水瀬いのり「glow」発売記念インタビュー|過去最高に人間味のあるアルバムが完成 (2/2)

メイクもせずに私服で歌いたい

──歌の表現で言うと、一番驚かされたのが「八月のスーベニア」でした。Aメロのキーがとにかく低くて、「これ本当に水瀬さん?」と思うくらい。

それ、家族にも言われました(笑)。実際、AメロBメロあたりはすごく難しかったですね。

──やはり水瀬さんというと、伸びのある高音のイメージが強いですし。

曲を作っていただいた藤永(龍太郎 / Elements Garden)さんからは、「音楽を歌うぞ!というふうに歌わなくていい」というディレクションをいただいて。それで、平メロの部分はわりと朗読に近い気持ちというか、あまりリズムにとらわれすぎず、独白のように歌う感覚でしたね。がんばって低い音域で声を出そうと思わずに、吐き出すようなイメージ。「それでも音としてはちゃんと出ているんだ」という新たな発見がありました。サビまで来て、ようやく「私は歌を歌っているんだ」と実感できる曲です(笑)。

──そのサビでは、逆にすごく高い音域まで行きますよね。トータルのレンジがかなり広い。

そうなんですよ。この曲も、切り取る部分によってまったく違う表情を見せるんです。冒頭はすごく達観したクールな感じなんだけど、後半は感情があふれ出していて、5分間の中にすごくドラマを感じられる1曲になりましたね。

水瀬いのり

──「パレオトピア」もですけど、ライブで歌うのが大変そうだなと。

確かに(笑)。それで言うと、TAKU INOUEさんに書いていただいた「We Are The Music」もですね。レコーディング自体はスムーズに進んだんですけど、練習の段階ではグルーヴ感をつかむのにすごく苦労しました。メロディラインも意外に複雑で、「あ、こういくんだ?」「ここは思ったより下がらないんだ?」とか。まずメロディを体に入れるのがけっこう大変でした。

──その一方で、田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)さんの手がけた「僕らだけの鼓動」は新たな“水瀬いのりスタンダード”になっていきそうな1曲ですね。水瀬さんがこれまでにやってきた音楽性のド真ん中を引き継ぎつつ、新しいエッセンスも注入されていて。

みんなが好きなものも詰まっているし、私の好きなものも入っているというところで、このアルバムの中では一番プレーンな楽曲と言えるかもしれないですね。ちゃんと田淵さんイズムも感じられますし……言葉数だったり、ブレス少なめで畳みかける感じとか。最初にデモをいただいたとき、田淵さんは「淡泊すぎませんか?」と心配されていたんですけど、私たちとしては十分エモーショナルな曲にしていただけたなと感じました。あまりにも元気すぎる楽曲だと本来の私との乖離が激しくなってしまうので、「どのくらい引き算をするか」というところで田淵さんにとってはすごく難しい作業だったろうなと想像するんですけども。すごくいいラインを提示していただけて、とても感謝しています。

──意外にも田淵さんとのタッグは初なんですよね。

ずっとご一緒したいとは思っていて、そういうお話もさせていただいていたんですよ。今回ようやくタイミングが合って、満を持して田淵さんの書き下ろし楽曲を歌わせていただけるのはとてもうれしいです。

──そしてラストナンバーの「glow」ですが、最初におっしゃった“等身大”というテーマがもっとも色濃く反映された楽曲ですね。

これはライブのとき、できればメイクもせずに私服で歌いたいくらいです(笑)。それくらい自分という人間をそのまま閉じ込めたような曲になっていて。トラックダウンやマスタリングで聴き返したときにも「体温を感じられる曲になったな」と思いましたし、目指していたゴールに寸分違わずたどり着けた感覚がありました。「すごくいい曲ができた!」とシンプルに思えた1曲です。いつもはあまり自分の曲をヘビロテしないんですけど、この曲はラフミックスの段階から何度も何度も聴いています。この「glow」という曲がこれからの私の軸になるんだろうなと思っていますし、レコーディングのときからそう感じていましたね。

なんで私なのかな?

──そんな充実作を完成させた水瀬さんですが、声優業のほうも驚くほど順調ですよね。今の水瀬さんを端から見ていると、“何もかもうまくいっている人”に見えます。

そうですか(笑)。……でも、本当にそうだと思います。恵まれているなって。週に1度くらいの頻度で「なんでこんなにたくさんの方が応援してくださるんだろう?」「なんで私なのかな?」と不思議に思っていて……ファンの皆さん1人ひとりに理由を聞いて回りたいくらいです(笑)。

──ただ、そこに違和感というか「こんなはずじゃない」みたいな思いがあるわけではないですよね。

はい、マイナスな感情はまったくないです。単なる素朴な疑問というか。表に出る活動をしている中で、何かイメージ付けのためのキャラクターを乗せたりしているわけではないから、「こんなに普通の人間なのに、なぜ好いていただけるんだろう?」という思いが根底にあるんですよ。以前はイベントなどに出演すると「もっと面白いことを言わなきゃ」「何か爪痕を残さなければ」みたいに焦っていたんですけど、最近は「そういうことじゃないな」と思うようになってきて。そういう考えに飲み込まれなかったからこそ今の自分があるんだと思いますし、そんな自分を好きだと言ってくださる皆さんの存在がまた、自分を見失わずにいられる光となってくれているような感覚です。

──その境地にたどり着いたからこそ、今回の「glow」がこういう作品になったんでしょうね。

本当にそうですね。ここまで素を表現するアルバムを作れたのは、その過程があったからこそだと思います。

──逆に、何か現状に不満はありますか?

うーん……「ない」と言ったら、向上心がないみたいになりますよね(笑)。でも、正直ちょっと思いつかないんですよ。今、とても幸せなんです。

水瀬いのり

ライブ情報

Inori Minase LIVE TOUR 2022 glow

  • 2022年9月3日(土)兵庫県 神戸国際会館 こくさいホール
  • 2022年9月10日(土)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
  • 2022年9月17日(土)宮城県 仙台サンプラザホール
  • 2022年9月24日(土)福岡県 福岡サンパレス ホテル&ホール
  • 2022年10月1日(土)神奈川県 横浜アリーナ

プロフィール

水瀬いのり(ミナセイノリ)

1995年東京都生まれ。2010年にアニメ「世紀末オカルト学院」で声優デビューを果たした。2013年に「恋愛ラボ」で棚橋鈴音の声を担当し、注目を浴びる。2015年12月の20歳の誕生日にキングレコードよりシングル「夢のつぼみ」をリリースし、ソロ歌手としてデビュー。以降、声優および歌手として活躍しており、2016年には「第十回声優アワード」主演女優賞を受賞した。2019年6月に東京・日本武道館で2DAYS公演を実施。2021年9月から全国ツアー「Inori Minase LIVE TOUR 2021 HELLO HORIZON」を開催し、10月に神奈川・横浜アリーナでファイナルを迎えた。2022年7月にニューアルバム「glow」をリリースし、9月より全国ツアー「Inori Minase LIVE TOUR 2022 glow」を行う。