森口博子インタビュー|真摯に音楽と向き合ってきた40年、“全曲入魂”のアニバーサリーアルバム (3/3)

「水の星へ愛をこめて」を聴いてきたファンの皆さんに向けて

──そして、森口さんが作詞を手がけた「ペンタス」からは、エンディングまでエモーショナルなバラード調の楽曲が続きます。

「ペンタス」はドラマ「101回目のプロポーズ」の音楽を担当されていたピアニストの西村由紀江さんが作曲と編曲を手がけてくださいました。由紀江さんのピアノが本当に大好きで、40周年の機会に「一緒にピアノ1本で歌いたい」とリクエストしてみたんです。由紀江さんのピアノってとにかく透明感に溢れていて。そこで切ない方向に寄せるか、温かくて陽だまりのような方向にするかですごく悩んだんですけど、打ち合わせのときに音楽プロデューサーでレコーディングディレクションとアレンジを担当している時乗浩一郎さんに「だったら混ぜちゃえばいいんじゃない?」と言ってくれて。「それはいいかも!」と思い、由紀江さんにそうお伝えしました。この曲のレコーディング時期も足を骨折して歩けなかったタイミングで、落ち込んで前を向けなかったんですね。家のカーテン越しに見える日差しが美しければ美しい程苦しくて、「外はこんなに明るいのに、自分だけ社会から取り残されている」とネガティブな気持ちを抱えてしまっていたのに、周りの皆さんは驚くくらい献身的にサポートをしてくださった。自分のためだけにがんばろうとすると限界があるけど、支えてくれる家族や周りの人のためなら立ち上がれる……そういう思いを、ストレートに歌詞につづったのがこの曲です。

──「願い事」「希望が叶う」という花言葉を持つペンタスの花をタイトルに用いたのも、当時の森口さんの状況があってこそですよね。

はい。ペンタスって見たことありますか? すごくちっちゃくて、お星様の形をしているんです。ちっちゃいことの積み重ねで願いを叶えようとする……私自身がペンタスという花とシンクロしているなと思って、このタイトルを選びました。

──この曲のレコーディングは、ボーカルとピアノの一発録りだったとか。

そうなんです。緊張感がすごかったんですけど、イントロで由紀江さんからパスを受け取って私がAメロを歌い出し、お互いにパスを続けながらクライマックスまで持っていって。由紀江さんとも20代の頃から何度もご一緒してきて、いろんなことを乗り越えてきたので、そういう感情が随所に反映されていると思いますし、一発録りじゃなかったらこの仕上がりにはならなかったんじゃないかな。

──続く「聖なる惑星 -Sanctuary-」は、森口さんのデビュー曲「水の星へ愛をこめて」を手がけた売野雅勇さんとニール・セダカさんによる書き下ろし曲です。40年を経て再びこのタッグでの楽曲提供が実現するとは想像していませんでした。

正に!「機動戦士Zガンダム」の主題歌「水の星へ愛をこめて」はずっと歌い続けてきた大切な楽曲。40周年のタイミングに原点回帰という形でお二人に新曲を作っていただけたのは、本当に奇跡ですよね。しかも、売野さんの歌詞が歌い出しから素晴らしくて……だって「涙はたったひとつだけ 心が造れる宝石」ですよ? 「涙は人間の感情で湧き出てくるものだけど、つらい涙もあればうれし涙もある。全部含めてそれ自体が美しくて、“心が造れる宝石”なんだよ」という高尚なメッセージは、今の年齢だからこそ歌えるなと思いました。売野さんはこの曲の歌詞を書くことがプレッシャーだったとおっしゃってくださって。私、この曲をオーダーする際に「『水の星へ愛をこめて』を聴いてきたファンの皆さんに向けて」ということだけお伝えしたんです。そしてニール・セダカさんと40年を経てのタッグという話も含めていろいろと汲み取ってくださった結果、「聖なる惑星」というパワーワードを捻り出してくださいました。このタイトルを目にした時点で「勝った!」と思いましたよ。

──今の森口さんが歌うからこそ歌詞に説得力が生まれていますし、サウンドやアレンジに関してもしっかりモダンに進化しています。

歌詞のメッセージをしっかり伝えたいと思ったので、アレンジについては音数を減らした「バラード調で始まる曲にしたい」と時乗さんにリクエストしたんです。静かに曲が始まると、歌詞がより浮き彫りになるじゃないですか。途中からリズムが加わって曲が盛り上がっていくんですが、そこに関しては現代のテイストを入れて、「水の星へ愛をこめて」からアップデートした世界観が構築されています。

濃厚な過去を振り返りつつ、ここからまた次に進んでいく

──アルバム終盤の「ETERNAL WIND ~ほほえみは光る風の中~(40人の森口博子によるアカペラヴァージョン)」は、デビュー35周年記念アルバム「蒼い生命」収録の「水の星へ愛をこめて(35人の森口博子によるアカペラヴァージョン)」に次ぐ、森口さんの声のみで構成されたセルフカバーです。

35周年の時点で「40周年のときは『ETERNAL WIND ~ほほえみは光る風の中~』のアカペラバージョンをやらないとね」と考えていたので、個人的には「いよいよ来ました!」という感覚でした。時乗浩一郎さんが考えてくださったコーラスワークがとても美しいんですけど、40トラックも声を重ねるのって相当に骨の折れる作業で。加えて、起承転結がはっきりしている曲をアカペラで表現するのも難しいんですよね。でも、森口博子と森口博子がセッションすることによってさらに膨らみが生まれて、まるで宇宙の中で聴いているような感覚を得られると思います。今回のアルバムもトラックダウンやマスタリングにがっつり参加させていただいたんですけど、この曲の音源はマスタリングのときにAとBの2つのバージョンが存在していて。私の好みはハイが強いキラキラしたAバージョンでしたが、私以外のスタッフ全員が音が豊かに響くふくよかなBバージョン推しだったんです。プロデューサーは「森口さんの40周年だから、最終的には森口さんが決めたものでいいですよ」と言ってくださったものの、「ファンの皆さんはどんな気持ちでこの曲を受け取るのかな」と考えたら、大多数がいいと言ったBバージョンのほうが喜んでもらえるんじゃないかなと思って、最終的に今のバージョンにしました。決め手は「宇宙空間にいるのはどっちか」でした。

──そしてアルバムを締めくくるのは、畑亜貴さん作詞、木根尚登さん作曲の「真心ブーケ」です。

木根さんの書くバラードと言えば、その美しさでファンの方の間では有名じゃないですか。私も大好きなんです。なので、今回は王道の“キネバラ”をお願いしました。木根さんとはプライベートでも付き合いが長いですし、一緒にアコースティックツアーで全国を回ったりと、お互いのことを深く理解している仲なので、細かいオーダーはしませんでした。そうしたら、「博子ちゃんの『My Way』を書きました」と言ってくださって。

森口博子

──フランク・シナトラの「My Way」のことですね。

はい。琴線にふれるバラードに感動しました。木根さんは「メロディは『My Way』のつもりで書いたけど、歌詞の内容に関してはお任せします」と言っていましたが、こんなにも壮大で温かみのあるバラードなら歌詞も「My Way」しかない!と思い、畑さんにそうお伝えして。そうしたら、「涙は笑顔の準備だよと」「転んで立ちあがったこと 嵐を越えたこと すべてが愛しくて」など、これまでの時間を抱き締めてあげたくなるような歌詞が上がってきて、思わずウルッときちゃいました。

──未来へ進んでいくうえでの所信表明のようにも受け取れる歌詞ですよね。

長く生きていると思いがけない突然の別れもあるし、決していいことばかりじゃないけど、それでも「出会いと別れの先の 出会いを信じる」という歌詞の通り、出会いを信じて何に対しても誠実に前に進んでいくしかない。「真心ブーケ」は、今回のアルバムの最後を飾るにふさわしい1曲だと思います。

──それにしても、今作は本当にバラエティに富んだ濃厚な内容で、40年の歩みが感じられると同時に今の森口さんもしっかりと表現された、新たな名刺のようなアルバムに仕上がりましたね。

新たな名刺、いいですね! そのフレーズ使わせていただきます(笑)。ずっと応援してくれているファンのみんなと一緒に過ごしてきた濃厚な過去を振り返りつつ、ここからまたともに次に進んでいくよという決意表明もしていて。私の音楽活動についてまだ知らない人には、森口博子の音楽がこんなにも丁寧に作られていること、40年間情熱がブレることなく歌ってきたことをしっかり理解してもらえると思いますし、今の私が持ち得るものすべてを出し切った自信の1枚なので、新しい名刺というのは本当にその通りだと思います。

プロフィール

森口博子(モリグチヒロコ)

1985年にテレビアニメ「機動戦士Ζガンダム」オープニングテーマ「水の星へ愛をこめて」でデビュー。1991年には映画「機動戦士ガンダムF91」の主題歌「ETERNAL WIND ~ほほえみは光る風の中~」がヒットし、同年から6年連続で「NHK紅白歌合戦」に出場した。ガンダム楽曲をカバーおよびセルフカバーしたアルバム「GUNDAM SONG COVERS」シリーズを2019年から2022年にかけて発表し、3作品すべてがオリコン週間アルバムランキングにてトップ3以内にランクイン。2019年に「日本レコード大賞」企画賞を受賞した。2023年5月にリリースした“大人のためのアニソンカバーアルバム”をコンセプトとした「ANISON COVERS」もチャートで好成績を残し、2024年8月にその第2弾作品「ANISON COVERS 2」を発表。2025年12月にデビュー40周年記念アルバム「Your Flower ~歌の花束を~」をリリースした。音楽活動のみならず、バラエティ番組など幅広いジャンルで活躍している。