最後まで矢は飛び続けた
──Revoさんが「進撃の巨人」に対して最初に設定した音楽性、例えばプログレッシブロックやヘヴィメタル的な要素と、バンド編成やオーケストラ編成など、音楽的なプロダクツがブレていなかったことの証左ですよね。
でも実は、「紅蓮の弓矢」の頃はオーケストラ編成を取り入れることに対して、まだ若干の戸惑いがあったんですよ。まだまだ試行錯誤をしていた時期だったから。バンドサウンドとオーケストラのいいとこ取りをするというか、両方合わせて1つの楽団として見せていくことを突き詰めている最中で。そこも今回のリマスタリングで、改めて融合を図っています。楽曲を構成する楽器自体は変わってないし、編曲も変わってないけど、それでも味わいのニュアンスを変えることはできるんですよね。リズムの土台として役割上求められるソリッドさと、サウンドのスケール感、いわゆる立体感とか奥行きと言われるものは簡単に相反するので、特に低域は難しいんですけど。異なる響きの空間を持つ楽器同士がお互いを引き立て合うように、主張しつつもバラバラにならないように。水分と油分、本来混ざり合わないはずの両者をどうやってうまく乳化させて極上のソースに仕立て、パスタに絡めてやるかみたいな。イタリアンシェフみたいな作業だと思います。
──なるほど。
ブレていなかったというのは、当初から作品の核のようなものを感じ取っていたからでしょうね。すべてを知っている現在の視点で振り返っても「わりといい線いってるな」と思えたので。「紅蓮の弓矢」とか「自由の翼」を作っていたときは壁に囲まれたパラディ島が僕の中ですべてだったし、あの世界の未来なんて何も見えずに走っていたわけだけど、走り終わってから聴いてもしっかり納得できる軸とメッセージ性がある内容だなって。
──その「紅蓮の弓矢」ですが、ベストアルバムには今年1月にKアリーナ横浜にて行われたイベント「進撃の巨人10th ANNIVERSARY "ATTACK FES" DAY1」で披露されたアルミン(CV:井上麻里奈)による新規ナレーションが入ったバージョンが収録されています。クライマックスに向け覚悟を決めてエレンと向き合う、アルミンたち調査兵団の心情が表現されていますね。
時系列的には不思議なことが起きている、という感じだよね。本来はやっちゃいけないことをやっているのかもしれないけど、作品すべてを俯瞰で捉えたら、こういう演出もありだろうと思ったんです。「進撃の巨人」は“道”を通していろいろな記憶がつながっていった作品でもあるから。「紅蓮の弓矢」から始まった物語だからこそ、最後まで「進撃の巨人」を見届けたリスナーに対して今のメッセージを届けるべきかなと思ったんです。もはや「進撃の軌跡」に収録したバージョン(曲の冒頭に「壁を越え海まで飛んでいけ!」という語りが追加されている)じゃないだろうとも思ったし。最終戦争のような形を経て、いろんなものが失われた先にも残っていくもの、その熱を内包したままの魂のようなものをね。原作者の諌山創先生が最終話で、原作にはないセリフをアニメで追加したじゃないですか。その彼の熱量に感化されたところがあるかもしれないね。最後の最後まで何かを届けようともがく、表現者としての真摯さというか。そういう善悪の彼岸にある何かに、人の魂は共鳴するんだよね。
──今回収録の「紅蓮の弓矢」が諌山先生へのアンサーになっていたんですね。あのナレーションを聴くと、最後まで弓矢は飛び続けていたのだと改めて感慨深い気持ちになりました。
「『進撃の巨人』The Final Season完結編」放送後のSpotifyビデオポッドキャスト(昨年11月に配信され、MCを筆者が担当した番組)でも「最後まで弓矢は飛び続けていた」と言っていたじゃないですか。あの言葉が僕の中に残っていたのかもしれないね。「まだあの日見た夢は飛び続けている」という気持ちになれたというか。
──そんなそんな、恐れ多い……。「弓矢は飛び続けていた」という言葉はそもそもRevoさんの過去の発言の引用でしかありませんから。「心臓を捧げよ」や「憧憬と屍の道」など、Revoさんが「進撃の巨人」のために書き下ろしてきた主題歌の多くに「紅蓮の弓矢」のメロディが引用されていることを、Revoさんは「弓矢は飛び続けている」と表現されていたので。
でもきっと、多くの「進撃の巨人」ファンの共感を得られる言葉だと僕の中では思えたんですよ。ベストアルバムのタイトルロゴにも矢が使われているけど、実は最初はなかったんです。でも「落ちることなく最後まで矢は飛び続けた」ことをモチーフにしたくて、「矢を足してください」とお願いしました。最後の作品でもそれを明示したことにより、全体を通して象徴的なメッセージになったように思いますね。
──そしてアルバムの特装盤にのみ、録り下ろしの新曲「私が本当に欲しかったモノ」が収録されます。極めて限られた方しか聴けない楽曲ではありますが……そうか、この子の歌がまだ残っていたかと、とても感慨深い思いがありました。
全登場人物の曲は作れないけど、本当に最後、あと1曲だけ作れることになったときに、彼女の歌であればきっとみんな納得してくれるのではないかと思ったんです。でもこれは、本当に僕が勝手に想像して作り上げた物語音楽としての“インスパイア・イメージソング”です。「そもそも君はしゃべれるの?」という子ですから。そういう人物の心にアクセスするような形で歌い語らせることができるのも、物語音楽の豊かさだと思ってます。20年以上追求してきた最新の物語音楽がこれになるのですが、短い尺に見合わない情報量を詰め込みつつ、聴いてくださった皆さんに少し考える余白を残せるような曲を目指しました。ちゃんと原作サイドにも監修していただいたうえでOKをいただいているので、あり得ない解釈ではなかったのだろうと(笑)。
──通常盤の16曲でも間違いなく感動できるのですが、「私が本当に欲しかったモノ」を最後まで聴くと、この曲が終わりであり“始まり”なんだなと感じることができます。さて、本当に「進撃の巨人」とのリンクが一段落したわけですが、寂しさはありますか?
もちろんあるけど、僕たちは次に進んでいかなくてはいけないからね。
「Revoを描いてくれ」とは言っていない
──ジャケットについてもお話をお聞きしたいのですが、通常盤の初回出荷分に限り、諌山先生描き下ろしジャケット仕様になっていますね。そしてなんとRevoさんが描かれている!
これについてははっきりと言っておきたいことがあるんです。決して僕が「Revoを描いてください!」とお願いしたわけではないんですよ!(笑) もちろん「諌山さんにジャケットを描いていただきたいのですが」とはお願いしましたけど、「Revoを描いてくれ」とは言っていない。内容についてはお任せしていて、上がってきたら、なんと僕がいたんです。
──そうでしたか。受け取ったときはどんな感想を持たれましたか?
なんというか……感動を通り越して、もう笑っていましたね。そういうことってない? びっくりしすぎて、感動を上回って、思わず笑ってしまうときって。
──あります、あります(笑)。
もう涙とかじゃなくて、どっちかというと爆笑って感じ(笑)。「こうきたかー!」って言いながら、笑っていました。しかもこのテイストって「進撃の巨人」のコミックスの表紙じゃないですか。これが幻の最終巻と言っても過言じゃない。いや、完全に過言ですが(笑)。そのお気持ちがとにかくうれしいじゃないですか。
──長年「進撃の巨人」に向き合ってきたRevoさんが、諌山先生の目にはこのように映っていたのかもしれませんね。
「一緒に戦ってきた」「歩んできた」みたいな気持ちを持ってくださっていたのならうれしいですね。もちろんアニメの力が大きいわけだけど、もし僕たちの音楽が諌山さんの創作エネルギーの一部にでもなっていたのだとすれば、やっぱりすごく光栄なことです。このイラストはやっぱり、1人の「進撃の巨人」ファンとして胸が熱くなりました。
──改めて思いますが、「進撃の巨人」とLinked Horiznのコラボレーションが与えた世界的な影響は計り知れないなと。
でも、きっとその影響を本当の意味で実感するのは、もうしばらく先のことなんじゃないかな。10年前と現在では日本のアニメの世界的な受け入れられ方そのものが違うし、気が付いたら「世界が変わっていた」という印象なんですけど。「日本と世界の距離が近くなった」というかね。それがITの技術革新の中で急速に進み、その中に我々もいて、想像を超えるほどの反響が全世界から届くようになった。でもきっとこれから、いい面ばかりではなく、悪い面も出てくると思うんです。異なる文化の交流が加速するなら、そこに必ず軋轢も生まれるから。想像を超えた賞賛を享受する世界なら、想像を超えた炎上も覚悟すべきでしょうし。時代の変化にはその両面が必ずつきまとうから、きっとその先に本当の「次の時代」が待っているんじゃないかなって。
──今はまだ本当の意味で「次の時代」ではないと。
そうですね。過渡期なんだろうな。相互理解をもっと深めていかないといけないよね。輸出だけじゃなくて、輸入に対する態度も問われるべき。文化や人種のバイアスからは簡単には逃れられないと思うけど、魂を込めて何かを懸命に作っていたら、僻地から世界の誰かに届くということがあり得る時代。ひと昔前にあった壁はすでにない。「次の時代」って、そういう物作りが世界に届いていく成功例や失敗例を見て育った世代が作るものかもしれない。
──例えば、「心臓を捧げよ」が世界中で歌われている状況がまさに「届いた」成功例ですよね。
外国のストリートピアノで誰かがあの曲を弾いたら、たまたま通りかかった人が心臓を捧げるポーズをする、という光景を見たことがあります。誰もが知ってるわけじゃないけど、知ってる人なら本来所属するコミュニティを超えて「共有できる何か」が人類にはあると思った。概念としては、新しい時代の国歌みたいなものかも。同じものを愛する人々は、そこに同じ故郷を持てる可能性がある。もちろん地理的なことじゃなくて、精神的な話だけど。それってSound Horizonの国歌(「栄光の移動王国 -The Glory Kingdom-」)でも歌われてる概念なんだよね。さっきから「次の時代」とか規模の大きいこと言っちゃってるけど、僕たち1人ひとりが無関係なわけじゃないからね。変に気負わなくていいと思うけど、とりあえずいい曲を作っていくのは確定路線なんで(笑)。がんばっていかないとね!
プロフィール
Linked Horizon(リンクトホライズン)
Sound Horizonを主宰するRevoが、他作品とのコラボレーションで音楽活動を行う際のプロジェクト。2013年にアニメ「進撃の巨人」にオープニングテーマとして「紅蓮の弓矢」「自由の翼」を提供し、同年7月にはこれら2曲を収めたシングル「自由への進撃」をリリースした。その後も劇場版「進撃の巨人」関連の主題歌を数多く担当し、2023年11月にアニメ「『進撃の巨人』The Final Season完結編」の主題歌「二千年… 若しくは… 二万年後の君へ・・・」「最後の巨人」をリリース。2024年8月にベストアルバム「進撃の記憶」を発表した。
Linked Horizon Official Website