ナタリー PowerPush - 坂本美雨

初ベストアルバムまでの15年

坂本美雨が初のベストアルバム「miusic ~The best of 1997-2012~」をリリース。このアルバムは、坂本龍一プロデュースによるデビュー曲「The Other Side of Love」から、The Shanghai Restoration Projectとのコラボによる“エレクトロポップ3部作”まで、今年でデビュー16年目を迎える彼女の音楽的変遷を詰め込んだ充実の内容となった。そしてここに並んだ楽曲からはその音楽性以上に、彼女の意識の変化が見て取れるはず。この15年間の道程について坂本美雨本人に話を聞いた。

取材・文 / 大山卓也

「サバ美でいきたいんだけど」って

「miusic ~The best of 1997-2012~」ジャケット

──このジャケット最高ですね。

あはは(笑)。そうなの。暴走してる。

──愛猫のサバ美が登場するというアイデアは美雨さん自身が?

そうです。もう好きなもの全部詰め込んじゃおうって思って、アートディレクターの森本千絵ちゃんに「サバ美でいきたいんだけど」って言ったの。で、私が大きいサバ美に抱かれてるっていうのは、関係性としては正しい姿なんです。あの子は包容力があって優しい子で、私のほうが甘えてる。だからそれを絵にしようって。

──このサバ美がジャケ写っぽいいい表情をしてるんですよね。

そう、キメ顔。女優ですよね。

──ちなみに美雨さんは秋には「猫の吸い方」という単行本も発表するそうですが。

はい(笑)。今書いてます。

──どういう本なんですか?

猫の正しい吸い方を写真と図解で説明するっていう。基本編、応用編とかもあって。サバ美の写真もありつつ、半分はエッセイです。後半は坂本家の猫歴史だったりとか私がやってる愛護活動とかにも触れながら。

もし歌ってなかったらと思うと怖い

──さて今回はデビュー16年目のベストアルバムということですが、今この作品を出すことになったきっかけは?

最初にレコード会社から「出してみない?」って話をいただいて。やっぱりこんなにたくさん曲もあるし、あとラジオ(「ディアフレンズ」)やTwitterで初めて私のことを知ってくれた人たちも多くなってきたので、「こういう歌を歌ってる人です」ってわかってもらえるようなものが作れたらって思って。

──改めて収録曲を並べてみていかがですか?

昔の曲は聴いてるとほんと恥ずかしいところもいっぱいあるんですけど、でもその都度自分なりに精一杯、素直に音楽に向き合ってきたんだなって。曲を客観的に聴き直したら、とても愛しい気持ちになれた。たくさんの人たちが関わってくれて、素晴らしいミュージシャンが演奏していて。本当に月並みなんだけど感謝があふれたというか。

──前回のインタビューのときに、10代の頃は死ぬことばかり考えていたと話してくれましたよね。

そうですね。だからもし歌ってなかったらと思うととても怖い。

──怖いというのは?

この道に導かれなかったら自分はどうなっていたんだろうって。私の場合は自分の鬱屈した感情を歌に込めたりするタイプじゃないけど、やっぱり音楽に救いを求めてたんだと思うので。

いい音楽の一部になれる喜び

──今、デビュー曲の「The Other Side Of Love」(1997年)を聴くと、ある種几帳面に、歌に対してまっすぐ向き合っていた姿勢が伝わってきます。

そうですね。高校生だったし、これから歌をやっていくっていう意識もなかったので。

──「Sister M」名義で1曲だけというつもりだった?

レコーディングでスタジオに呼ばれたときはなんにもわかってなくて。シングルになることも、ドラマの主題歌っていうことも完パケしてから教えられたんです。だから「デビューします」みたいな気持ちはゼロだったし、そのときは歌手になるのは嫌だと思ってたから。

──そうなんですか?

うん、そんな表に立つ才能もないと思っていて。うちの親を見てて、ああいうのは特殊な人たちがやるものだって思ってたんです。

──でも歌ってみた。

そうですね。実際にレコーディングで音楽の中に溶け込めたことが、本当に楽しくて気持ちよくて。しかも自分の声なんかまったく好きじゃなかったけど、いろんな人に「いい声だね」って言ってもらえたことにもびっくりしましたね。そこで初めて「もうちょっと歌ってみたい」っていう欲が出たんです。そこからですね。その次の年に坂本美雨として本名でやりますって言ったんだと思う。

──そういう経緯があるせいか、デビュー曲にはアーティストとしての自我も歌い手としてのエゴもほとんど見えないですよね。

だってなかったから(笑)。

──坂本美雨として歌い始めてからはどうですか? 普通のアーティストに比べるとやはり自我が薄いタイプのように見えるんですが。

そう思います。自分を表現するというよりは、いい音楽の一部になれる喜びみたいなもののほうが大きかったので。「いい音楽」っていう泉みたいなものがあって、そこに近付きたいっていう気持ちで歌ってましたね。

ベストアルバム「miusic ~The best of 1997-2012~」
[CD2枚組] 2013年6月26日発売 / 3360円 / ヤマハミュージックコミュニケーションズ / YCCW-10200
DISC 1
  1. The Other Side of Love
  2. 鉄道員
  3. The letter after the wound
  4. in aquascape
  5. 15分
  6. sleep away
  7. The Never Ending Story(new vocal ver.)
  8. 彼と彼女のソネット
  9. オーパス&メイヴァース
  10. Swan Dive
  11. あかりの気配
  12. おだやかな暮らし
DISC 2
  1. Phantom Girl's First Love
  2. Far Across The Sky
  3. Our Home
  4. Ring of tales(Lily Star Fiddle Remix)
  5. Precious
  6. True voice
  7. Everything is new
  8. あなたと私の間にあるもの全て愛と呼ぶ
  9. I'm yours
  10. 雨とやさしい矢
  11. 永遠と名づけてデイドリーム
  12. The Other Side of Love(afteryears ver.)
坂本美雨(さかもとみう)

坂本美雨

女性シンガー。1997年1月に「Ryuichi Sakamoto featuring Sister M」名義でデビューし、1998年から本名での音楽活動を開始する。透明感あふれる歌声が高い支持を集め、1999年発表のシングル「鉄道員」は映画「鉄道員(ぽっぽや)」の主題歌に起用された。2010年からはニューヨーク在住のプロデューサー「Shanghai Restoration Project」とともにエレクトロニカポップ路線のサウンドを追求し、同年5月にアルバム「PHANTOM girl」、2011年5月に「HATSUKOI」を発表。2012年8月のアルバム「I'm yours!」ではKREVAとのコラボレーションでも話題を集めた。現在はおおはた雄一とのユニット「おお雨」としても活動中。父は坂本龍一、母は矢野顕子。