初音ミクのワールドツアー「HATSUNE MIKU EXPO 2019」が、5月11日の台湾 New Taipei City Exhibition Hall、そして7月27日の香港 STAR HALLと、アジア2都市で展開される。
2014年に初開催され、今年で5周年を迎えた「MIKU EXPO」。イベント5周年のテーマソング「ラッキー☆オーブ feat. 初音ミク」は、「shake it!」「Heart Beats」といった楽曲の制作者として知られるemon(Tes.)が提供した。音楽ナタリーでは、作曲者のemon、「ラッキー☆オーブ」ミュージックビデオのディレクターを担当したファンタジスタ歌磨呂、初音ミクの3Dモデリングを手がけた加速サトウ、MVの背景などを制作した荒牧康治(SIGNIF)の4人による座談会をセッティング。「ラッキー☆オーブ」制作にまつわる話を中心に、世界に広がる初音ミクのカルチャーについて、それぞれ異なる視点のクリエイター同士で語り合ってもらった。なお特集の最後には5月に開催された「MIKU EXPO」の台湾・New Taipei City Exhibition Hall公演のライブレポートを掲載している。
取材・文 / 倉嶌孝彦
フェスで流れてほしい多幸感のある曲
──まず「MIKU EXPO 2019」のテーマソング「ラッキー☆オーブ」の作曲者であるemonさんにどういう経緯でこの曲が生まれたのか、伺えればと思います。
emon(Tes.) 「『MIKU EXPO』のテーマソングを」というオファーをクリプトンさんからいただいて、とにかく僕自身がうれしかったのもあって、ハッピーな曲にしたかったんです。それで「ハッピーとはなんだ?」っていうのを考えていたら「Hey」という言葉が浮かんできて。「Hey」ってどこの国にも通じる言葉の1つだと思ったし、一度聴いたら印象に残る言葉でもあるんですよね。だから「ラッキー☆オーブ」は「Hey」という言葉から生まれた曲です。
ファンタジスタ歌磨呂 今、emonさんがおっしゃった「ハッピーな曲」という言葉、すごく当てはまっていると思います。初めて曲を聴いた感想は、とにかくブチ上がる曲だなってこと。大きなフェスイベントの最後にかかるアンセム的な曲が誕生したと感じて、映像はとにかく盛り上がるような作りにしようと思って絵コンテを描きました。
emon 歌磨呂さんがおっしゃった通り、フェスをイメージした部分があって。フェスで流れてほしい曲を作るなら、という観点もすごく意識しています。
──3Dモデリングを手がけた加速さんや背景の映像を担当した荒牧さんは「ラッキー☆オーブ」を聴いてどういう感想を?
加速サトウ シンプルに「すごくいい曲だな」と思いました。例えばクラブとかで流れていたとしてもノリやすい曲だし、とにかく楽しい気持ちになれる曲ですよね。
荒牧康治 僕が感じたのは多幸感ですね。ハッピーな感じ。僕が「ラッキー☆オーブ」を最初に聴いたときには歌磨呂さんの絵コンテがあって、歌磨呂さんが映像で曲を盛り上げようとしてる意思も感じていたんです。だからこの曲では「メチャクチャやっても大丈夫そうだぞ」と思いました(笑)。もちろんいい意味で、です。
シーンを取り巻く“球体感”
──「ラッキー☆オーブ」というタイトルはどこから出てきたんですか?
emon 実はもともと「ブッ跳んDAY」という仮タイトルがあったんですけど、歌磨呂さんといろいろ話しているうちに「ラッキー☆オーブ」という案が出てきまして。その言葉がすごくしっくりきたんですよね。
歌磨呂 「ブッ跳んDAY」という言葉も好きなんだけど、「MIKU EXPO」というグローバルに届きそうな曲名だともっと世界中の人にも届きやすいタイトルだとよいのではないか?という思いもあって。僕、初音ミクのカルチャーには“球体感”があるなと思っていたんですよ。
──“球体感”ですか?
歌磨呂 はい。演者、作者とフォロワーが支え合って1つのカルチャーが成立している感じが球体のように丸くなっているイメージなんですよね。
荒牧 その感覚、ちょっとわかります。「ラッキー☆オーブ」でのプロジェクトもそうだったんですけど、トップダウンで何かを決めるんじゃなくて、聴き手であり作り手である1人ひとりの情熱が積み重なって1つの形になっているというか。例えばMVの中でセルフィーを撮るシーンがあるんですけど、そのシーンって歌磨呂さんの絵コンテにはなかったものなんです。このシーンはウチ(SIGNIF)のクリエイターが「これやりたい」って提案して作ったものなんですけど、二次創作のクリエイティブって「やりたい」という気持ちが第一だから、今回のプロジェクトでは作業してもらった1人ひとりの意見や提案をすごく大事にしています。
歌磨呂 「初音ミク」というコンテンツ自体が自然発火のように、初音ミクを大好きなみんなで作り上げてきたものだからね。僕は今回「ディレクター」というポジションにいたわけだけど、荒牧くんと気持ちは同じで。それぞれのクリエイティビティがどれだけ生かせるかを重視して今回のプロジェクトを進めていたんだよね。もちろんアウトラインとしてのストーリーや絵コンテは用意していたけど、加速さんや荒牧くんがどういう気持ちでこの作品に向き合って、どんなことを表現したいか?っていうことのほうが大事だったというか。例えば加速さんには「変身シーンをやりたいんですけど、どうですか?」という提案をして、加速さん自身のこだわりで素晴らしい表現を作り上げて欲しいなあっていう気持ちがあったし。好きっていう気持ちがものづくりの核にあるみんなを信じて本当によかったと思っています。
加速 自分の中で1つやってみたかったのが、初音ミクで変身シーンを作ることだったんです。女の子向けのアニメとかでよくある、魔法少女的な変身をミクでやれないかなってずっと考えてて。今回「ラッキー☆オーブ」で、変身シーンを作らせてもらって本当に感謝してます。
©︎2019 Fantasista Utamaro. ©︎KASOKU SATO(Composition Inc.) / Crypton Future Media, INC. www.piapro.net
歌磨呂 感謝を言いたいのはこっちだよ(笑)。加速さんが作り上げた変身シーンが本当にすごくて、「これはすごいMVになるぞ!」って感動してたから。今回のMV制作に当たってはそういう感動の連続でした。
2Dと3Dの境界を超えて
──MVのディレクターを務めた歌磨呂さんは、どのようなきっかけでこのプロジェクトに参加したんでしょうか?
歌磨呂 ことの発端は、去年の7月にアメリカ・ニューヨークで行われた初音ミクのライブですね。僕の友達のバンド・anamanaguchiがそのツアーのアクトで出ていて、日本に帰る予定が延期になったことで僕もライブを観に行くことができたんです。ミクのライブを見るのは、2010年のシンガポールの「ANIME FESTIVAL ASIA」が最後だったんですけど、8年ぶりに観たライブは当時のライブよりめちゃくちゃパワーアップしていてすごく感動したんです。オーディエンスの盛り上がりも含めて、素晴らしいものでした。その後、幸運にも楽屋でクリプトンの方とご挨拶させていただく機会をいただきまして、クリプトンの代表の伊藤(博之)社長や、チームの皆さんと話が盛り上がって、僕がクリエイティブディレクターとして手がけているブランド・R4Gと一緒に何かやれればいいですねって話をしたんですよ。そうしたら正式に「『MIKU EXPO』の5周年のタイミングでコラボできないか?」というオファーをいただいたんです。
──実際にR4Gでは「ラッキー☆オーブ」の関連グッズが販売されています。
歌磨呂 MVに出ていた素材がそのままR4Gのプロダクトになっているんです。具体的に言うと、「ラッキー☆オーブ」に出てくるミクと同じ柄の服装がR4Gのオンラインショップで購入できる。これは単に“再現した”とかそういうレベルの話ではなくて、そもそも商品化も視野に入れて衣装やロゴのデザインを手がけているんです。要はバーチャルもリアルも一緒くたにして企画が生まれているんです。初音ミクという現象は橋のような存在だと思っていて。具体的に言うと、2Dなのか3Dなのか、それらの次元や領域を超えて初音ミクがやっていること、育んでいることを拡張していくようなプロジェクトにすることが僕のやるべきことだと思ったんです。正しいパッケージの作り方として。
──2Dや3Dの領域を超える、というMVのコンセプトを加速さんや荒牧さんはどのように受け止めましたか?
荒牧 わりと自然に受け入れられました。というのも、そもそも僕は加速さんの手がけるミクのモデル自体が2Dと3Dの境目にあると感じていたんですよね。アニメっぽさもあれば、3Dっぽさもある。2Dと3Dのいいとこどりをしたのが加速さんの初音ミクなんです。今回、背景の処理やコンポジットの作業でいろいろ関わらせていただいて、加速さんの技術の奥深さにも触れられてちょっと面白かったです。専門的な話になっちゃいますが、レンダリングの仕方がちょっと特殊ですよね?
加速 そうですね。普通ではない(笑)。仕組み的にわかりやすく言うと、アニメっぽい描写を目指しているというか、色自体を生かすような形にしています。
©︎2019 Fantasista Utamaro. ©︎KASOKU SATO(Composition Inc.) / Crypton Future Media, INC. www.piapro.net
歌磨呂 加速さんのミクはリアリティとファンタジーが同居していて、なおかつ超、半端なくかわいい(笑)。それと今回はステージや背景といったデザインのほとんどを荒牧くんにお願いしているんですけど、けっこう細かくいろんな効果を作り込んでもらって。
荒牧 実はあえて今回のMVではルックをそろえないようにしているんですよ。さっきも話に出ましたけど、ミクの文化の面白いところはいろんなクリエイターが関わることの多様性にあると思っていますから。だから背景や効果に関しても何か制限をかけるのではなく、関わるデザイナーそれぞれの個性を生かす形で作業をしてもらいました。
歌磨呂 映像のようなたくさんの人たちが関わる仕事って、ディレクションする側と手を動かす側で意見が食い違ったり、それぞれの思惑がうまく合致しないままプロジェクトが進行してしまうことも多いんですけど、今回の「ラッキー☆オーブ」はそれぞれが本当に100%以上の仕事をしてくれて、さらにお互いにお互いをリスペクトし合ってる感じが伝わってきたんですよね。それって、やっぱり初音ミクっていうカルチャーが土台にあるからなんだなって、今話していて改めて思いました。
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「ラッキー☆オーブ」はマイルストーンの1つ