「MIKU EXPO 2019」特集|世界に広がる初音ミクの新たなアンセム完成

「ラッキー☆オーブ」はマイルストーンの1つ

──MVの冒頭には「お帰り」というひと言が、MVのラストでは「パーティはまだ終わらないよ」というミクのセリフが入ります。これにはどういう意図が?

歌磨呂 実は冒頭のミクのシルエットと、ラストのミクのポーズが同じで、このMVの世界がずっとループしていることを表現したかったんです。残念ながら映像は曲の尺でしか用意できないけど、ミクも僕ら作り手も「ラッキー☆オーブ」の世界が永遠に続いてほしいと思ってる。だからミクに「おかえり」と言ってもらうことで、視聴者はいつでも「ラッキー☆オーブ」の世界に入ることができるし、曲が終わってもこの世界はいつまでも終わらないんだって意味を込めて「パーティはまだ終わらないよ」というセリフを入れてもらったんです。このMVがミクとフォロワーをつなぐ、扉のような存在にしたくて。最初にミクが話す言葉「おかえり」の直後、ミクの記憶はリセットされ、何度も何度も僕らに歌を歌い続けてくれるっていう演出なんです。

荒牧 最初の「おかえり」のセリフ、歌磨呂さんが「発音がよすぎて逆に初音ミクっぽくない」って話してましたよね。それが面白いなあと思って(笑)。

歌磨呂 「発音がよすぎて初音ミクっぽくない」ってすごく変な感覚なのかなと思ってみんなに聞いて回ってたんだよね。初音ミクにしゃべらせるのって、やっぱり難しいの?

emon 歌わせるより難しいですね。歌には規則性や音程があるから、正解不正解をジャッジしやすいんですけど、しゃべるときって規則性はないし、それこそ正解の音程とかってないんですよね。

歌磨呂 すごくハキハキしゃべるからビックリしたんだよね。

加速 リアルに寄せすぎると逆に初音ミクっぽくないって観点、面白いですね。初音ミクはいろんな人が関わっているカルチャーではあるんだけど、やっぱりどこかでみんなの中に初音ミクのイメージというのが共通してあるみたいで。技術が進歩して人間に近付ければいいわけではないんですよね。

歌磨呂 セリフを入れたりしてMVが完成に近付いている中で僕が感じたのは、作曲者であるemonさんがうらやましいと思ったことですね。

emon え、どういうことですか?

歌磨呂 前にkzくんの「Tell Your World」のMVを作っているときにも同じことを思ったんだけど、自分の作った曲にたくさんのクリエイターが携わって、素晴らしい映像が作り上げられていくのってすごくうれしいだろうなって。

emon もちろん、メチャクチャうれしいです! 僕、一度完成前の映像を観させていただいたときにすごく驚いたんですよ。なんならちょっと鳥肌が立ったくらい。「すさまじい映像が完成しようとしている」と思って、マネージャーにもすぐそういう風につたえました。

歌磨呂 音楽もそうだけど、映像って一生残るものなんですよね。おそらくこれから先、別のフォーマットで初音ミクのようなカルチャーがこの世界に生まれたとして、先例の1つとして語られるのは初音ミクだろうし、「Tell Your World」や「ラッキー☆オーブ」のようなそのときどきでマイルストーンになった作品は絶対に後世の方々にも観られるはずだから。そんな楽曲になって欲しいという思いで、みんなで作り上げたのが今回のMVですね。

荒牧 「このMVがもしかしたらマイルストーンになって欲しい」という思いは作っている最中に考えていました。例えばライブシーンを作るとき、VTuberの映像やアニメのライブシーンではあまりやらない表現に挑戦している部分があるんです。

──具体的にはどういう部分ですか?

荒牧 普通だったらもう少し色をおさえるところを派手にしたり、ライティングで白く飛んでいる部分をあえて作ったりしています。これはライブシーンの一つの理想形として、リアリティとCGならではの演出を融合させるため、意図的に作った部分なんです。

emon(Tes.)「ラッキー☆オーブ feat. 初音ミク」MVのワンシーン。

©︎2019 Fantasista Utamaro. ©︎KASOKU SATO(Composition Inc.) / Crypton Future Media, INC. www.piapro.net

歌磨呂 荒牧くんは本当に素晴らしい作品に仕立ててくれたよね。本当にありがとう。僕は今、ニューヨークを拠点にいろんなクリエイティブに携わっているんだけど、日本人の生み出したポップカルチャーのクリエイティブには、「好き」という愛の力が強いってことに気付いたんだよね。海外のクリエイターだったらなかなかたどり着けないであろう高文脈の表現というか、日本人のクリエイターは気持ち1つで、愛情だけでものづくりの表現を追求している感覚がある。今回「ラッキー☆オーブ」というMVで皆さんと一緒に仕事ができて本当にうれしかったし、僕は引き続き皆さんの応援ができるような活動をしていきたいですね。

娘で母親で永遠のディーヴァ

──以前ボカロPの方にインタビューをしている際、「ボカロになったみたいな感覚になる」という話を伺ったことがあるのですが、3Dモデリングを手がける加速さんや、作詞作曲をするemonさんはそういった感覚を持ったことがありますか?

加速 ありますね。変身シーンでもなんでもそうなんですけど、自分で演技ができなきゃ動きを付けるアニメーションって作れないんですよ。少なくとも僕は。だから今回の「ラッキー☆オーブ」に限らず、初音ミクを演じている瞬間っていうのが、制作中にけっこうあって。そういう意味では初音ミクになりきっている自分っていうのは確かに存在しているし、もしかしたら自分が初音ミクになりたいって感覚もあるのかもしれないですね。

歌磨呂 加速さんにとって初音ミクは恋愛対象じゃないの?

加速 恋愛対象ではないですね。どちらかと言うと、娘に近いです。

歌磨呂 なるほど!

加速 “生み出した”という意味では娘に近いんですけど、映像を作るに当たってはコスプレイヤーさんに通じる部分もあると思います。

──emonさんには初音ミクと自分が重なる瞬間ってありますか?

emon 僕の場合は初音ミクに限らないんですけど、曲が完成する前のラフの段階に自分で仮歌を入れるときは、ボーカルを担当する人間やボカロに近付けて歌うんですよね。わかりやすく言うと、モノマネから入る。ボカロ曲の場合は「初音ミクだったらこういう発音をするから」という感じで、ボカロに寄せた歌い方で仮歌を歌ってます。

──人間の声に限りなく近付けようと進歩してきたボカロの声や歌い方に、人間が寄せる瞬間があるってことなんですね。

emon そうですね(笑)。で、仮歌を歌ってると「あ、俺今ミクちゃんになってた」みたいな瞬間があるんですよ。

歌磨呂 なんだかSFの世界ですね。

emon 加速さんがおっしゃった「娘に近い」って感覚、すごくよくわかるんです。でも僕にとってはある意味母親でもあるんですよね。僕はツールとして初音ミクを使い始めてからもう10年経つんですけど、初音ミクで曲を作っていなければ出会わなかった人、作れなかった作品、立てなかった舞台っていうのが数えきれないほどあって。だから初音ミクは僕を作ってくれた存在でもあると思うんです。

emon(Tes.)「ラッキー☆オーブ feat. 初音ミク」MVのワンシーン。

©︎2019 Fantasista Utamaro. ©︎KASOKU SATO(Composition Inc.) / Crypton Future Media, INC. www.piapro.net

荒牧 僕は直接ミクに歌ってもらったり、ミクを動かしたりするわけではないんですけど、ボカロを取り巻く二次創作の文化はすごく面白いと思っているんです。今回の「ラッキー☆オーブ」の依頼って、クリプトンさんからのオファーなので公式のものではあるんですけど、作詞作曲はニコニコ動画に曲をアップロードし続けてるemonさんで、3Dモデルは趣味でミクを作り始めた加速さん、自分はもともとクリプトンさんとは関係ないところで活動していたクリエイターなので、公式の動画でありながらも二次創作となんら変わりがないというか。誰がやっても二次創作になるようなものって、ほかにあまりありませんよね。初音ミクが存在することで、クリエイターとしてのファーストステップを踏めた人ってたくさんいると思うんです。しかもそれが作曲者だけじゃなくてイラストレーター、動画制作者などいろんな分野にまたがっている。Vocaloidってすごい存在だよなって、改めて感じています。

歌磨呂 初音ミクって日本人の愛が集まって作り上げられたものだと思うし、おそらくこれから先も長らく愛され続けるコンテンツとして、歩み続けていくだろうね。インターネットカルチャーによって共有するという定義がアップデートされ続け、この文化は世界共通になってきていますけど、SNSが発達する前から日本人ってシェアすることをしてきた民族だと思っていて。特に初音ミクのような文化は日本人の愛の文脈みたいなものが全部詰まっているんですよね。作曲家、演奏家、絵師、動画師、いろんなクリエイターが愛を注いできたから成り立っているのが初音ミクだから。きっと永遠のディーヴァであり続けると思うし、そうであってほしいですね!