眉村ちあきにとって7枚目となるオリジナルアルバム「うふふ」がリリースされた。
「うふふ」は眉村の中で膨らむ妄想や湧き上がる怒りをもとに制作されたアルバムで、声帯嚢胞の手術前後に眉村がレコーディングした14曲とボーナストラックが収録されている。
「うふふ」の制作において、斬新なサウンドメイクや価値観を押し付けない歌詞作りなど、さまざまな挑戦を経た眉村。“もっと濃い眉村ちあき”を堪能できる本作の聴きどころについて眉村本人に話を聞いた。なお、インタビューはこれまでも眉村の活動を追ってきた森朋之が、撮影は眉村の飲み友達だという写真家の是永日和が担当した。
取材・文 / 森朋之撮影 / 是永日和
岡崎体育のひと言がもたらした「うふふ」への影響
──デビュー5周年を記念したニューアルバム「うふふ」が完成しました。リリース発表時のコメントの中に「今回の作品を作る中では、どんどん世界が濃ゆく見えていきました。こんなに細かく向き合ったのは初めてかもしれないです」という言葉ありましたが、これはどういうことでしょう?(参照:眉村ちあきハスキーボイスも楽しめるアルバム「うふふ」発売、ライブ「全曲眉村ちあき」開催)
自分の中で、1つ悟りがあったというか、考え方が変わったんです。前作「SAI」(参照:眉村ちあき「SAI」リリース記念、日本音響研究所・鈴木創所長と対談「歌声はフレディ・マーキュリーに近い」)の頃は人の影響を受けやすいところがあって、そこにいい部分と悪い部分があったなと思っていて。私のイツメンの中に「今回のことはあの人が悪い。あなたは悪くないよ」って慰めてくれる人がいて、その影響を受けて、どんどん「そうだ、私は悪くない。あの人がよくないんだ」という考え方になったり。すぐにイライラしてたし、他責な自分が大きくなっていくのを感じてたんです。それが一番出てたのが「SAI」のツアーの頃で(参照:眉村ちあき涙にあふれたツアー最終日、マユムラーにメッセージ「ニッコリンコでありますように!」)。たぶんスタッフの皆さんも感じてたと思うんですけど(笑)。
──うまくいかないこと、思い通りにいかないことを、誰かのせいにしてた。
そう。でも、いろいろと考える中で「これはよくないかも」と気付いたんです。例えば一緒にライブをやった相手に対して、「リスペクトが足りなくない?」とか「もうちょっと準備してほしい」と思ったりしてたんですけど、私自身がライブに向けてる思いや行動と、その人の準備の量を比較しちゃいけないなって。自分もできないことがたくさんありますからね。今まで経験したバイトとか、普段の生活の中で(笑)。そういうことを声帯の治療で休んでいるときに考えていました。
──眉村さんは声帯嚢胞の切除手術と療養のため、5月上旬から7月上旬まで活動を一時休止していました。手術を受けたのもターニングポイントだったのでは?
そうですね。最初は「絶対手術しない」と思ってたけど、そういえば私、ミステリアスな女を目指してたなって思い出して。しばらく消息を絶つのもいいかなって(笑)、治療することにしました。
──歌いづらさを感じてたんですか?
それもあったんだけど、パワーでなんとかしてたんですよ。そうやって無理してたのがよくなかったみたいで。ライブのあとの打ち上げでお酒を飲んだり、プライベートで積極的にカラオケに行ったりもしてたし、「そりゃ、そうなるよね」って。今はパワーを無理矢理出さなくても声がスルスル出るようになったし、ラクに歌えるようになりました。ライブの前のルーティンも変わって、楽屋で温かい蒸気を吸ったり、リハーサルでは必要な確認をしっかりやって、全力で歌わないように気を付けて。アーティストの皆さんが普段やってることばかりなんですけど、やっと「喉をケアすることって大事なんだな」と気付きました(笑)。さっき話した悟りのこともそうだし、心も体も治療できてよかったです。
──心身の変化の中で制作されたのが、今回のアルバムなんですね。
そうですね! 「うふふ」はこれまでよりかなり丁寧に作ってて。前は作ったらあまり聴き直さなかったというか(笑)、「衝動を信じる!」という感じだったんです。今も衝動は信じてるんですけど、例えばギターを重ねるときも、うわー!と弾いて終わりではなくて、録ったフレーズを聴き直して、「よし、大丈夫」と思ったら次に進んで……って何度も確認したんですよ。歌詞も練りましたね。ひと言ひと言「本当にこれでいいかな」って読み直して。そのきっかけは、岡崎体育さんと「ヒャダ×体育のワンルーム☆ミュージック」という番組で共演したときに「1曲を作るのに1カ月かけたことがある」と言われたことなんです。私は2時間くらいで歌詞を書いて、1日で曲を完成させることもあったから、岡崎さんの言ってる意味がよくわからなくて。でも、このアルバムを作ってるときに「なるほど!」と思ったんですよね。すべての言葉に納得できて、朝起きてから見直しても、夜に読み返しても、「うんうん」と思える歌詞にするには、それくらい時間がかかるんだなって。全部めっちゃ丁寧に作ってたから、ずっと家にこもってました。
楽曲作りのモチベーションは
──では、アルバムの新曲について聞かせてください。1曲目の「許されたことがある」はピアノの音色が美しいバラードで、先ほど眉村さんが言ってた“許すこと”がテーマですね。
はい。人を許すことができたら、自分自身も世の中から許された気がするなと思って、それを曲にしました。このアルバムの中で一番自分の成長を実感できた曲だし、この曲から始まることで“もっと濃い眉村ちあき”を堪能してもらえるんじゃないかなって。アルバムの1曲目がバラードというのはなかなかないですね。あと、「許されたことがある」は年下のファンの子たちを意識しながら作りました。最近、高校生とか大学生くらいの子たちがライブに来てくれるようになったんですけど、今はまだわからなくても、もうちょっと大人になったときにこの曲を聴いて、たくさん許されてきたことに気付いてくれたらいいなって。
──そして2曲目の「幸福ミュージック」はシンプルなロックチューンです。ギターがカッコいいですね。
やった! ギターソロとかめっちゃ苦手なんですけど、がんばって練習して自分で弾いたんですよ。ベースも弾いて、3ピースバンドのサウンドを目指してたんです。私はトラックメイカーなので、どうしても音を重ねるクセがあって。コーラスだけで8本とか、ストリングスだと100本とかになっちゃうんですけど、「幸福ミュージック」はギター、ベース、ドラムだけでやってみようと思いました。ちょうどその頃、チャットモンチーにハマってた影響もありますね。この音数の少なさで、こんな表現ができるのはめちゃくちゃカッケーなって。
──眉村さんとしてはかなり斬新な音作りですよね。「誰でも幸せになっていいよって憲法があるよね」という歌い出しも印象的でした。そういう憲法の条文、ありますからね。
幸福追求権ですね。最初はそのまま「幸福追求権」というタイトルだったんですけど、椎名林檎さんの「幸福論」という曲があるから「憧れてるの?」と思われそうなので……本当に憧れてるんですけど、ちょっと変えました。あと、サビのところであえてメロディの音程を下げてるんですよ。ちょっとおしゃれさを出したかったのと、みんなに覚えてもらってライブで合唱したくて。みんなのリアクションを楽しみにしながら作るのも、モチベの1つですね。
──「Hangover」では“飲みすぎて記憶がない”という朝について描かれています。「で、どうして猫がいるん?」という歌詞はヤバいですね。
これはもう映画「ハングオーバー!」の影響ですね(笑)。めっちゃ面白くてシリーズ1から3まで全部観て、虎を盗んじゃう場面が印象的でした。私もお酒飲んで記憶をなくすことがあるんだけど、「これはやったことがない! 悔しい!」と思うシーンがたくさんあって、音楽で叶えることにしました。めっちゃ面白いミュージックビデオも作ったのでぜひ観てほしいです。私、猫と戦ってます(笑)。
──(笑)。そういうテーマをヒップホップにするのも眉村さんらしいです。
アルバムなのでこういうクセのある曲が入っててもいいかなって。「Hangover」は男の子のウケがいいんですよ。「カッケー」って感想をよくもらいます。ボーカルはほぼ一発録りです。最初はいろいろ歌い方を試したけど、「何も考えないでツルっと歌ってみようか」と録った声が一番よかった。
眉村ちあきは◯◯な人と恋愛したくない
──「恋の駆け引きだるい」「最後のお願い」ではダメな彼氏に対する思いが歌われています。
その2曲はもともとEP「ラブソング史のはじめに」のために作った曲なんですよ(参照:「女の子に憧れられるお姉さん」を目指す眉村ちあき、ラブソングがテーマの新作EPに込めた思いは)。私が7曲入りだと勘違いしていて、ダークな曲も入れようと思って作ったんですけど、結局EPは3曲になったので、入れられなかった曲はアルバムに収録しようと。その結果、「うふふ」が15曲(14曲とボーナストラック)になったんですけどね(笑)。だいぶ絞ったので、これ以上は削れませんでした。
──なるほど。どちらの曲も歌詞がすごくリアルですよね。
1つきっかけがあると、あとは妄想でワーッと書けちゃうんですよ。「恋の駆け引きだるい」は、ライブの悩みを男友達に相談したのがきっかけで。例えば対バンをするときに、相手のアーティストの曲と自分の曲をマッシュアップして、スペシャルなトラックで披露することがあるんですけど、そのことに対する感想がもっと欲しいんですよね。「あの曲、いつもとアレンジ違ってた」「違う曲をサンプリングしてた」とかザワついてほしいのに、「ちちゃん、今日かわいかったね」みたいなコメントが多くて。最初はそれもうれしかったんだけど、だんだん「いろいろ準備してるんだから、気付いてよ!」と思っちゃったり。ライブの余韻でみんなの語彙力がなくなってるだけなのは理解しているんですけどね。その悩みを音楽をやってる男友達に話したら、「かわいいって言われたくないんだったら、すっぴんでやれば?」って言われて「は?」って。
──「そういう話じゃないんだよ!」ですね。
そうなんですよ! 「すっぴんでやれば?」ってもしかしたら正論なのかもしれないけど、そうじゃなくて、まずは「そういう悩みがあるんだ」とか「大変だね」って言えよ! そのときに「こういう人と恋愛したくないな」と思ったんです。あと、「自分の意見ばっかり言う男ってイヤだ。共感してほしい」という女子の気持ちが初めてわかって(笑)、「これをテーマにして曲を作ろう!」と思いました。正論を言う男子にモヤモヤする女子に「わかる!」と思ってほしい。この曲も3ピースを意識してトラックを作ってますね。ベースラインをがんばって動かしたり、ギターのコードをサビだけ変えたり、少ない音数の中で工夫して。リズムの取り方がちょっと後ろ気味なのも気持ちいいですよね。
──ローファイなサウンドも含め、ちょっと初期のBeckみたいですよね。
ありがとうございます。全然意識してないけどうれしいです(笑)。
──「最後のお願い」の「二度と幸せ感じない体にしてやるわ」というフレーズも強烈ですね。
すごいですよね(笑)。これも歌詞に書いてるんですけど、運転してるときに口が悪くなる人を見たのがきっかけなんですよ。「この人、同乗者の気持ちを考えないんだな」「そんなことより楽しい話をしたほうがいいのに」と思って、こういう人と恋愛したくないなって……。
──「こういう人と恋愛したくない」シリーズだ(笑)。
何事も楽しもうとしない人が嫌なんですよ。そこから「ネットで他人をディスる人の気持ちがわからない」という話に発展して、サビでボコボコにしてやろうと思って(笑)。
──根底にあるのは怒り?
そうなんですけど、自分の身に起きてないことにも怒ってるから、怖いですよね(笑)。ほとんど私の妄想なのに、勝手に怒ったり泣いたり笑ったり……傍から見たらかなりヤバい人だと思います。なので曲にしないと報われない。「最後のお願い」は失恋した女の子に強くなってほしいという思いも込めているし、「顔ドン」を超えるような女子への応援ソングにしたいという願望もありましたね。
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1週間会えないだけでも寂しい