椿鬼奴×沙田瑞紀(ねごと)|架空のアニメソングでデビューしました

4人のキュレーターがそれぞれ話を聞きたい次世代アーティストとトークを交わす「Coming Next Artists」シーズン2の対談企画第3回では、キュレーター・沙田瑞紀(ねごと)が対談相手に椿鬼奴を指名。お笑い芸人としても活動する鬼奴にとって歌手活動がどのような位置付けのものなのか。“架空のアニメソング”を収録した鬼奴のソロデビューアルバム「IVKI」を切り口に、2人が考えるアニメーションとのタイアップの特徴などを交えつつ、語り合ってもらった。

取材 / 倉嶌孝彦 文 / 高橋拓也 撮影 / 南阿沙美

Coming Next Artists シーズン2

椿鬼奴(ツバキオニヤッコ)
椿鬼奴
東京都渋谷区生まれ、代官山育ち。NSC東京校を卒業後、26歳でお笑いコンビ「金星ゴールドスターズ」として芸人デビューを果たした。コンビ解散後は椿鬼奴としての活動をスタートさせ、2002年からはキートン、くまだまさし、アホマイルド坂本、クニ、しんじとのユニット「キュートン」にも参加している。2004年にはバンド「金星ダイヤモンド」を結成し、2006年に1stアルバム「ヴィーナス☆ダイヤモンド」、2014年には2ndアルバム「2014GOLD」を発表。2018年9月にはソロ名義初となるミニアルバム「IVKI」をリリースした。

歌ネタで活路を見いだしたピン芸人時代

──今回、瑞紀さんが鬼奴さんにお話を伺いたいと思ったのはなぜだったんでしょう?

左から椿鬼奴、沙田瑞紀。

沙田瑞紀 鬼奴さんのお笑いネタをよく見ていたんですけど、音楽をネタに取り入れることが多いだけでなく、CDも作っていて。その活動の広げ方がすごく気になっていたんです。

──鬼奴さんは藤井隆さんとレイザーラモンRGさんとのユニット・Like a Record round! round! round!や、金星ダイヤモンドというバンドでも活動しています。鬼奴さんが音楽に関わるようになったきっかけは?

椿鬼奴 今年で芸歴20年目なんですけど、4年目で当時組んでいたコンビを解散したんです。それでピンになったときのネタとして、歌い始めたのが最初なんです。

沙田 そのときから、今のような歌い方でネタを披露していたんでしょうか?

鬼奴 声は当時からこんなかすれた声でした(笑)。自分ではそこまでかすれていると思っていなかったんですけど、「人からよく言われるな」とは思ってました。

──ピンネタとして、最初に披露した歌ネタはなんだったんでしょう?

鬼奴 キャサリン・ゼタ=ジョーンズさんが出演しているミュージカル「シカゴ」の「All That Jazz」という曲のリップシンクでしたね。もともと7分近くある曲なんですけど、ネタ時間が2分か3分しかなかったから、自分で編集してMDに入れてて。

沙田 MDで!

鬼奴 懐かしいですよね(笑)。自分でデッキごと持っていって、それを再生してネタを披露したんです。ずっとリップシンクしながらダンスして、最後だけ自分が歌うという内容で。

沙田 以前から歌うのはお好きだったんですか?

鬼奴 好きでしたね。人見知りだし、いろんな人としゃべるタイプではないんですけど、人前で歌うことに抵抗はなかったんです。中学生のときの修学旅行で、移動中のバスで梅沢富美男さんの「夢芝居」を歌ったら、替え歌にしたりわざと変に歌ったりしたわけじゃなかったんですけど、すごいウケたんです。

沙田 私も怖い話をするとき、真剣に語っているのにすごく笑われることがあって。そういうのとちょっと似てるかもしれません。

鬼奴 笑われたときはどう思いました?

沙田 最初はびっくりしたんですけど、「これはある意味特殊な才能なんだな」と思って、うれしかったですね。

鬼奴 そうですよね。私も理由はわかんないけど、笑ってもらえるのがうれしくて。その後も大学の新歓コンパとかバイト先の忘年会でも、誘われるとすぐ歌っちゃいましたね。そこから仲よくなれることも多かったし。

椿鬼奴

沙田 その体験があったからのちにピン芸人となったとき、ネタの1つとして披露するようになったんですね。

鬼奴 なんにもネタを考えず、歌うだけで笑ってもらえるんだから「こんな楽なことはない」と思いましたよね(笑)。あとはAerosmithとか洋楽が好きだったので、それもレパートリーに入れるようになったとき、例えば「私は『Cryin’』が好きなんです」と言って「マニアックすぎてわからない」ってツッコまれる流れを作ったり。それを「アメトーーク!」の「椿鬼奴クラブ」というコーナーで披露したら、いろんなところで「やっていいよ」と言ってもらえるようになりました。

沙田 「何やら面白いぞ」と各所に伝わって。

鬼奴 ただ歌ってるだけなのに(笑)。でもそれがきっかけで、Bon Joviの映画のプロモーションでコラボさせてくれたり。こういう歌ネタを重ねていくにつれて、ものまねも徐々にできるようになったんです。

──金星ダイヤモンドはどのような経緯で結成されたんでしょうか?

鬼奴 私と一緒にキュートンというユニットをやってる作家の女の子2人が「バンドを組みたい」って言ったんですね。そのうち1人がREBECCAとか筋肉少女帯でギターを弾いてた友森昭一さんと知り合いだったんです。それで友森さんと、私と一緒に歌ネタをやってたキートンさんを誘って結成したんです。ライブでは私とキートンさんで歌ネタをやって、もう半分の時間はバンドで3、4曲やったり。

沙田 へー!

鬼奴 金星ダイヤモンドのライブとお笑いネタを一緒にやる形でしたね。実は私、ネタだけ披露する単独公演を一度もやったことがないんです。「芸人はみんな単独でネタをやるもんだ」ってよく言われるんですけど、私はすっごいやりたくないな……と思っていて。10周年公演もリサイタルにしちゃったな。

「とにかくすごいことが起こってる!」

──瑞紀さんは鬼奴さんの「IVKI」を聴いてみていかがでした?

沙田 今まで鬼奴さんの歌声はBon Joviを歌ってるときのような、しゃがれた声の印象が強かったんです。でも「IVKI」ではホントにアニメの主題歌のように、のびのびと歌われていて。「IVKI」は架空のアニメ「超空のギンガイアン」の劇中歌集として制作された作品になっていますよね。そのアイデアを軸にして作り上げたのは面白いし、1曲1曲から「ギンガイアン」の世界観が伝わってきてすごかったです。

鬼奴 このコンセプトは、制作に携わってくれた堂島孝平さんと藤井隆さんが「もしCDを出すとしたら、どんな歌がいい?」って聞いてくださったのがきっかけになったんです。そこで私は「パチンコとタイアップしそうなアニメの歌」とお話したんですね。あとはSpice Girlsみたいなガールズポップを、1人で何役も担当するやつがやりたいって相談しましたし。それで最初にできあがったのが「運命のリビルド」だったんですけど、作曲してくれた堂島さんが資料に「アニメ『超空のギンガイアン』オープニングテーマ曲」って書いてくれていたんです。それに私と藤井さんはものすごい食いついて(笑)。

沙田 そうだったんですね(笑)。

鬼奴 それで「『ギンガイアン』って宇宙船の窓小さそうですよね」みたいにイメージを話し合うところからはじまって。

沙田 初めからSF作品のイメージだったんですね。

鬼奴 そうそう。堂島さんは「ギンガイアンは理想郷の名前で、そこに行くまでの物語が『超空のギンガイアン』」だと想像していて、「宇宙戦艦ヤマト」っぽい内容だったみたいでね。でもヤマトにロボットは出てこないから、無理やりロボットを登場させたり、どんどん肉付けしていったら、私の中でどんどん「ギンガイアン」という作品のイメージが膨らんでいって。

沙田 「運命のリビルド」がきっかけになって、どんどん世界観が決まっていったんですね。

鬼奴 まさにそうですね。そこから最終的に「全編『ギンガイアン』に関する曲で1枚作りましょう」ということになったんです。ガールズポップというテーマで作った「Galactic Galapagos」はPUFFYの(大貫)亜美さんが作詞してくれたんですけど、「船員の救護班の女子たちがバンドを組んで演奏する挿入歌」という設定でお願いしたんですよ(笑)。

沙田 アニメのどのシーンで使われるのかも決まっているんですね。

──すごい設定が細かいですね(笑)。

鬼奴 そうなんですよ! 「Brace yourself」では林原めぐみさんに詞を書いていただいたんですけど、オファーをする際に第1期分、12話全部のストーリーを考えた上で「第2期のオープニングテーマを作ってもらいたい」とお願いしたんです。

沙田瑞紀

沙田 このストーリーを考えたのは鬼奴さん?

鬼奴 私と堂島さんのほかに、天津の向(清太朗)という、アニメに詳しい同期の芸人にも手伝ってもらいました。「ギンガイアン」は1990年代に放送された作品ということになっているんですけど、「新世紀エヴァンゲリオン」っぽい設定を入れると年代的に矛盾してしまうんですよね。その温度感は向がよく理解していると思ったから、一緒に考えてもらったんです。

──瑞紀さんは「IVKI」の中で特にお気に入りの曲はどれですか?

沙田 全曲よかったから、選ぶのは難しいですね……すごく堂島さんっぽい曲だなと思ったのは「MOODY MOON」とか。

鬼奴 これ第1期のエンディングテーマなんです。

沙田 あ、そうなんですね(笑)。あとは登場人物たちのセリフが収められた最後の曲「collection of GINGAIAN」が終わったあと、1曲目の「運命のリビルド」に戻るという展開も映画みたいで、「うおー!」ってなりました! 延々と聴けてしまうところがすごいですよね。

鬼奴 ホントですか! うれしいです。

沙田 新感覚で面白かったです。作品全体が1つの流れでつながっていて「とにかくすごいことが起こってる!」って感じで。私たちのアルバムはここまで物語性はないので、「こういうことも音楽でできるんだな」と思いました。