ナタリー PowerPush - 蟲ふるう夜に

暗闇の中の光を歌うバンド

世の中の摂理にちゃんと興味を持ってほしい

──では今回のアルバムの話を伺うと、今作はストーリー性がかなり強調されていますよね。この作風は結成当時から?

蟻(Vo)

いや、前作の「蟲の音」からですね。でもまだ当時は断片的なもので、殻をゴツゴツ破っている途中だった気がします。痛い中にいるっていうのかな。今回はそこから、ちょっと殻を破って頭が出てきた段階です。

──殻というと?

わかりやすく言うと、鬱とか、メンタリティの問題ですね。精神的な弱さであり、世界は敵だと思っちゃってる自分とか。

──なるほど。これが3部作の2作目ということですが、かなりスケールの大きな物語ですよね。

そうじゃないと終わらない、っていう感覚なんです。この規模で初めて、ようやく何か伝えられるのかなって。それまではずっと誰か1人に向けて詞を書いてたんです。ある先生や友達を思い浮かべて、1曲で完結していた。でも前作から徐々に、大きな物語にすることでより多くの人に届けられるといいなと思うようになったんです。

──今作の物語の中で、伝えたかったテーマやコンセプトというと?

ポイントとしては、4曲目の「オオカミの森」かなと思ってます。人間の子供を食べているオオカミを、主人公が「血も涙もないケモノ」と思って殺しちゃうんだけど、実はそのオオカミも母親だったという話。残された子供は「どうしてお母さんは殺されたんだろう」と考えてしまう。ありきたりなことかもしれないけど、今の生活が当たり前だと思わないでほしいんです。どうやって生き物が殺されて、私たちの口に入るのか、世の中の摂理にちゃんと興味を持ってほしい。あと、主人公は自分の街を出て旅をしているんですが、「どこにでも行ける」ことは「ここから逃げる」ことだと悩むんです。それで、11曲目の「守るべきもの」で彼がどんな選択をするのかは、じっくり聴いていただきたいと思っているポイントですね。

私たちに足らないのはアレンジャーだった!

──編曲として松隈ケンタさんが入っていますが、今まで誰かにアレンジをお願いしたことはあったんですか?

一度もなかったんですよ。自分たちで作ることが誇りでもあったし、変なプライドもあったから。でもずっと、ゴツゴツと殻を叩いているのに抜け出せない感じはあったんですよね。私たちの曲は最高だ!って思いながらも、もうひとつ突破する方法がわからなかった。

──何かが足らないと。

蟻(Vo)

そうそう。でもそれが何かはわからず、外からヒビを入れてくれる人が必要なんじゃないか、誰かにサポートをお願いするときが来たのかなって思い、じゃあアレンジャーだ!って。プロデューサーから松隈さんを紹介していただいて、BiSのコンサートを観させてもらい、音がカッコよかったのでお願いすることにしました。

──実際に一緒に制作してみて、いかがでした?

すっごいよかったです。ドラムのパターンが少し変わっただけでこんなに違う雰囲気になるのか!って、驚きばっかりでした。「ああ、私たちに足らないのはアレンジャーだった!」ってすぐに思いました。

──殻が破れた?

突き破りましたね。

──松隈さんというと、ドラムのリズムが特徴的ですよね。

そうそう。いっくんが松隈さんに「これ覚えておいて」って音源を渡されたんですけど、人間の手じゃ追いつかないくらいの難しさだったんですよ。でも本当にがんばり屋さんなので、毎日スタジオに入って血が出るまで練習してマスターしたんです。そしたら松隈さんが「人の手で叩けると思ってなかったのに」って。

──ヒドい!(笑)

でもレコーディングは毎回楽しかったし、できあがった作品も満足いくものになったので、本当に松隈さんにお願いしてよかったですね。

ちゃんと決まってくるよって伝えてあげたい

──では今後、アーティストとして何を歌い、伝えていきたいですか?

悩んでいたりつらいことがあっても、解決するための答えってみんなの中にちゃんとあるはずで、私たちが1から教えてあげることはできないんです。だからせめて、きっかけを作ってあげることができればいいなとは思います。

──蟻さん自身いろいろな経験をしてきたけど、今はアーティストとして立派に生きているわけじゃないですか。それは同じような境遇にいる人たちにとって、すごく希望だと思うんですよね。

そうですね。高校までは自分が世界一不幸だと思っていたけど、そんなわけないじゃんって今なら笑えるんです。過去の境遇も、むしろラッキーだったし楽しかったって思えるようになった。だってこれだけいい仲間と出会えたから、もうチャラですよ(笑)。だから、今暗い場所にいると思っている人も、それは必ずいつか終わるんだよ、ちゃんと決まってくるよって伝えてあげたい。

──決まってくる?

自分の中でモヤモヤしたものがあっても、いつか固まってくるし、ひとつになると思うんです。将来に悩んでいる人も多いだろうけど、やりたいことをやっていれば、ちゃんと心は決まってくるんだよって。だから安心してほしい。誰かを救いたいなんて言うと偉そうだけど、ちょっとでも助けてあげられるアーティストになりたいですね。

蟻(Vo)
レンタル&配信限定アルバム「蟲の声」 / 2013年7月17日発売 / 1800円 / PROJECT SHIROFUNE / SFCD-10004
レンタル&配信限定アルバム「蟲の声」
収録曲

~序章~

  1. 蟲の声

~白の少年編~

  1. 白の出会い
  2. ふたつの旅立ち
  3. オオカミの森
  4. 変わる景色

~黒の少年編~

  1. 幻水の都
  2. 黒の出会い
  3. 一緒に逃げよう
  4. 戦争

~灰の都編~

  1. 灰の都
  2. 守るべきもの
  3. 別離
蟲ふるう夜に(むしふるうよるに)

2007年、蟻(Vo)、慎乃介(G)、郁己(Dr)の3人で前身となるバンドを結成。2008年には1stシングル「赤褐色の海」を発売し、同年のYAMAHAオーディションで準グランプリを受賞する。2008年10月9日にはバンド名を「蟲ふるう夜に」に変え、新たなスタートを切る。2009年に1stミニアルバム「蟲の黙示」を発売。その後、精力的にライブを重ね、2010年12月には1stフルアルバム「僕たちは今、命の上を歩いている」を発売。2012年よりベーシストとして春輝(ex. THE冠、SECOND EFFORT)が加入し、8月にアルバム「蟲の音」をリリースした。「蟲の音」がiTunes Storeロックアルバムチャートにてトップ30にランクインするなど期待の高まる中、2013年7月にニューアルバム「蟲の声」をレンタル&配信で発表した。