ナタリー PowerPush - 中塚武
スウィングするソングライターの10年史
ジャンルの表面に乗っかると上滑りする
──そういう意味では、すごくおしゃれなイメージのあるベスト盤なんですけど、ある意味流れに逆らってもいる“男気”みたいなものも感じるんですよ。
こうやって不器用にしか生きられないヤツって、たいていクラスには1人はいるんです(笑)。でも、そこで抗ったぶん、何年か前の曲が再発見されたりして、色褪せないまま来れたのかなとは思いますね。この10年で、音楽が色褪せていくパターンは自分でもわかるようになったんですよ。「これは今聴くと恥ずかしい!」みたいなの。そういうのはだいたい時代に迎合して作ってるんです。「こういうリズムパターンが流行ってるから」とか思って安易に作ると、あとで恥ずかしいことになりがちです。
──やはりそこは自分なりに抗って、自分を追い込んで作ったものほど愛おしいし、強度も高くなる。
例えば、僕が「Magic Colors」をCM用に作ってたときは、自分で音を切り貼りして「こういう音になるといいな」と思ってすごく苦労してやってたんですけど、今はもうそんな作業はAbleton Liveというソフトを買えば簡単にできるんです。でも、算数の公式を覚えてすぐにやっちゃうのと、自分で「なんでこうなったか?」を考えて出したのとでは、答えは同じかもしれないけど、あとあとになって違ってくると思うんですよ。ジャンルを全体の表面だと思わずに安易に乗っかっちゃうと、ズルズルと上滑りしちゃうんです。ちょっと前にカフェブームみたいなのがあったときに、みんなボッサに走ったじゃないですか(笑)。そう思っていたら「あれ? こないだまでボッサやってたのに、今度はエレクトロ?」みたいな人もいっぱいいた(笑)。あのブームのときに「ボッサやってる人はこんなにいなかったはず」と危険に感じたんですよね。音楽としてボサノバがカッコいいことの元にはサンバの歴史やジャズの文法があるわけで。そこに気が付くかどうかというのはありますね。
──中塚さんが、そこで考えて実践したのは、具体的にはどういうことでした?
1つは、演奏としての再現方法です。それが僕の場合は、歌でした。ピアノを弾いて、歌を歌うというやり方を手に入れなくちゃいけなかった。そこは死にものぐるいでやりました。
何年もコンプレックスだったものが裏返ると強い
──あらかじめ用意されたカッコよさを選ぶのと、その中にあるカッコよさの理由を探っていくのとでは、まったく音楽への接し方が変わっていくでしょうしね。
音楽じゃなくてもそうでしょうけど、物を作る上で表面的なかっこよさを拭き取ったうえで出て来る大事なことって、何年かやらないとダメなものだったりするんですよ。それを身につけるのってすごく地味で面倒くさいから、そこでみんないやになっちゃうんですよ(笑)。僕も「ああ、これをやんなくちゃ無理なのか」って最初はうんざりしましたし。でも、そこは避けて通れない道だったと思ってます。
──そこに気が付くかどうかは大きいですよね。
QYPTHONEをやっていたとき、僕はすごく作曲コンプレックスがあったんです。「ヒップで面白い」とは言ってもらえたんですけど、作曲の地の部分はあまり評価にならないユニットだったので、「個人としての作曲の評価ってどこでされるんだろう? このままハッピーチャームのブームと共に消えてく運命なのかな?」って莫然と思ってもいました。コード進行というものに対する怯えもあったし、曲も思ったように作れなかった。だから作曲をする上で学ばなくちゃいけないコード理論だったり、和声だったり、対位法だったり、数多の名曲のコピーとか分析とか、そういうのを地道にやっていったんです。そんな時期に、「ワンデーアキュビュー」のCMで作らせてもらった「Aguas de Agosto」(2003年)が受け入れられて、僕が作曲家として勉強して発表したものを社会は受け入れてくれるんだと思ったんです。
──須永辰緒さんがDJでかけたくて自分で勝手にリミックスしてしまったという曲でしたよね。
あの曲が認められたことで、作曲家としてやっていけるという自信が付いたんです。そしたら、何年もコンプレックスだったものって、それが裏返ると強いんですね。それまでずっと考えてきたからこそ、自分の強みになるんです。10年かけて、そこをようやく乗り越えられたかなと。
パンクな劇伴作家
──今作にはCMやドラマのテーマ曲もいくつか収録されていますが、黒田硫黄さんのマンガを原作にしたテレビドラマ「セクシーボイスアンドロボ」(2007年4~6月、日本テレビ系列で放送)が、中塚さんにとって初のドラマ音楽だったんですね。
僕も劇伴は初めてだったし、松山ケンイチさんもドラマ初主演だったんですよ。ただあのドラマは視聴率もあまり上がらず……後半に立てこもり事件のエピソードがあったんですけど、その週に現実のニュースとして立てこもり事件があって、1話放送が飛んじゃったりもしました。なんて運の悪いドラマなんだと(笑)。でも音楽に関して言えば、サントラというより自分の作品にしようと思っていたので、ものすごく気合いを入れました。演出は佐藤東弥さん(「ハケンの品格」「家政婦のミタ」などのヒット作を手がける演出家)だったんですけど、打ち合わせに行ったら「こういう曲をお願いします」というオーダーシートがなかったんですよ。場面に合うかどうかもわからないけど、自分の思ったものをぶつけられました。音楽面でもけっこうパンクな作り方だったと思います。
──アルバムのオープニング「Kiss & Ride」もCM用の曲でしたけど、こうしてベスト盤に収まると、短い“スキット”的な感覚になってしまってもおかしくないテレビのテーマ曲やCM曲が、ちゃんと1曲1曲の作品として聞こえてくるんですよ。
「Kiss & Ride」は作ってる最中にCMの依頼が来て「じゃ、これどう?」って出した曲なので、自分の中ではCM曲って感じがあんまりしてなかったんですね。僕にとってCMって仕事じゃないんですよ。「こういうものを作ってくれ」というイメージがあったときに、それを自分の中で咀嚼しまくって全然違うものを出すというのが僕のやり方で。
──CM曲の発注って15秒とか30秒だと思うんですけど、中塚さんの場合、ちゃんと曲として長さのあるものを完成させている感じもします。
最初の頃は、1曲として成立する長さのものしか作ってなかったですね。やっぱり長いものを作るとスケール感が出るんですよ。音楽がブツッと途切れることで、映像にも続きがあるような感じが出てくるんです。
CD収録曲
- Kiss & Ride
- Your Voice(sings with 土岐麻子)
- Countdown to the End of Time
- Cafe Bleu(pour un oui ou pour un non) with Clementine
- 冷たい情熱
- Magic Colors
- Girls & Boys
- The Sweetest Time
- On and On
- SEXY VOICE AND ROBO
- Aguas de Agosto
- 虹を見たかい
- キミの笑顔
- Cherie!
- Black Screen
- Love Wing
- 北の国から
- 〇の∞(ゼロの無限)(※新曲)
DVD収録内容
- On and On (Music Video)
- Black Screen (Music Video)
- 冷たい情熱 (Music Video)
中塚武(ナカツカタケシ)
1998年、自身が主宰するバンドQYPTHONE(キップソーン)でドイツのコンピレーションアルバム「SUSHI4004」に参加。国内外での活動を経て2004年にアルバム「JOY」でソロデビューを果たした。その後はCM音楽やテレビ&映画音楽、アーティストへの楽曲提供など活動の幅を広げ、2010年には自身のレーベル「Delicatessen Recordings」を設立。2011年にはレーベルオフィシャルサイト内にて新曲を定期的に無料配信する「TAKESHI LAB」をスタートさせた。2014年4月にはソロ活動10周年を記念したベストアルバム「Swinger Song Writer -10th Anniversary Best-」をリリース。