖昧な心の揺れを細部で表現
──「君が死刑になる前に」の主題歌であることを踏まえ、「ReTake」はどんな曲調やサウンドがふさわしいと考えましたか?
歌詞では「信じる」「信じない」の天秤がどちらかに完全に傾いた状況を描きたくなくて。天秤が揺れ続けている状況を表現したかったし、それは編曲も同じでした。曲作りの期間が短かったというのもあるけど、頭の中で練り上げるより、思いついたフレーズをその場で弾いたり、打ち込んだりする作業が多かったですね。この曲はピアノが主役の曲なのか、ギターの曲なのか、ストリングスの曲なのか、聴き手によって感想は変わると思うんですけど。
──確かに。
それも、「信じる」「信じない」の間で揺れ動く感情を表現したかったから、あえてそういうアレンジにしています。ほかにもBメロでは、曖昧さを出すために電子のハイハットと生のハイハットが行き来する作りになっていて。電子と生を同時に鳴らすのはこれまでもよくやってきたし、AメロとBメロは電子で、サビだけ生みたいにセクションごとに変わる曲はよくあると思うけど、「ReTake」はBメロというセクションの中で、1拍だけ電子、1拍だけ生というパターンを繰り返す。ほかにも、Bメロはリズムが基本シャッフルでありながら、一部分だけイーブンに置き換わっていたり。そういう要素を入れていくことで、「信じる」「信じない」のどちらにも傾き切らない曖昧さにリンクできたんじゃないかと思いますね。
──そうした緻密な意匠と同時に強い存在感を放っているのが、OSHIKIさんの歌だと思います。ものすごく人間的で、強さも繊細さも備わった素晴らしい歌だと思いました。ボーカルという観点で言うと、OSHIKIさんの中で意識が変化していっている部分はありますか?
歌は、反復練習によっての技術の向上が絶対にあると思うんです。逆に、曲作りは反復練習によって成長するものではなく、自分の中の気付きを次の曲につなげる意志がないと変化は難しい。あと、これが悪いことだとはまったく思わないけど、今はエディットされる世の中で、近年世に配信される楽曲の多くは、すさまじいほどにリズムや音程がそろっているんですよね。だからこそ、“揺らぎ”を大事にしたかった。例えば、パソコンで打ち込まれた手紙の最後に、「またね」でも「愛してる」でも、差出人の筆跡で書かれている言葉があったら、目に留まりますよね。
──そうですね。
それによって、人間が書いたものなんだとわかる。僕はギターやドラム、ベースといった楽器で人間らしい手触りのある表現をやってきたけど、徐々に「歌でも可能なんじゃないか?」と思えるようになってきた。例えば、「ありがとう」というひと言を歌うにしても、元気ハツラツに歌うか、震えるように歌うかで、与える印象はだいぶ違うし、そこには確かに、「声にしかできない表現」というものがある。「ReTake」では、そういう部分を大事にして、自分だけの“筆跡”を残そうとしましたね。
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「やり直す」より「撮り直す」のほうが近い



