2万字のアルバム全曲解説インタビューで暴く、アーティスト・夏川椎菜の思考と感性 (4/4)

11.That's All Right !

──僕はシングル「クラクトリトルプライド」のリリース時に、カップリングにこの「That's All Right !」を選ぶセンス、すごくいいなと思いました。

ありがとうございます。最初のほうで言ったように、シングルとしては“楽”をテーマにしていて。「クラクト」はいろんな感情が入り混じった中での“楽”であり、「悔しいのも楽しいぜ!」みたいな意味合いを含んでいるんですが、「That's All Right !」はシンプルに「楽に生きようよ」という脱力系の曲で。その脱力ぶりがよくわかるエピソードがあって、最後の最後に「おーらい」というセリフがありますけど、あれはTD(トラックダウン)の前はなかったんですよ。

──つまりTDで付け加えられたと。

いつもお世話になっているエンジニアの大里(正毅)さんが勝手に、たぶん私がガヤ用に録った脱力した「おーらい」を、TD前のデータにはなかったところに貼っていて。「それ、いいね」「でも、もっと気の抜けたやつが欲しい」という話になり、私がその場で自分のiPhoneで「おーらい」を録ったんですよ。それを大里さんにAirDropで送って、そのまま使ってもらいました。この「おーらい」みたいに、TDで素材を作るというのを夏川チームはやりがちなんです。

──その話、もっと聞きたいです。

例えば「烏合讃歌」の2番の「そんな論調で偉ぶってたって」のところで入るハウリングも、最初はなかったんですよ。でも、私が「拡声器で演説してるみたいにしたい」とTD当日に言い出して。さっきの撮影でもやっちゃいましたけど、拡声器ってすぐハウるじゃないですか。その感じが欲しくて、TDのスタジオで耳を塞ぎながら恐る恐るスピーカーにマイクを向けて、「録れた? 録れた?」みたいな。

──愉快な現場ですね。

けっこうみんな好き勝手やりたがりますからね。「TDだぞ?」と言っているのに(笑)。でも、うちのチームで作る曲はTDで本当に変わるんですよ、もちろんカッコよく。大里さんがいろんな遊びを入れてくださるし、このアルバムでも、今言った「烏合讃歌」以外にもTD中に生まれた演出は山ほどありますね。

夏川椎菜

夏川椎菜

12.ナイトフライトライト

──「ナイトフライトライト」の作編曲は、「キタイダイ」(EP「Ep01」収録曲)「ラブリルブラ」「ファーストプロット」の編曲者であり、ヒヨコ労働組合のギタリストでもある川口圭太さんです。僕はイントロにDinosaur Jr.を感じたのですが、そういうノイジーなオルタナティブロックを遠慮なしにぶちかましたような、妙な勢いがありますね。

「ナイトフライトライト」は、「Pre-2nd」の流れをめちゃめちゃ汲んでいる楽曲で。コンペも何もないときに、圭太兄さんが突如「夏川さんにこれどうっすか?」みたいな感じで送ってくださった楽曲なんですけど、楽器のレコーディングはほぼシンクがない、バンドの生音だけで録っていて。しかもその全員がヒヨコ労働組合のメンバーなので、もう「Pre-2nd」のノリのまま作っちゃったような曲ですね。

──作詞のワタナベハジメさんも「ナイモノバカリ」(シングル「フワリ、コロリ、カラン、コロン」カップリング曲)「HIRAETH」(EP「Ep01」収録曲)「パレイド」「イエローフラッグ」「キミトグライド」の歌詞を書いてきた、夏川チームに欠かせない作家だと思います。「ナイトフライトライト」の歌詞は、このアルバムで唯一と言っていいぐらいストレートに希望的ですね。

ワタナベさんも「Pre-2nd」を観てくださっていて、そのときに感じたことだったり「今後、こうなっていくんだろうな」と思ったことを書いてくださったんです。なので「Pre-2nd」の感想曲みたいなところもありますね。あと、「Pre-2nd」はイヤモニじゃなくて転がし(ステージに置かれたモニタースピーカー)だったので逐一バンドと息を合わせながらパフォーマンスしていたんですけど、「RUNNY NOSE」のときに、楽器は全部放って私の歌から始まる演出をしたんですよ。どうやらそれが圭太兄さんのお気に召したようで、「『ナイトフライトライト』でもあれがやりたい」となったらしく、結果、私の知らぬ間にDメロのテンポが変わっていたという。

──自由ですね。

たぶん、一番好き勝手やられていますね(笑)。楽器録りのディレクションも完全に圭太兄さんにお任せしたので。TDでも、事前に兄さんから大里さんにやりたいことを全部伝えてもらって、それをやりきったうえで「さすがにこれは……」という部分だけ微調整するような感じでした。

──うるさい音をうるさいままパッケージした感じですよね。

それも兄さんがやりたかったことなんだろうなって。私にとっても聴きなじみのあるヒヨコ労働組合の音でしたね。リハでも本当にうるさくて、おかげでかなり耳が鍛えられたというか、ちょっとやそっとの爆音じゃ耳が疲れなくなりました。

──一方で夏川さんのボーカルは、そのうるささに張り合うというよりは、むしろちょっと抜いた感じなのがまたいいバランスで。

後ろで楽器がドシャガシャやっている中でも、私はふわふわと、力を入れすぎずに。圭太兄さん的にもそこに落とし込みたかったみたいで、これもまた新しいなと自分でも思いましたね。だからわりと異質というか、今までありそうでなかった曲だし、行けるとこまで行った感はあります。

──ヒヨコ労働組合でできる上限いっぱいまで。

ミュージックレインが許してくれる上限いっぱいなのは間違いないですね。いや、ひょっとしたら許容範囲を超えているかもしれないんですけど、出したもん勝ちなので(笑)。

夏川椎菜

夏川椎菜

13.クラクトリトルプライド

──最初のほうで夏川さんは「クラクトリトルプライド」を「アルバムの最後に置きたいと思っていた」とおっしゃっていましたが、それはなぜ?

まず、私の中では1stアルバム「ログライン」を出して、1stライブ「プロットポイント」(「LAWSON presents 夏川椎菜 1st Live Tour 2019 プロットポイント」)をやったことで夏川の第1章が完結して、「Ep01」から第2章が始まったという流れがあって。その第2章を締めくくるのが「コンポジット」であり、いわば第2章のエンディングテーマとして「クラクト」以上のものはないだろうなと。単純に、喜怒哀楽の流れで作ってきたアルバムをちゃんと“楽”で終わらせるという意味でも一番ふさわしいし、その歌詞も、ここ最近の私が書いた中で一番、自分が泣けるんですよね。1stアルバムの「ファーストプロット」(作詞は夏川)もそうなんですけど、そのときの自分を全部さらけ出して「これをわかってほしいんだよ」「わかってくれよ」と訴えているので(参照:夏川椎菜「ログライン」インタビュー)。

──「クラクトリトルプライド」の最後に、「ファーストプロット」の「目を見て話すように」というフレーズがメロディごと引用されているの、最高ですね。

それは、田淵さんの仕業です(笑)。デモの時点でメロもそうなっていて、歌詞も、私は第1稿では違うことを書いていたんですけど、田淵さんが「ここは『ほら目を見て話すように』にしたい」と言ってくださって。その理由もお聞きして「なるほど、そういうことだったんだ!」と納得したんです。あと、ここまでのお話の中でも触れてきましたけど、私の楽曲は、みんなに平等に刺さるんじゃなくて、特定の人にだけ刺さるようなものを目指しているところがあって。だからスキマ産業だし、「クラクト」の場合は、例えば自分から何かを生み出す仕事をしている人や、正解のない仕事をしている人、仕事として安定しないことを仕事にしている人を狙い撃ちしているんですよ。

──3つ目は僕、めっちゃ当てはまりますね。

いや、1つ目も2つ目も当てはまりません?(笑) フリーのライターさんは、自分から動かなきゃいけないし、自分でどこまでやっていいのか、どこまでやらなきゃいけないのかわからない場合もあるでしょうし。もちろん仕事じゃなくても、趣味でそういうことをしている人や、そういうことをしたいという夢を持っている人にも刺さってほしくて。特に、それがあんまりうまくいっていなくて、「もっとやれるはずなんだけど」とか「あきらめようかな」と思っている人に。私自身も「この仕事、向いてないな」と悩んだことはいっぱいあるし、今だってしょっちゅう迷っていて……だから本当に歌詞の最初の2行に象徴されているんですけど。

──「どんなに道が選べたって 遠回りする癖だもん」。

それでも「ここにしか居れんからさ」なんですよ。そんなふうに自分の正直な言葉がいっぱいこもった、繰り返しになりますけど自分の中で一番泣ける楽曲なので、最後は「クラクト」で間違いない。逆にこれ以外を最後にしろと言われたら、決められないですね。

──「自分の中で一番泣ける楽曲」が、“楽”のカテゴリーに収まっているというのも最高ですね。

確かに。泣けるけど、“哀”じゃないんだよなって(笑)。

夏川椎菜

夏川椎菜

ライブ情報

LAWSON presents令和4年度 417の日

2022年4月17日(日)千葉県 森のホール21(松戸市文化会館)


LAWSON presents 夏川椎菜 2nd Live Tour 2022 MAKEOVER

  • 2022年5月1日(日)埼玉県 さいたま市文化センター
  • 2022年5月4日(水・祝)大阪府 オリックス劇場
  • 2022年5月20日(金)千葉県 千葉県文化会館
  • 2022年5月29日(日)群馬県 高崎芸術劇場
  • 2022年6月5日(日)東京都 LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
  • 2022年6月19日(日)愛知県 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール

プロフィール

夏川椎菜(ナツカワシイナ)

1996年7月18日生まれの声優、アーティスト。2011年に開催された「第2回ミュージックレインスーパー声優オーディション」に合格し、翌年より声優として活動を開始。2015年に同じミュージックレインに所属する雨宮天、麻倉ももとともに声優ユニット・TrySailを結成し、神奈川・横浜アリーナ公演などを経て現在まで精力的に活動している。2017年4月に1stシングル「グレープフルーツムーン」で自身の名義にてソロデビュー。2019年4月には1stアルバム「ログライン」を発表した。2020年9月にサウンドクリエイターすりぃによる提供曲を表題とした4thシングル「アンチテーゼ」、2021年1月に表題曲の作詞を夏川、作曲を田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)が手がけた5thシングル「クラクトリトルプライド」をリリースした。2020年12月より2021年7月にかけてZeppツアー「LAWSON presents 夏川椎菜 Zepp Live Tour 2020-2021 Pre-2nd」を開催。2022年2月に2ndアルバム「コンポジット」をリリースした。5月よりライブツアー「LAWSON presents 夏川椎菜 2nd Live Tour 2022 MAKEOVER」を行う。