甲田まひる「sweetest, me (Deluxe Edition)」インタビュー|シンガーソングライターであり、ラッパーであり、プロデューサーでもある彼女のリアル (2/2)

驚かせたかったんです

──ネタバレになってしまうので詳細は伏せますが、「KNIFE」「2AM」「TASTE」のギミックにも驚きました。

驚かせたかったんです(笑)。本当はアルバム丸ごとこのアイデアを採用しようと思ったんですが、その3曲に取りかかっていた段階でできあがっていた曲もあったから、そこからいじるのは時間的にもなかなか難しくて。

──アルバム後半にこういう展開がある作品は別のアーティストでも聴いたことありますが、中盤に入っているのは新鮮でした。

そこはシンプルにその3曲を同じプロデューサーと作業していたからというのが大きいです。プロデューサーのBainくんは同い年で、1週間くらいずっとスタジオに入って、「KNIFE」を作ったり、その合間で「2AM」と「TASTE」の間のギミックを作ったり、かなり自由に制作したんです。逆にそういう作り方じゃないとこうはならないと思う。何時間もスタジオで一緒に作業していて、しかも友達だからちょっとわがままを言ってもノリで付き合ってくれるんですよね(笑)。パラデータを配置し直したり、音色を調整したり、ひと手間必要で。

甲田まひる

──なるほど。アルバム全体であのギミックをやる場合、すでに完成した曲をまた解体しなきゃいけなくなるんですね。

そうです。時間さえあればいくらでもやるんですけどね(笑)。

──でもアルバムの中盤にこれが入っているのも新鮮でした。

私もそう思います。ほかの曲も際立つし、いい感じにまとまったなっていう。ミラクルが起きましたね。ちなみにこの3曲の中だとデモを最初に構築していたのは「2AM」で、Cascada「Everytime We Touch」みたいなユーロビートを作ろうと思っていました。後半はトランスっぽい展開にしようと思っていて、実は当初そのパートを7分くらいにしようと思ったんですけど、さすがにやめて(笑)。「KNIFE」も後半はちょっと四つ打ちのトランスっぽくしたかったんですよね。このへんはクラブにいることを想定していましたね。

──「KNIFE」はイントロにセカンドサマーオブラブ期のレイヴを思い出させるブレイクビーツが入っていて、そこからUKガラージ、トラップといろんな音楽がいい意味でごちゃ混ぜになっていて、「あ、なんかすごいことになってきた」と思っていたんです。そしたらあのギミックが……。

ひと言でジャンル分けできないですよね。自分でも深く考えてないですし。

──感覚で混ぜているんだろうな、というのは音源から伝わってきました。そのハイブリッド感が渋谷のクラブっぽい。

一緒に作っているBainくん、juneくん、LYNNくん、FUKUくんはみんなヒップホップシーンの最前線にいるラッパーたちのビートを作っている人たちなので、みんなのムードが共鳴しあって曲の雰囲気にも出るのかもしれないです。

──そういうプロデューサーたちとはクラブで知り合うんですか?

そういうパターンもありますけど、私は普段から都内のいろんなスタジオに行ってRECしたりもするんですよね。リリースしてないけど(笑)。そこに誰かしら遊びにきた人と仲よくなって、音が好みだったら一緒に曲をやる。って感じですね。なので、実は未発表曲がかなりあるんです。

甲田まひる

海外の音源と大差ない音圧にこだわった

──甲田さんはゼロから作曲して完パケまで1人で完結できるミュージシャンだと思うのですが、今回のようにプロデューサーとコライトする場合、どのように役割分担しているんですか?

1から何か一緒に作る場合は、例えば、「最近何聴いてんの?」みたいなとこからお互いに聴いている曲を出し合って「めっちゃいいじゃん」となったら、「これっぽく作ろうよ」みたいな。それを私が聴いて、思いついたコードを弾いて、ベースも打ち込んで、ビートはプロデューサーの人が組み立てていくみたいな感じかな。でも曲やタイミングによって作り方は全然違いますね。

──みんななんでもできちゃいそうですもんね。

そうそう。メロもその場で作って。歌詞を埋めて、できたってなったら、本録りまで1日で終わらせる。

──気の合う同世代の友達だからこそのクイックさですね。

そうですね。あと共有しているものが音楽だけじゃないんですよね。普通に遊びに行ったり、ごはんを食べに行ったりする中で、「次どんなの作る?」みたいな話ができる。

──同じ場所で制作するって大事ですよね。

はい。私、ミックスもマスタリングも絶対遠隔でやりたくないんです。じゃないと全然違うバランスになってしまうから。

甲田まひる
甲田まひる

──ミックスは楽曲ごとに音のバランスを整える作業で、マスタリングはミックス済み音源をアルバムやEPといった作品単位でバランスを整える作業です。

私はマスタリングでものすごく音圧を出すんです。海外の曲は音圧がすごいじゃないですか。同じレベルで出したくて。どんなにいい曲を書いても、出音が小さいとよさが薄れるというか。もったいないと思ってしまう。でも日本だとどのスタジオでもできるわけじゃなくて。かなり機材がそろった大きいマスタリングスタジオじゃないと、私の理想とする音圧を出せないんです。しかも難しい。かなり緻密で繊細な作業なので、必ず現場に立ち会って、気になった箇所はすぐ直してもらうようにしています。たぶんアルバムの作業で一番時間がかかったんじゃないかな(笑)。

──その苦労の甲斐あって、今作はすごく音が大きいですよね。

そうなんです! 海外の音源と大差ない音圧を出せていると思います。そこはかなりこだわりました。

プロデューサーとしての側面を知ってもらいたい

──「SLEEP MODE」のリリックは今のお話にも通じますよね。常に制作しているからSNSはスリープモード、みたいな。

そうそう。寝ているふりして実は動いているっていう。でもそこまで深い意味はなくて。 スタジオで曲を作っている時に隣で友達が寝てたので、浮かんだ単語なんです。でも携帯をいじってても「スリープモード」普段からよく見る文字なのでいいなと思って。「スリープモード」にしていれば、誰かからの連絡に気づいてないふりもできるじゃないですか。SNSなんていくらでも自分の見え方を操作できるなっていう、ちょっと皮肉も入っています。だから「SLEEP MODE」は何がホントかわかんないぞっていうニュアンスもある曲ですね。

──あと「BAD REPUTATION」が好きすぎます。悪評というタイトルですが、なぜこういうリリックを書いたんですか?

いろいろ悪い噂があるけど、それがもうなんか逆に心地よくなってきたな、みたいな曲なんですね。別に私自身が悪口を言われたから、こういう曲を書こうと思ったわけじゃなくて、さっきも言ったようにちょっとしたことから広げて書いているんです。誰かがインタビューで言っていたんだけど、音楽って誇張だと思うんです。音楽なら日常のちょっとしたことをいくらでも広げられる。この曲は「BAD REPUTATION」という単語を思い付いて、そこに「not bad」という言葉を足せば「悪くない」って意味になることに気付いたんですね。それで同じ言葉だけど違う意味の「bad」を繰り返し歌ったら面白いかなと思って作りました。

──すごいリリシストですね……。

私自身がネガティブなことを言われても、こうやって脳内変換している部分があるのかもしれない。

──表現者として新しいレベルに到達した本作を経て、ご自身では今後どのように活動していきたいですか?

私のプロデューサーとしての側面を知ってもらいたいですね。今作は作詞作曲はもちろん、すべて私が指揮した作品なので、そういう面をもっと知ってもらえる努力をしたいです。

──個人的には早く新曲が聴きたいです。

曲は山ほどあるんですけどね。そこはがんばります(笑)。

甲田まひる

プロフィール

甲田まひる(コウダマヒル)

ジャズ・ヒップホップをバックボーンとして、ジャンルに束縛されていない自由なサウンドを放つシンガーソングライター。全楽曲の作曲・作詞を自ら手がけている。2021年にシンガーソングライターとしてデビュー作品となる1st EP 「California」をワーナーミュージック・ジャパンよりリリースした。2023年9月に1stフルアルバム「22 Deluxe Edition」、2025年5月にEP「HOME PARTY」をリリース。同年10月に2ndフルアルバム「sweetest, me」を配信リリースし、12月にそのデラックス盤「sweetest, me(Deluxe Edition)」をリリースした。アーティスト活動以外にも、俳優、タレント、ファッションアイコンとして多岐にわたる活動を行っている。