OSHIKIKEIGOと加藤清史郎が語る、ドラマ「君が死刑になる前に」の主題歌「ReTake」に見出す希望 (2/4)

演技は怖い、演技は楽しい

OSHIKI ドラマの現場では「はじめまして」の方もきっといるじゃないですか。

加藤 ほとんどの方がそうです。

OSHIKI でも、隼人役の鈴木仁さんや凛役の与田祐希さんと演技するうえでは「旧友である」という感覚を持ちながら接する。それが自分にはできない気がするんです。僕は昔、演技を含んでいる音楽のオーディションを見つけたことがあって。結局それは受けなかったんですけど、「ちょっと試しにやってみよう」と思って、誰も見ていないところで演技をしてみたことがあったんです。でも恥ずかしくて言葉が一切出てこないんですよ。

加藤 へえー!

OSHIKI そのときに、「演技って怖い!」と思いました。自分は自分でしかないし、僕は誰かのフリができない。でも、それができるというのは……すごいですよね。

加藤 もう25年くらい俳優をやっていますけど(笑)、OSHIKIさんのそういう感覚は僕にとっては新鮮なものばかりです。僕はむしろ、演技をするのが楽しいんですよ。「自分以外の人生を送れる」というのが、俳優をやることの醍醐味なんです。そこに身を投じることに対しての怖さは、もともとなかったのか、どこかに忘れてきたのか……わからないですけど。きっと音楽を作るにしても、実体験をベースにするのか、架空の話をもとにするのか、いろいろな選択肢がありますよね。

OSHIKI そうですね。

加藤 自分が見てきた世界のことを歌詞に書く人もいれば、自分が経験したことから派生してキャラを生み出す人もいるだろうし。OSHIKIさんは「君が死刑になる前に」の台本を読んで、どのような経緯があって「ReTake」を作ったんですか? この曲は「信じたい」というフレーズから始まるじゃないですか。「信じたい」と思うこと、あるいは、その対象を拝んだりする人間の感情……それってものすごく尊いものだと思うんです。

OSHIKI はい。

加藤 人が「信じたい」とか「信じる」と言うとき、その対象は不確定なものですよね。確定的なものに対しては信じるも何もないから。「信じる」という選択の1つひとつで、人間の生活は成り立っていると思うんです。このドラマも、死刑とか冤罪とかタイムスリップとかいろいろな要素があるけど、シンプルに言えば人と人とのつながりを深く感じる話だし、いろんな人がいろんなものを「信じたい」と思いながら動いていく。その気持ちが裏目に出てしまうこともあるけど、それでも「信じたい」と思う心が尊いし、琥太郎はそこに生まれる代償をまったく怖がらず、妥協せずに、人と向き合える。すごくいいやつなんですよね。

OSHIKI そうですよね、純粋だと思う。

OSHIKIKEIGO

OSHIKIKEIGO

「信じたい」と「信じる」には、大きな差がある

加藤 だからこそ「ReTake」の冒頭にある「信じたい」という言葉こそ、あの曲のすべてだと僕は思うんです。

OSHIKI 曲も人もそうですけど、ファーストインプレッションは大事ですよね。この曲では「信じる」でもなく、「信じない」でもなく、「信じたい」という言葉を使いたかったんです。

加藤 それはドラマの監督やプロデューサーと相談したうえで、ですか?

OSHIKI いや、そこは相談せず、ドラマのテーマと「琥太郎の気持ちを大切にしてほしい」という話を踏まえたうえで、自分で考えました。

加藤 すごい。まだ衣装合わせをする前、僕と監督とプロデューサーで2時間くらい話をする機会があったんですけど、そのときに出たのが、「『信じる』ということはすごく難しいことで、それでもなお『信じたい』と思う気持ちこそが、人間の美しい部分なんじゃないか?」ということだったんです。愚かで、哀れだけど、人間を人間たらしめる部分。それが「信じたい」という気持ちなんじゃないかって。で、「こんな素敵な曲が届きました」と言われて聴いた「ReTake」が、「信じたい」という言葉で始まって……すごく驚きました。

OSHIKI これは僕がそもそも考えていることでもあるんですけど、人間は、何をするにしても自分を基準に考えると思うんです。例えばプレゼントを渡すときも、LINEを送るときも、自分が欲しいものや自分が言われたい言葉を知らず知らずのうちに人に送っている。まるで相手を鏡にして自分を見ているような感覚ですね。でも、その鏡には100%の自分が映っているわけではない。だから、送ったLINEの内容で怒られたり、渡したプレゼントが、実は相手が欲しくないものだったりする。それって「信じる」「信じない」の話に通じている気がするんです。ドラマの中で琥太郎は、自分の過去の経験があるからこそ相手を「信じたい」と思うに至った。でも、相手=自分ではないし、相手のことを完全に理解することは不可能なので、いかに「信じたい」という思いが強くても、「信じる」という行為にまではたどり着けない。

加藤 まさにそうですね。

OSHIKI 琥太郎の心の中には「信じられない」という思いもきっとある。でも、「信じたい」と願う。そこにある揺れ動きが大事なんじゃないかと思うんです。「信じたい」という願いは、時として「信じる」ことの輝きを超えることがあるんじゃないか……それを伝えたかったんです。

加藤 琥太郎は周りの人たちに「それでも、お前は『信じたい』のか?」と問われる。やっぱり「信じたい」と「信じる」には、大きな差がありますよね。不明確なものに思いを馳せることほど無駄なことはないけど、その無駄こそが人間らしさなんだと思います。

加藤清史郎

加藤清史郎

加藤清史郎は「ReTake」の◯◯に気付いた

──加藤さんは、この「ReTake」が「君が死刑になる前に」の主題歌になったことで、ドラマにどんな要素がもたらされたと感じていますか?

加藤 主題歌は基本的にドラマの最後に流れますけど、このドラマは王道のサスペンスだからこそ、1話ごとに、終わりに何かしらの結果や結末が見える展開が多いんです。毎回「やっぱりね」とか「そうなるんだ」とか、視聴者の方はいろんなことを感じると思うけど、その展開の中に「信じたい」という言葉が投げ込まれることで、「それでも信じたい」という琥太郎の思いや「信じられない」という要素を見つけてしまった葛藤……そんな、琥太郎の手の中にあるいろんなものを見つめているような感覚になるんじゃないかと思います。「ReTake」は曲調も変化するし、転調もするじゃないですか。

OSHIKI はい。

加藤 そういう意味でも「ReTake」は、このドラマのいろんな面を見せてくれるんじゃないかと思いますね。

左からOSHIKIKEIGO、加藤清史郎。

左からOSHIKIKEIGO、加藤清史郎。

OSHIKI 転調するところ、よく気が付きましたね! 転調にもいろいろな種類がありますけど、「ReTake」はそんなにわかりやすい転調ではないですよ。

加藤 音楽、大好きなんです(笑)。