ねごと|12年の軌跡を詰め込んで ファンに届ける最初で最後のベスト

“暗黒期”を乗り越えて

──2013年2月には2ndフルアルバム「5」をリリースしました。このアルバムは「sharp ♯」「nameless」などエッジーな曲が軸になっています。

「5」完全生産盤ジャケット
「5」通常盤ジャケット

蒼山 自分たちの中で「5」は“暗黒期”と呼んでるんですよ。情熱だけで作った1stアルバムとは違うことをやらなくちゃいけないと思っていたし、メンバーが大学生だったこともあって、学校生活と音楽活動が重なることが多くなってきて、それもかなり大変で。

沙田 うん。この頃は速い四つ打ちの曲がすごく流行っていて、ライブで煽れば煽るほどお客さんが盛り上がってくれるという状況でしたね。当時はすでにフェスにも出ていたので、「私たちのライブには盛り上がりが足りないんじゃないか」と思って、制作のときも「手拍子できるところはないか」とか「もっとテンポが速い曲を作ったほうがいいんじゃないか」とか考えて。周りがよく見えるようになった分、流行を取り入れないと時代に乗り遅れると思ってたんですよね。今、振り返ってみると「時代に乗る必要はなかったな」と思うんだけど、そのときは楽曲もライブパフォーマンスも試行錯誤を繰り返して。ライブでの発言も強い言葉を選んだほうがいいとか、いろんな議論をしていました。あの頃はかなりミーティングしてたよね?

蒼山 してたね。

沙田 とにかく「やりたくないこともやってみよう」みたいな時期だったんです。うまくいかなかったこともあるし、こういうこともできるんだという発見もあって。今回のベストに入っている「nameless」「greatwall」「たしかなうた」は3カ月連続でリリースして、そのあとにアルバムを出したんです。そういう戦略も「どうなるかわからないけど、やってみよう」という感じでしたね。

蒼山 その3曲のアルファベットの頭文字を合わせると「ねごと」の「N」「G」「T」になるという企画だったんですよ。

澤村 え、そうだったっけ?

「nameless」ジャケット
「greatwall」ジャケット
「たしかなうた」ジャケット

藤咲 そうだよ(笑)。

蒼山 最後の「T」ですごく悩んで、結果「たしかなうた」になった。

沙田 曲はどんなところからも作れるんだなって気付いた時期でもありますね。テーマだったり、歌詞の意味だったり、曲調だったり。

澤村 大変だったけどね。

藤咲 まだ1曲も生まれてないのに、「数カ月後に3カ月連続でリリースします」という状況だったし。

澤村 この頃に仕事で韓国に行ったんですけど、そのときもバスの中で歌詞を考えて。

蒼山 「nameless」だね。

沙田 当時は歌詞もみんなで考えていたし、「一語一句に意味が欲しい」「しっかり伝わる歌詞にしたい」という気持ちがあって。

藤咲 曲のタイトルも「もっといいのがあるんじゃないか」とずっと考えたり。

──その試行錯誤が成功に結び付いたこともあった?

藤咲 そうですね。「nameless」をライブでやったとき、「え、こんなに盛り上がるの?」というくらい盛り上がって。制作しているときは熱を込めて作っていただけで、それがいいのか悪いのか判断できなかったんですけど、ライブでいい反応があったことで、「この曲は、ねごとのキーになる曲だな」と思ったり。

沙田 そのときの感覚はちゃんと残ってるし、今「5」の曲をやるときは「ビシッとしないとな」と気が引き締まりますね。当時はテンションが不安定だったし、しんどい時期ではあったんですけど、それが次につながったんです。

藤咲 結果、「『5』があってよかったよね」と思い出話として言えるようになりました。

伸び伸びしている「雨」

──ベスト盤のDISC 1には未発表曲「雨」が収録されていますね。

沙田 「雨」はデビュー前に演奏していた曲なんです。ライブの日に雨が降ったらやると決めていた曲で。

蒼山 今聴くと懐かしい感じがするし、伸び伸びしてますよね。東京に出てきて1年くらいの、渋谷や下北沢のライブハウスで活動していた時期にやっていた曲なんです。

沙田 下北沢のBASEMENT BARとか渋谷のLUSHとか。手書きのアンケート用紙を配って、お客さんに感想を書いてもらったことまで思い出します。

澤村 メロディがキレイで、切ないところもあって、ちょっと「ふわりのこと」に似てる雰囲気の曲ですよね。1stアルバムのときに「(アルバムに)入れる?」という話をした記憶があるんですが、結局、入れないままここまで来て。やっと収録できてよかったです。

──ベストとは関係ないんですが、2013年2月のMy Bloody Valentineの来日公演のときに会場の外でチラシを配ってましたよね。

藤咲 やってました!

沙田 チラシを受け取ってくれた人たちに「がんばってね」と言われて(笑)。それも当時の新しい取り組みの1つでした。コンサートのスケジュールを調べて、音楽的にハマってくれる可能性がありそうなところに足を運んでチラシを配って。

藤咲 ライブハウスにフライヤーを置いてもらったり、「ポスターにサインを書いたので貼ってもらえますか?」ってお願いしたり。当時はそういうことを分担してやってました。

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