植松伸夫が「FF」音楽を今、再構築する理由|「Modulation - FINAL FANTASY Arrangement Album」特集

植松伸夫がゲーム「ファイナルファンタジー」シリーズの音楽を再構築し、11月9日にリアレンジアルバム「Modulation - FINAL FANTASY Arrangement Album」として発表する。

そんなニュースが届けられたのは今年6月のこと。「FF」誕生35周年という節目にアナウンスされたその報せに、多くのゲームファンが沸き立った。

ゲームファンが熱視線を注ぐ「Modulation - FINAL FANTASY Arrangement Album」は、「悠久の風」「ビッグブリッヂの死闘」「オープニング~爆破ミッション」「ザナルカンドにて」といったオリジナル音源を植松自身がサンプリングし再構築した音源を収録した作品。過去と現在の「FF」音楽が融合した、マスターピースとも言える内容に仕上がっている。

「FF」の音楽と言えば、ジャズ、オーケストラ、チップチューンなどさまざまな形にアレンジされてきたが、植松自身がそれらの音源に参加することはほとんどなかった。なぜこのタイミングで自らの楽曲を再構築することにしたのか。その理由を聞いた。

取材・文 / 倉嶌孝彦インタビュー撮影 / 上山陽介

「当時の自分の力不足を感じていた」

──「Modulation」の発売が発表されたのは、今年6月に開催されたTHE PRIMALSのライブに植松さんがサプライズで出演したときでした(参照:THE PRIMALSが“光の戦士たち”と2日にわたりライブで熱戦、レジェンド・植松伸夫も駆けつける)。その際に植松さんが「自分が作った『FF』の曲を振り返るのを避けていた」といったことをおっしゃっていたのが意外でした。

もともと僕は昔の自分が作ったものをほとんど聴き返さないんですよ。黒歴史とまでは言わないけど、当時の自分の力不足を感じていたから、「恥ずかしい曲を作っちゃったな」という思いがずっとあって。

──「FF」の音楽はリメイク作品などが出るたびにアレンジされてきましたが、過去に生み出した楽曲を植松さん自身がリアレンジする機会もほとんどなかったそうで。

リアレンジというのがどこまでを指すかにもよりますが、例えばバンドで「FF」の曲を演奏する場合は、ざっくりとしたデモを作って、そのあとはメンバーに委ねていましたし、オーケストラで演奏してもらう際は自分なりにパートの譜面をちょこっと書いて、あとは専門家にお任せで。吹奏楽アレンジの「BRA★BRA」はシエナさん(シエナ・ウインド・オーケストラ)に投げっぱなしだし(笑)。日本では最終的に筆を入れた人の名前がアレンジャーとしてクレジットされる傾向があるので、僕もこれまで監修はしていたけど編曲として名前が載る機会はそこまで多くなかったんですよ。それこそ、今回の「Modulation」のように最後の最後まで僕が1人で「FF」の曲をアレンジし直したのは今回が初めてじゃないかな。

植松伸夫

──なぜこのタイミングで「FF」の曲を振り返ることに?

最近になってようやく、当時作った楽曲は稚拙ながらも一生懸命作ったものだから、それをずっとなかったことにして生きていく人生はなんだか嘘っぽいんじゃないか、と思うようになった。それに加えて今ならこの曲たちにもっと面白い洋服を着せられるんじゃないか、みたいな思いもあって、「Modulation」、つまり“変調”という形のアレンジに挑戦してみました。

──メロディだけを踏襲してまったくゼロから作り直すこともできると思いますが、今作の収録曲には当時の音源をそのまま使っている部分も多いですよね。

恥ずかしいからって全部作り直しちゃうのもなんか違うなと。あくまで僕がやりたかったのは衣装替えだから、それには当時の音が必要なんですよ。ファミコン時代の曲だったら、PSG音源が鳴ってないといけなかった。今聴き返すと、ファミコン時代の音は3音しか使えなかったし、容量も限られていたから、やっぱり稚拙に聞こえてしまうところはある。でも今の自分なら、この3音のPSG音源を踏まえたうえで面白い音楽にできると思ったんだよね。

新しい音楽との出会いはYouTubeで

──例えば1曲目に収録されている「メインテーマ ~ マトーヤの洞窟」は1987年に発売された「FF1」の曲ですが、「Modulation」に収録されているバージョンはダンスミュージックに振り切ったかなり現代的なアレンジに仕上がっています。ちゃんと今の流行を取り入れて、ジャンルがクロスオーバーしているのも今作の聴きどころだと思いました。

カッコいい衣装替えをさせてあげようとは考えていたけど、今どういう音楽が流行っているかはまったくと言っていいくらい考えていないんですよ(笑)。いろんなジャンルの曲を作ってきたから「流行に敏感な人」みたいに思われることもありますが、僕は昔から今まで流行の音楽を追いかけたことがない。もちろんディスコが流行ってユーロビートの四つ打ちがよく流れてるらしいからキックを入れる、くらいのことは当時からしていたけど、チャートで今何が勢いがあるかとか、そういうことには全然興味がないんですよね。だって歌謡曲とか流行りの曲は、自分から聴きにいかなくてもテレビとか街中で流れているじゃない。だからなるべく街中でかかっていないもの、自分が発見して興味を持った音楽を能動的に聴くようにしていました。

──植松さんは普段どんな形で新しい音楽と出会っているんですか?

最近はもっぱらYouTube。いろいろ検索してみると聴いたことのない面白い音楽と出会えるんですよね。僕が今一番気になっているのはハニャ・ラニさんというピアニスト。クラシック出身の方だと思うんですが、クラシックって一時期「わかりやすい音楽を作らない」みたいな風潮が強い時期があって。「誰もやっていないことをやったら勝ち」みたいな価値観が、作曲家とそれを取り巻く環境の中で主流になっちゃったんですよね。音楽を聴いて楽しむ人の立場からしたら、むしろクラシックをつまらないと感じることが増えてしまった。その反動があって、30代から40代くらいの作曲家たちはわかりやすいクラシック音楽を作り始めていて。ハニャ・ラニさんはその一派の方なんじゃないかなと予想しています。

植松伸夫

──具体的に従来のクラシックとどう違うんでしょうか?

マイケル・ナイマンのようなミニマルな音楽を奏でているようで、右手ではわかりやすいメロディを弾いて民衆の心をつかむ。ふと気付くと隣にシンセサイザーが置いてあって、シンセとサンプラーを巧みに操って自分が弾いたフレーズをサンプリングしてループさせながら、その上にまた新しいメロディを重ねていく。クラシック音楽がやっと民衆のものに戻りつつあるとわからせてくれるような、聴いていてすごく気持ちがいい音楽なんですよ。こういう若い作家がクラシックの世界に出てきているのは非常に面白いと感じています。

──流行は追いかけていなくても、植松さんは新しいものに対する感度がものすごく高い気がします。

うん。そうかもしれないですね。誰もやっていないことをやっている音楽が刺激的で大好き。それに負けないように自分も新しいことを、もっと面白いことをやらなきゃいけないと思えますから。

「Blue Fields」は僕のお気に入り

──アルバムには「FF1」から「FF10」までのタイトルから1曲ずつ、計10曲が収録されていますが、どのように選曲したんでしょうか?

「ビッグブリッヂの死闘」「ザナルカンドにて」、あと「FF7」の「オープニング~爆破ミッション」みたいな定番曲を選びつつ、それとは真逆でこれまであまり日の目を見なかったけど僕がリアレンジしたかった曲を選んでいます。

──収録曲の中で「FF8」のフィールド曲「Blue Fields」が選ばれているのが印象的でした。「FF」のフィールド曲という切り口でもあまり人気投票の上位の曲に出てこない曲ですし、「FF8」の楽曲としてもこれまであまり注目を浴びてこなかった曲ですよね。

まさに「Blue Fields」は僕のお気に入りで、いつかリアレンジしたかった曲なんです。伴奏が特殊だし、メロディの音色も特殊。ミニマルミュージックっぽくもあって、「FF」ではほかにあまり似た曲がないんですよね。それとアルバムの構成上、あまりテンポの速い曲が続いてしまうのもどうかなと思って、「Blue Fields」のようなゆったりめの曲を入れたかったのもありますね。

植松伸夫

──1タイトル1曲という縛りの中で迷った曲はありましたか?

例えば「8」で言えば「The Man with the Machine Gun」にする選択肢もあったけど、このリアレンジはすぐできるだろうし、オーケストラとか吹奏楽でたくさん演奏されているから、今回はいいやと思って(笑)。オリジナルのサウンドがすでにアナログシンセっぽいし、たぶん1日作業すれば満足するものができそうだったから、せっかくならばと意外性のある「Blue Fields」を選びました。それと「Blue Fields」「ティナのテーマ」「悠久の風」の3曲は、僕がソロライブをする際のネタの1つとして、アルバムの話が出る前からアレンジを進めていたんだよね。一応許可をもらわなきゃと思って、スクエニさんに「ライブでやっていい?」と聞いてみたら、あれよあれよとアルバムまで作ることになっちゃった(笑)。