大江千里×江口寿史対談|2人の“せんちゃん”が振り返る80年代のこと (3/3)

“これから感”がある大江千里のジャズ

──大江さんはデビュー35周年を迎えた5年前に、ポップス時代の代表曲をピアノでセルフカバーした作品「Boys & Girls」を制作されましたが、今回再びご自身の過去の作品と向き合われていかがでしたか?

大江 「Boys & Girls」はセールス的にも成功したし、あのときは楽しくできたので、今回もあの感じでできるだろうと思っていたらそれは大きな勘違いでした。やりやすい曲は全部セルフカバーですでにやっていて、残ってるのは難曲が多かったです。いわゆる言葉を8ビートに乗せて縦に刻む曲など(「Glory Days」)をジャズにするのはとても難しいんです。中でも「コスモポリタン」は展開がコロコロ変わるし、それが歌詞に引っ張られているので、難しかった。「きみと生きたい」はそのままやるよりラテンチューンにして、「STELLA'S COUGH」はサビをずっとモーションコードで引っ張ってスリルを楽しむみたいなアレンジにしました。実際現場でアメリカのスタッフの狂喜乱舞する様とかを見ながら「オッケー」を決めていきました。なんか演奏中はずっとやんちゃな10代の頃のままでしたよ。

左から大江千里、江口寿史。

左から大江千里、江口寿史。

江口 まだ若い感じするもん、大江さんのジャズ。これから感がすごくある。ポップスを壊してきた人だから、これからはジャズもね。

大江 ジャズを壊すのはいつになるのかな。まだまだ覚えたいことが山ほどあって、本当は20年くらい耳コピだけで過ごしたいくらいなんです。それくらい豊富なアイデアがジャズにはある。

──それはポップスの作詞作曲では得られない感覚ですか?

大江 ポップスは深い。全部の音楽を幅広く知ってないといいものができない。ジャズも好きでクラシックのトレーニングもちゃんと受けてて、そういう人が生かせるジャンルの音楽がポップなんだと思う。例えばゼッドとかディプロとか。じゃジャズを語るならばどうよって話になると、ある部分のマッスルを尋常じゃないほどトレーニングしなきゃダメだし、数学的なセオリーをきちんと理解しないとできない。ニュースクール大学でフラットの多いキーをたくさんやるようになって、ポップスでやってた得意なキー、例えばAとかEとかDだと今やると逆にやりづらかったりする。それがすごく不思議。やっぱりジャズはE♭やB♭、Fなどの世界観なんです。響きなのかな。それがAとかEだとなかなか出しにくくて。だから僕の曲でいうと「回転ちがいの夏休み」とかをジャズにするときはジャズのキーにまず変換しないとなかなかそれっぽくならないんです。

江口 でもこの前ライブでやってた「魚になりたい」とかはすんなりとジャズになってましたよ。もともとちょっと変わった曲だけど、ジャズになったことで「おお、いいな」って感じで。

江口寿史

江口寿史

大江 あれはC。Cは両方大丈夫なんですよ。

江口 でも、カバーもそんなにこだわらなくてもいいと思いますよ。新しいのをやってもらったほうが。

大江 ジャズボーカルをまた突き詰めてやりたいですね。

江口 それは聴きたいですね。僕、ジャズは全然わからないですけど、大江さんはまだ硬い感じがしたから、もうちょっと跳ねる感じが欲しいなとは思います。

大江 ははは、今もいっぱいいっぱいですから(笑)。以前、ニューヨーク在住のトランペット奏者の黒田卓也さんに「どうやったらもっとジャズになれるんですか」って聞いたら、「とりあえず10年やることですな」と言ってくれたんです。そうか、10年かって思って。でもそれから10年経って、今11年目ですよ。ああ、こういうことかと。ジャズの山を登っていくと、お、随分上まで来たなっていう感じが見えてくるとまたそこからの頂上までが果てしなく長い。これがジャズの楽しい部分でもあり、とてつもなく怖い部分でもあるんですけど。

左から大江千里、江口寿史。

左から大江千里、江口寿史。

時代は巡り巡って無限大

──今作は1988年をキーワードに「架空の同窓会」というコンセプトで作られたそうですね。

江口 88年はちょうど僕は競争から降り始めた頃なんです。70年代の終わりから80年代になったばかりの頃はすごく面白かった。YMOとか新しい音楽がいっぱい出てきたし、イラストもマンガも、「あっ、時代が変わるな」という感じがあったんだけど、88年くらいはその高揚感がちょっと収まってきた感じがありましたね。結局慣れていくんだな、みたいな。

江口寿史

江口寿史

大江 僕は「88」という数字を見て、時代は巡り巡って無限大だなと思ったんです。ノスタルジーは大事だけどそれだけじゃなく、それをモチーフに新しいもの、これから先も残っていく新たなスタンダードを作っていきたいというのがあった。アメリカで僕のジャズを聴いてる若い層が「昔、日本でポップスをやってた人みたいだけど」って興味を持ったとき、このアルバムを入り口に、過去・現在・未来を「メビウスの輪」のように行き来できるといいなって考えが僕にはあったんです。だから江口さんのジャケットの絵を見せていただいて、その旅のパスポートになるんだなと思った。

──江口先生のジャケットの絵が、内容とぴったりマッチしています。

大江 ディレクターから「千里さん、江口さんはどうでしょう?」と提案していただいて「わ、すごくいいアイデアだ! でも、引き受けてくれるかな?」ってドキドキしました。

江口 30年ぐらい経って、ようやくご一緒できましたね。僕、ジャズはあんまり詳しくないんですけど、ブルーノートの昔のフォントの字組みがすごく好きで。その感じでやってくださいとデザイナーさんに頼んだんです。頭の中でアナログになったときの感じは想定してました。

大江千里「Class of '88」完全生産限定盤ジャケット

大江千里「Class of '88」完全生産限定盤ジャケット

大江 ニューヨークのジャズ関係の人に「これどう?」ってジャケットを見せたら「これはブルーノートの匂いがする」って言ってました。

──江口先生はこれまでいろんなアーティストのジャケットを描かれていますね。

江口 音楽が好きだから、ジャケットの仕事は楽しい分、プレッシャーもあります。好きなアーティストならなおさら。がっかりされないようにとかね。あと、自分が好きなアーティストを知らない人に知ってほしいという気持ちもあるし、いろんな思いが混ざり合っているから、ただの仕事ではないですね。今回はジャズアルバムだけど、やっぱり僕が頼まれたからにはジャケットには女の子を描かないと許されないかなと思って(笑)。本当はもっとジャズっぽい、渋いのも考えたんだけど、でもそうじゃないかな?といろいろ考えた結果ああなりました。J-POPプラス、ジャズ。あと今、世界的に日本のシティポップが流行ってるじゃないですか。その感じもちょっと入れつつ、楽しく描きました。

大江 パワフルですよね。今おっしゃった意図も感じたし、僕が作ったアルバムがいろんな人の手に渡っていくところがパキッと見える絵をいただいたのでうれしかったです。最悪、「ジャズやってる千里くんに僕はやっぱり描けないよ」って言われたらどうしようとネガテイブな回答を思いつつ、ハラハラしながら待ってました。

江口 作品って世に出ちゃうと作者の手元を離れて、例えば岩とか、巨木とか、地球の景観みたいに「そこにずっと存在するもの」になるじゃないですか。そういうものとして残るものにしたいなと思って創っているので。若い世代にも手に取ってほしいし、あまり聴く層を限定したくない気持ちもありました。

左から大江千里、江口寿史。

左から大江千里、江口寿史。

──今作が「APOLLO」に始まり、「AVEC」で終わるのも大江さんの骨太なメッセージを感じます。

大江 「APOLLO」のオリジナルは当時ニューヨークで作ったんですけど、雪が窓から舞い込む中「誰も作ったことがない曲を作ってやる。この曲を絶対に僕は世界中でヒットさせてやるんだ」と意気込んでいたんです。今回もアルバム「APOLLO」(1990年リリース)と同じ、「Class of '88」の1曲目は「APOLLO」に決めてました。そして「Avec」が最後。あの頃書いた歌詞の中にあった「戦争」がいまだに繰り返されている世界へ向けて。だからこのアルバムは、楽しいけれど僕からの「平和へのメッセージ」でもあるんです。

江口 千里さん、変わってないですね。そういう頑固なところも。30年以上経ったけど、そんなに違和感は感じなかったです。よりタフになられたのかな。

──今回の再会をきっかけに、また何か新しいことが始まるといいですね。

江口 とりあえずLINE交換したいな(笑)。

大江 教授と同じことを言ってくださる(笑)。(しばしのやりとりのあと)……あ、来た来た。「先ちゃんです」って。

左から大江千里、江口寿史。

左から大江千里、江口寿史。

プロフィール

大江千里(オオエセンリ)

1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」「ありがとう」などヒット曲を多数発表。1990年にリリースした10thアルバム「APOLLO」でオリコン週間ランキング1位を獲得する。渡辺美里「10 Years」「すき」、松田聖子「Pearl-White Eve」、光GENJI「太陽がいっぱい」などの提供曲でも知られる。2008年にジャズピアニストを目指し渡米。ニューヨークのTHE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSICに入学し、2012年に大学卒業と同時に自身のレーベル「PND Records」を設立する。2012年にアルバム「Boys Mature Slow」でジャズピアニストとしてデビュー。2015年に渡米からジャズ留学、大学卒業までを記した著書「9番目の音を探して」を、2016年夏に初のジャズボーカルアルバム「answer july」を発表する。「Atlanta Jazz Festival」「Detroit Jazz Festival」「Jazz in Albania Festival」などにソロピアニストとして出演し、2018年にはデビュー35周年記念アルバム「Boys & Girls」をリリース。2019年、アリ・ホニック(Dr)、マット・クローへジー(B)とのトリオ編成で制作したアルバム「Hmmm」が全米ジャズラジオ局のオンエアチャート「JAZZ WEEK」で39位を記録した。2022年6月、アメリカ最大規模の音楽フェスティバル「Summerfest 2022」にトリオで参加。同年11月には初のレシピ本「ブルックリンでソロめし!」を上梓。文筆家としても高く評価され、朝日新聞、ニューズウィーク日本版にてコラムを連載している。現在はニューヨーク・ブルックリン在住。2023年5月に40周年記念アルバム「Class of '88」をリリースした。

江口寿史(エグチヒサシ)

1956年熊本県生まれのマンガ家 / イラストレーター。1977年、「週刊少年ジャンプ」にてマンガ家デビュー。斬新なポップセンスと独自の絵柄でマンガ界に多大な影響を与える。代表作に「すすめ!!パイレーツ」「ストップ!! ひばりくん!」など。1992年、短編集「江口寿史の爆発ディナーショー」で「第38回文藝春秋漫画賞」を受賞した。1980年代からはイラストレーターとしても多方面で活躍。企業とのタイアップ企画、レコードジャケットなども多く手がけ、同時代のファッションやカルチャーを取り入れた作品群は幅広い層に支持されている。2015年に画集「KING OF POP」(玄光社)を刊行し、イラストレーション展「KING OF POP」を全国8カ所で開催。さらに2018年からは石川・金沢21世紀美術館を皮切りにイラストレーション展「彼女」を日本国内各地の8カ所の美術館で巡回した。2023年1月にはアーティストの村上隆とコラボし、カイカイキキギャラリーにて個展「NO MANNER」を開催。3月には東京・東京ミッドタウン日比谷で「東京彼女」も開催した。近著に「step」(河出書房新社)、「RECORD」(河出書房新社)、「彼女」(集英社インターナショナル)などの画集がある。2023年7月21日に最新画集「step2」(河出書房新社)発売予定。