2017年にevening cinemaとcinnamonsによるコラボ曲として発表されたラブソング「summertime」。「君の虜になってしまえばきっと」というサビのフレーズが印象的なこの曲は、2020年夏にTikTokをきっかけにティーンの間で話題となり、その後Spotifyによる2020年に海外で再生された国内楽曲ランキング7位にランクインしたり、YouTubeに東南アジアの若者たちを中心としたカバー動画が多数アップされたりと、国内外から広く愛される楽曲となった。
そんな「summertime」の公式カバーボーカルオーディションが、ライブ配信 / 動画コミュニティアプリ「MixChannel」(以下ミクチャ)にて4月に開催された。同オーディションの合格者にはミクチャ配信者の大学生・すうが選ばれ、彼女が歌唱する「summertime」のカバー音源を使用した新たなミュージックビデオとショートムービーが制作された。
音楽ナタリーでは「summertime」の作詞作曲を手がけたevening cinemaの原田夏樹(Vo, Key, Composer)と、公式カバーボーカルオーディション合格者のすうによる対談をセッティング。今回のオーディション企画で出会った2人の音楽観や、さまざまな形で広がりを見せる「summertime」という楽曲の魅力について語ってもらった。
取材・文 / 天野史彬 撮影 / 朝岡英輔
1日に8時間歌うライバー
──evening cinemaとcinnamonsのコラボ曲「summertime」は、TikTokなどを通して日本だけでなく東南アジアなどにも広まりカバーされていますが、今回、こうしてミクチャでオーディションの課題曲となりオフィシャルカバーが制作されるという企画について、曲の作者である原田さんとしてはいかがですか?
原田夏樹(evening cinema) 率直にうれしいです。「summertime」はすでにたくさんのカバーがネットに上がっていますが、僕としては、「どんどん歌ってください」というテンションなんですよね。自分の楽曲をカバーされることに対するスタンスって、アーティストによって違うと思うんですけど、僕は自分の曲をカバーしてもらうのはすごくうれしい。自分以外の誰かに歌ってもらうことで、自分が考えてもみなかったようなフレッシュな視点に気付くこともあるし、特に「summertime」は匿名性が高い曲だと思っていて。どんな人が歌っても「summertime」になり得るというか、僕らが命を吹き込んだはずのものが、ほかの人の息吹も取り込んで成長していく。不思議な感じがしますし、面白いです。
──そして、今回のオーディションで優勝したのが、ミクチャ配信者のすうさん。なぜ、今回のオーディションに参加しようと思ったんですか?
すう 私は普段、ミクチャ内でライブ配信をして歌っているんですが、配信を始めたのもここ最近のことで、まだ1年も経っていないんです。これまで音楽活動を人目につく場所でやったことはなかったけど、吹奏楽をやっていたこともあって、ただ音楽がずっと好きだったし、音楽以外にもダンス、演技、写真の被写体になることなど、とにかく表現することが好きで。そういう中で今回のオーディンションを知り、「参加してみたい」と思いました。「summertime」のことはもともと知っていましたし、この曲を歌ってみたいという気持ちもあって。それに配信を通して私の声を好いてくれている人たちに、何か作品を見せたいという気持ちもあったんです。でも、自分にとっては大きな挑戦でした。
原田 すうさんと会うのは今日で2回目なんですが、レコーディングで初めてお会いしたとき、「summertime」を事前にかなり歌い込んでくれたみたいで、「しっかり練習してきました」と言ってくれたのが印象的でした。あと、レコーディング時に緊張していると言ってましたけど、「本当に緊張してんのか?」と思うくらい堂々と歌われていて。そういうところは武器だなと思いましたね。僕の周りにはすうさんのように配信を日常的にやっているライバーの方があまりいないので、すごく興味深いなと。レコーディングのときもちょっとお話しましたけど、すうさんって、1日に8時間くらい歌うこともあるんでしたっけ?
すう はい。オーディションがあるときは、朝4時間、夜4時間で合わせて8時間歌っていましたね。
原田 プロのミュージシャンでもそんなに長時間歌っている人、あまりいないですよ(笑)。そんなことしたら喉がぶっ飛んじゃうと思うんですけど、すうさんはそれを普通に、淡々とこなしているんですよね。それは本当にすごいなと思う。1日で歌っている時間は僕より全然長い(笑)。
すう 実際、そんなふうに過ごしていたら喉が飛びました(笑)。でもオーディション期間中は、とにかくネットで検索して、いろんな人の「summertime」のカバーを聴いて。「こういう表現もあるんだ」と勉強しながら、かなり歌い込みましたね。
漠然とそこにあって、人を救ってくれるもの
──すうさんがミクチャで配信を始めたきっかけは?
すう そもそもは配信を始めたいという気持ちがあったわけではなく、ミクチャで歌のオーディションがあるという情報をSNSで見つけたことがきっかけだったんです。それでミクチャに登録して、初めて参加したオーディションでは結果が出せなかったんですけど、そのオーディションを通じて出会った人たちが自分の歌を待ってくれているのを感じましたし、私自身も歌い続けたかったので、配信を続けていくことにしたんです。
──現時点で、ミクチャにどんな魅力を感じていますか?
すう 私は顔出しをしていないんですけど、そういう形でも気軽に配信できる環境が整っていることは大きいです。普段は勉強机に座って、スマホのイヤフォンマイクに向かって歌を歌うという、かなりラフな感じで配信をしています(笑)。顔出しをされているライバーの方は照明とかも気にされていると思うんですけど、私の場合はスマホとイヤフォンとマイクさえあれば、正直、どこからでも配信できちゃうという。それに、ミクチャ内では今回のオーディションのようにいろいろなイベントが行われるので、いろんな経験ができるところもいいなと思っています。私は歌がメインですけど、ほかにも演技やモデルみたいな、いろいろなことに挑戦できるイベントがあって、それぞれの分野で夢を追いかけている人たちをたくさん見ることができる。私も歌を歌いながら、別の夢を追いかけている方のことも見ていて、そういうことができるのがミクチャのいいところだなと思います。夢がある場所ですし、あとはやっぱり、聴いてくださる方々が温かいなと思います。
──配信をしていて、あまりネガティブなことは起こらない?
すう はい。私が顔出しをしていないのも大きいかもしれないですけど。ミクチャに限らず、配信って、結局は人間関係なので……私はありがたいことに、温かい環境に恵まれているなと思います。
──僕も昨日、すうさんの配信を聴かせていただいたんですけど、配信中にさまざまな曲のカバーを歌われていましたよね。歌う曲はいつもどうやって選んでいるんですか?
すう 基本的には自分が歌える曲を歌うんですけど、慣れてくると定期的に配信を見てくれている人の好きな曲が頭に浮かんでくるので、それを歌ったりします。初めて配信に来てくださった方には、「どんな曲が好きですか?」と聞いたりもしますし、もちろん単純に私が歌いたい曲を歌うこともあります(笑)。私は特定のアーティストを好きになるより、曲そのものを好きになることが多くて。特に感情が入る曲が好きなんです。「この曲を聴いたら、あのときの感覚を思い出すなあ」みたいな……曲を聴いて、匂いというか、そのときの五感を思い出すことが多くて。
原田 特定のアーティストやジャンルに縛られないというのは、歌い手としての強みですよね。
すう 配信にはいろんな人が集まってきてくれるので、その人たちが好きな曲を教えてもらって、それを歌うことで、その曲が私自身の思い出にもなっていく感覚です。「あのときの、あの人が好きな曲だったな」って。そうやって自分の好きな音楽が広がっていっていますね。
──この先の目標や夢はありますか?
すう 私は作曲や作詞ができるわけでもないし、顔を公表してステージに立ちたいと思っているわけでもないんです。ただ、とにかく音楽や表現することが好きだし、歌を通して人に寄り添えたらいいなという気持ちがずっとあって。その気持ちが、自分の中に軸としてあります。ミクチャは配信アプリなので、歌を歌うだけじゃなくて、雑談したりコミュニケーションを取りながら誰かの支えになれたりもする。私は今大学に通っていてちょうど就活の時期なんですけど、働いて自立したら大学で学んだことを生かして、社会に貢献しながら、配信で歌も続けていけたらいいなと思います。
──働きながら、配信で歌も届けていくのが現時点の理想なんですね。
すう そうですね。ミクチャは自分にとっても大切な場所なので、ずっと保っていきたいです。顔出しをしていない分できることは限られていると思うけど、歌うことだけずっと続けていきたいです。
──お話を聞いていると、すうさんは「歌は人に寄り添うものである」ということをすごく強く感じられているのかなと思うのですが、なぜそう感じるのだと思いますか?
すう 例えば人がつらかったとき、ほかの誰かが手を差し伸べることもできると思うんですけど、やっぱり他人じゃ救えないところがあるような気がしていて。つらい人にはその人の感情があるし、助ける側にもその人の感情があって、どうしてもこじれてしまうことがあると思うんです。でもそういうときに、歌は強制的に他人の内側に入っていかないというか。歌は漠然とそこにあって、人を救ってくれるものだなと。例えば、ちょっと泣きたい、苦しいなってときに、「あの曲があったな」と手を伸ばせば、歌はずっと変わらずにそこにあるから、その歌に支えてもらえる瞬間があるんじゃないかなと思っています。
原田 とりわけ音楽を作る側になって、その仕事に慣れてきてしまうと、今、すうさんが言ったようなことって忘れがちになってしまうんですよね。自分が小学生で音楽に詳しいわけでもなかった頃は、ピアノを弾くことはあったけど、どうやって音楽を楽しんでいたかなとか、どうやって生活に音楽を溶けこませていただろう?とか……。今のすうさんの話は、いろいろ思い出させてくれた感じがします。
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1980年代が好きだからこそ