1980年代が好きだからこそ
──改めて、オーディションの課題曲となった「summertime」について原田さんに伺いたいです。この曲は2017年にリリースされましたが、そもそもどのようにして生まれた曲だったのでしょうか?
原田 きっかけとしては、cinnamonsとイベントで共演したあとに、一緒に飲み狂っていたんです。僕はお酒が大好きなので(笑)。
すう あははは。
原田 そのときにcinnamonsと意気投合して、「俺が曲書くから絶対に歌ってよ」と半ば無理やり約束したんですよね。僕はその頃、ほかのアーティストさんに楽曲提供をやらせてもらい始めていて、女性がメインボーカルの曲を作りたいという欲求があって。鈴木まりこ(Vo)さんがいるcinnamonsはコラボ相手としてうってつけだったんです。まさか下北沢のライブハウスで酒を飲みながら身内ノリで話していたことが、ここまで大きく広がるとは思いもしませんでしたけど(笑)。国籍が違う人たちまでたくさんカバーしてくれるなんてまったく予想していませんでした。
──サウンドや歌詞に対してはどのようなイメージがありましたか?
原田 1980年代感を出したいということは考えていました。例えば、歌詞に「ドライブ」という言葉が出てきますが、今の若者はあまりドライブに行かないイメージがあって。でもドラマや映画で観たり、あるいは親の話を聞いたりすると、80年代の若者は車を持っていることがステータスだったらしいと。そういう時代の人たちがどんな青春を送っていたのかということを描きたかったんですよね。
──そこにあるのは、憧れのようなものでしょうか?
原田 うん、憧れだと思います。なんというか、80年代っていい意味で無駄が多いじゃないですか。例えば、都内で車を持つことってすごくコスパが悪いですよね。燃費や駐車場代はかかるし、固定資産税も取られるし(笑)、首都圏だったら車がなくても生活していける。車はほんの一例ですけど、ある意味無駄なものをコスパを重視するあまり失くしていったり、効率化や合理化を求めて排除していくという流れが、どうも僕には合わないんです。無駄なものや不合理なものを愛することが、暮らしを豊かにするんじゃないかという考えが自分にはずっとあって。そういう意味で、80年代や90年代という時代にはすごくシンパシーを感じているんです。
すう 今のお話を聞いて思ったのは、「summertime」を聴いて好きになる人って、きっと「80年代っぽいから好き」という人ばかりではないと思うんですよね。でも今の若者に響く、すごくちょうどいい何かがあったんだろうなと思いました。
原田 作っているときは意識していませんでしたが、あとから振り返ると、そういう側面はあったのかなと思います。いくら80年代が好きだからといっても、当時の音楽をそのままやってもつまらないという感覚はあって。例えば、「summertime」のオリジナル音源のBメロには加工した僕の声を入れているんですけど、その編集の仕方は、80年代当時はあまりなかった表現方法だと思うんです。そういう部分は、アップデートといったらおこがましいですけど、あくまでも80年代をそのまま再現するのではなく、80年代へのオマージュというスタンスになっていたんだと思います。
──TikTokで「summertime」のカバーを見ていて驚くのは、この曲を歌っている海外の人たちも、そのまま日本語の歌詞を歌っているんですよね。なぜここまで多くの海外の人がこの曲を日本語でカバーできたのか、原田さんがご自身で思うことはありますか?
原田 1つ言えるのは、メロディに対する歌詞のハマリ方がうまかったんじゃないかなと。これは決して自画自賛ではなく、僕にとっても発見だったんです。僕が作ったというより、もともとあった組み合わせが見つかったというか、たまたまその組み合わせに僕が出会ったという感覚で。デモを作っているとき、ギターを弾きながら「君の虜に」という冒頭のフレーズが頭の中に浮かんだんですけど、「このメロディにはこの言葉以外のチョイスがないな」と思ったんです。ほかにも、日本語に特有の発音はあまり使っていないのかもしれないとか、この曲に関しては思い当たることはあります。あと強いて分析するとすれば、音階、スケールなのかなと。細かい話ですけど、この曲には5つの音で構成されたスケールを使っているんですが、そのスケールは全世界共通で、土着的な民族音楽でよく使われる音階なんです。「summertime」の中でその音階から外れている音はサビの1音しかないので、ほぼ5音階だけで曲が構成されているんです。そういう部分が東南アジアなどの国でも聴かれるポイントになっていたのかなと思いますね。
──なんだかすごいお話ですね。ほぼ5つの音だけで曲を作るというのは、あらかじめ決めていたことだったんですか?
原田 そうですね。80年代という大前提のテーマがあったうえで、シティポップに寄りすぎるのは嫌だったので、ちょっと歌謡っぽさを入れたかったんです。今話した5音階は、歌謡曲や、戦前から歌われる演歌なんかにも使われているペンタトニック・スケールと呼ばれるもので、最初からそれで曲を作ろうとは思っていました。まあ、こういう話は後付けでもありますけどね(笑)。今言ったような細々しいことよりも、MVのアニメーションがレトロチックだったり、音楽以外の要素も複合的に絡み合って、「summertime」は広く歌ってもらえる曲になったのかなと思っています。
ピッチの揺らぎが味になる
──ここからは、すうさんがボーカルを務めた「summertime」の制作について伺います。まず、原田さんから見て、すうさんの歌声はどのような印象を持ちましたか?
原田 ふわっとしているというか、温かみがありますよね。cinnamonsの(鈴木)まりこさんが歌っているオリジナルもかわいらしくて、ふわふわとしたキュートな感じが目立っていたと思うんですけど、それとはベクトルが違った温かさがある。あとすうさんの歌声に特に感じたのは、“ピッチの揺らぎ”ですね。初めてのレコーディング経験で環境に慣れていないこともあったんでしょうけど、そのピッチの揺らぎが味になっていた。すうさんは、自分のカラーであったり自分で表現したいものを、細部までハッキリとはしていなくても、頭の中でちゃんと持っている人なんじゃないかと思いました。
すう 配信を聴きに来られた方に歌の印象を言ってもらうことはありますけど、ここまで細かく言われたのは初めてで……。「はあー、そうなんだ!」という感じです(笑)。
原田 そうやって自分の表現したいものを持っている人でないと、1日8時間も歌うほどの歌好きにはなれないですよね。たぶん、すうさんは自分の中にちゃんとした理想像があって、「そこに近付きたい」という気持ちを持っている人なんじゃないかなと。
すう うんうん、確かに。技術的にもっとうまく歌を歌えるようになりたいとはいつも思っています。でも、歌い始めちゃうと結局、そのときの感情が前に出てきてしまうんですよね。歌を楽しむこと……その楽しさも、ルンルンした気分の“楽しい”じゃなくて、切ない曲だったらとことん切ない気持ちになって、曲そのものに浸ることに集中してしまうというか。
原田 感情ありきでいいと思いますよ。すうさんの場合、これだけ毎日たくさん歌っていれば、技術はあとから知らないうちに身に付いてくるんじゃないかと思います。ただレコーディングに関しては、これはもう経験値がものを言う世界なんですよね。ものすごく歌がうまい人でも、どれだけ自分の声を聴きながら歌えるか、どれだけクリックを上げるか、そういうことの加減によって、上手にも下手にもなる。それがレコーディングというもので、歌自体の技術とは別の力や経験が必要になってくるんです。そう考えるとすうさんは今回、初めて知らないスタジオに連れて来られて、試行錯誤しながらも適応していっていたので、がんばっているなと思いました。偉そうな言い方で申し訳ないけど(笑)。
すう いえいえ(笑)。
原田 僕もできるだけ専門用語を使わないように心がけてディレクションしたので、勉強になりました。すうさんは気分によって歌い分ける人だと思ったので、「ここはこういう気分で歌ってみたら?」という伝え方をしてみたり、新しいディレクションの仕方を学べましたね。
──すうさんは、初めてのレコーディングはいかがでしたか?
すう なんて言えばいいんだろう……とにかく楽しかったです(笑)。
原田 (笑)。
すう 本当に初めてのことだらけで、私も勉強になりました。自分の声とこんなに向き合うことってほかになかったので、すごく新鮮で。今まで生きてきた中で一番鮮明に、自分の声を聴くことができた気がします。レコーディングってここまで曲や自分の声に向き合うものなんだなと思ったし、原田さんにディレクションしていただいて、一緒に考えながら曲を作っていく楽しさも覚えました。最初はものすごく緊張していたんですけど、最終的には楽しさが勝ったなと思います。楽しんで歌えました。
ひとたび作者の手を離れれば
──今回のプロジェクトでは、すうさんが歌う「summertime」のMVと、すうさんと同じくミクチャのオーディションに合格した方々が出演する「summertime」を題材としたショートムービーも公開されるそうですね。MVにはすうさんも出演されていましたが、撮影はいかがでしたか?
すう MV撮影のとき、ショートムービーに出演される配信者の方々とお会いしたんですけど、私、自分以外の配信者さんと直接会うこと自体が初めてで。貴重な経験でしたね。「本当に存在するんだ!」って(笑)。あと、いろんなスタッフさんにサポートしていただきながら撮影をするという環境も初めてで、いろんな方に会えてひたすら楽しかったです。夏のいい思い出になりました(笑)。そういえば、「summertime」は小説にもなっているんですよね?
原田 うん。「peep」というアプリでチャット小説にもしてもらっています(参照:君の虜になってしまえば、きっと|peep)。僕が作れるのは音楽だけだけど、「summertime」は、もはや曲だけの話ではないんだなと感じましたね。音楽だけでなく、映像や小説といったさまざまな受け取られ方をしながら、どんどん僕の手を離れていっているので、面白いなと。当然の話だけど、小説になるとかショートムービーになるとか、ライブハウスで飲み狂っているときには想定してなかったから(笑)。
すう (笑)。
原田 でも、歌って本来そういうものですよね。ひとたび作者の手を離れてしまえば、あとは勝手に歩いていくものなんだと思います。
──MVとショートムービーの撮影は千葉県の九十九里浜で行われたそうですが、「summertime」の歌詞にも“海辺”や“潮騒”というワードも登場しますし、やはり海が似合いますよね。これは大きすぎる質問ですが、人はなぜ“海”を歌うんでしょうね?
原田 最近、日本の音楽をいろいろさかのぼっていて感じることがあって。自分は子供の頃から洋楽ばかり聴いてきたので、「The Beatlesが現れる前はこういう音楽があって」みたいな洋楽の流れは、自分の中でだいたいまとまっていたんですけど、「そういえば日本の音楽のルーツってなんだろう?」と思っていろいろ掘り返したんです。で、例えば「海の歌といえば誰?」と問われれば、僕の場合、サザンオールスターズやTUBEが浮かぶんですが、もちろん、彼らが初めて海について歌ったわけではないんですよね。調べてみると、1930年代くらいの日本にも海を歌った歌は存在して。だから、海は戦前からずっと歌われ続けているテーマの1つなんです。僕自身も、海をモチーフにした曲はこれまでにいくつか作ってきましたし、そう考えると不思議だなと思います。みんな、もしかしたら還りたいのかもしれないですね、海に(笑)。