植松伸夫が「FF」音楽を今、再構築する理由|「Modulation - FINAL FANTASY Arrangement Album」特集 (2/2)

おちゃらけたアレンジの「ビッグブリッヂの死闘」

──アルバムのジャケットに描かれているのはアナログシンセサイザーですよね? 今作でもシンセサイザーの音色が随所で鳴っていますが、植松さんにとってシンセサイザーという楽器はどういうものですか?

シンセサイザー、特にアナログシンセサイザーは人生を懸ける意味のある楽器だなと思っています。初めてシンセの音を聴いたのは中学生のときくらいかな。ラジオから聴いたことがない音色が流れてきて、日本にはまだ存在しない楽器に思いを馳せていたんですよ。高校生くらいになってようやくローランドさんやヤマハさんから20万円くらいするけど1音しか出せないシンセが発売されて。僕が初めて自分のシンセを手に入れたのは大学生のときだったかな。どうやったら音が出せるか、シンセの専門書で電圧の勉強をしながら触ってみたけど、当時流行していたKraftwerkの音楽を理解するまでには全然至れなかった。あれから何十年も経ってからKraftwerkの音楽に改めて触れたとき、その偉大さが当時よりもよく理解できたんですよね。冨田勲先生もモーグの大きなシンセをずっと使い続けた方ですし、アナログシンセはものすごく奥が深いぞ、と今でも思っています。

植松伸夫「Modulation - FINAL FANTASY Arrangement Album」ジャケット

植松伸夫「Modulation - FINAL FANTASY Arrangement Album」ジャケット

──植松さんの場合、アナログシンセの人というより、デジタルシンセでライブをするイメージもあります。

今はデジタルの時代ですし、作曲はソフトシンセを使うことが多いですね。ソフトシンセは設定をセーブできるのがいいよね。アナログシンセのサウンドはもっと一期一会的というか、まったく同じ設定にするのは難しいから。現代におけるアナログシンセは鍵盤楽器ではなくて、電圧で音を制御する装置の1つとして機能している感覚に近いかな。それはそれで、すごく面白い。

──アルバムの収録曲で言うと、「ザナルカンドにて」の原曲ではピアノだったメロディがシンセに置き換わっていますよね。

そこはシンセで新たに弾いたわけではなくて、実はオリジナルのサントラに入ってる音にエフェクトをかけているんですよ。サントラで流れている音色をそのまま持ってきて、それを揺らしたり、フランジャーをかけたり。これも“Modulation”なんです。

植松伸夫

──なるほど。ちなみに2コーラス目のオリジナルのメロディは弦楽器的なアプローチになっていますね? これに関しては?

そこはちょっと盛り上げたくなったのか、新たに弾いています。でもなかなかうまくいかず、何度も録り直しました。自分で作ったのにうまく弾けないんだよなあ(笑)。

──THE PRIMALSのライブに限らず、最近はソロライブも多く、植松さんがステージに立つ機会が増えていますよね。植松さんはプレイヤーとしてのご自身のことをどう捉えていますか?

正直に言うと、そこまで楽器を弾くのが上手じゃないことは自覚しているんですよ。だからそれが極力目立たないようにステージに立ってます(笑)。でもそれって、1つの技術なんですよ。難しいことをがんばって見せるのも技術だけど、自分が苦手なことをお客さんに悟らせないように弾くのも技術。これは楽器に限らずいろんな仕事でも応用が効くことかな。すごいことができる人だけが技術的に優れているんじゃなくて、自分の苦手を避けて失敗しないように物事を進めることができるのも優れた技術なんですよ。だから僕は、演奏で無茶しないようにしています。

──例えば「ビッグブリッヂの死闘」のイントロのような速弾きの部分にライブで挑戦するか、といった話ですよね。

そうそう。あんな難しいの、本番で弾こうなんて思わないもん! あれをちゃんと弾けているのは清塚(信也)さんくらいしか見たことないな(笑)。

──「ビッグブリッヂの死闘」は、今作の収録曲の中でも特に人気の高い曲ですが、植松さんは多くのファンに愛されるこの曲をどう捉えているんですか?

「ビッグブリッヂ」って、僕の中ではそんなに重要な曲ではないんですよ(笑)。でもそんな僕の思いとは別に、コンサートでのリクエストが非常に多い曲で。だからオーケストラでも吹奏楽でも、ロックバンドでも演奏される定番の曲になっちゃって。もちろん、楽曲を愛してもらえるのはありがたいことなんですが、僕としてはちょっと複雑な気持ちもあったかな。

──「Modulation」では、あえてそこに向き合っているわけですよね。

向き合うと言ってもね、ちょっとおちゃらけた感じなんですよ(笑)。原曲の音をちょんぎってちょんぎって、繰り返しのところの回数をちょっと増やしてフェイントをかけたり(笑)。それぐらいやらないと、「ガチで植松が『ビッグブリッヂ』やってるよ!」と思われるじゃないですか。

一番印象に残っている「FF6」の打ち上げ

──アルバムの音源制作を通して、ゲームのタイトルを振り返る機会にもなったと思いますが、植松さんがもっとも印象に残っているタイトルはどれですか?

全タイトルで全力投球をしていたので、全部に思い入れがありますが、強いて言うなら「FF6」かなあ。一番印象に残っているのが「6」の制作が終わったときの打ち上げで、坂口(博信。「FF」シリーズの生みの親であるゲームクリエイター)さんが「銀河一、素晴らしいソフトができました」と言ったんですよ。これまでそこまで大きなことを言ってた記憶がなかったから、相当やりきったんだろうな、と思って僕もうれしかった。あの言葉が忘れられないから、どれか1つと言われたら「6」ですね。「FF」って、ある意味洗練されていないタイトルだったんですよね(笑)。例えばエニックスさんの「ドラゴンクエスト」はプロ集団の仕事というイメージがあったけど、スクウェアの「FF」は若い人間が集まって力技で作っていく感じ。「何年もこの世界でやってます」みたいなプロフェッショナルは、イメージイラストを描かれていた天野(喜孝)さんくらい。初期の頃はシナリオを書いてる人間も、音楽を作ってる人間もみんな20代でしたから。

植松伸夫

──逆に言えば、制作現場がフレッシュであることの表れでもありますよね。

うん。だから無茶できていたのかもしれないね。もし「FF」の制作現場にベテランがいて「もの作りというのはこうだ!」って教えてくれる人がいたら、もっと違うものができていたかもしれない。前のタイトルで作ったシステムを壊してまたイチから作る、みたいなことの繰り返しでしたから(笑)。結局「FF」って坂口さんが持つ“坂口イズム”を受け継いでいったタイトルだと思うんですよね。

──その“坂口イズム”というのを具体的に言うと?

まず自分が無茶をするんですよ。で、誰1人としてサボることを許さない(笑)。やらせるからには自分にも負荷をかけて、それを見て下の人たちがついてくる、みたいな泥臭いやり方が坂口さんのイズムでした。僕はもうスクエニを離れてしばらく経つから、坂口イズムがどこまで継承されているかわからないけど、ああいう精神が当時の現場には必要だったんじゃないかな。

植松伸夫は“これからの人”

──植松さんはこれまでいろんなインタビューの中で「ゲーム音楽はもっと面白くなったほうがいい」とおっしゃってきました。今回のアルバムは植松さんなりの面白さの提示だとも感じましたが。

意外と本人は無責任に作ってしまいました(笑)。面白さの提示とか、若い世代に背中を見せるとかじゃなくて、自分が楽しくなっちゃったから自由に作ったのが今回のアルバムかな。でもこれも音楽の楽しみ方の1つですから、そういう切り口でのサンプルにはなったんじゃないかな。

植松伸夫

──今回は「FF」音楽のリアレンジに挑まれましたが、これから植松さんの中で音楽的に挑戦してみたいことはあるんでしょうか?

ありますよ。あるけどまとまった予算が必要になるし、ちょっとしんどいからあと回しになっています。具体的なアイデアもあるけど、パクられたら嫌だから言えません(笑)。

──THE PRIMALSのライブに出演した際には、「これからもライブに力を入れていく」とおっしゃっていましたが、ライブに関してはどう考えていますか?

最近のライブは楽しいですね。過去にロックバンド(EARTHBOUND PAPAS)を組んでいた頃は海外にも呼んでもらって、ものすごく大きなステージに立たせてもらったりしたんだけど、手応えがなかったんだよね。だだっ広くて音響がよくないし、モニター環境も劣悪だから自分が何を弾いているかわからないのに盛り上がっちゃう。いろんな人に喜んでもらえるのはうれしいんだけど、間違えようが音のバランスが悪かろうが、何をやっても大盛り上がりしてしまうようなライブに冷めてしまって、そういうのはもういいんですよ(笑)。この歳だからまだその状況を疑問に思えるけど、もし若い人が同じ状況に遭ったら人間終わると思いますよ。「俺すげえんだ!」って勘違いしちゃう。

──自分の置かれている状況を冷静に見ていたんですね。

63歳になってやっと「ちゃんと生きよう」と思っただけかもしれないけど(笑)。どうせやるなら自分がやった演奏をちゃんと聴いてもらって、いいと思ってくれたら拍手をもらえるような、そういうライブをしたくなった。だから僕のピアノにパーカッションとギター、それにボーカルという小さめの編成で、自分が責任を取れる音楽をやりたいんです。

──作曲家としてはもちろん、プレイヤーとしてもまだまだ植松さんが現役であることに安心しました。

もちろん現役ですよ。でも練習とかがまだまだ足りてませんし、現役というか僕はまだまだこれからの人なんじゃないかな(笑)。

植松伸夫

プロフィール

植松伸夫(ウエマツノブオ)

作曲家。1986年スクウェア入社。ゲーム「ファイナルファンタジー」シリーズ、「魔界塔士Sa・Ga」、「クロノ・トリガー」などのBGMを担当。2004年に退社後、SMILE PLEASE、Dog Ear Recordsを設立。数多くのゲーム音楽を手がけ、2020年リリースの「FINAL FANTASY VII REMAKE」では新たにテーマソングの作曲を担当。収録されたアルバムが「日本ゴールドディスク大賞・サウンドトラック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞。ゲーム音楽の作曲活動以外にもオーケストラによる世界ツアーを制作総指揮し、グローバルに活動の場を広げている。近年では、ソロおよびバンド演奏をはじめ、自身がストーリーと音楽を担当した「ブリコの物語」の朗読ライブなど、さまざまな形式での演奏を盛り込んだ「植松伸夫 conTIKI SHOW」を開催し、演奏活動も注目されている。