ナタリー PowerPush - 倉内太
最悪な毎日を軽くするブルース
小さい音でうるさい言葉を歌う
──バンドを始めてからも、イライラは消えなかったわけですね。
うまくできなくて、それにもまたイライラしてて。で、その頃バンドのボーカルの人が集まる弾き語りイベントみたいなのに呼ばれたんですよ。そこでバンドの曲を初めて1人でやったりしたんだけど全然面白くなくて。「うわ、これさぶっ!」ってなった(笑)。で、弾き語り用になんか面白い曲作んないとヤバイなって思って、適当に作り始めて。そういうのやってたら、やっぱりギター1本だと音ちっちゃいし、何言ってるかわかるし、すぐリアクションも返ってきたから、これは面白いなと思って。
──自分の言葉が伝わるのが面白かった?
うん。ちっちゃい音で静かにやってても、うるさい言葉をぽろって言えるから。
──確かに、倉内さんの歌には歌詞っぽくない言葉がちょいちょい入ってきますよね。きちんとパッケージされてないぶん、その生々しさにドキッとするというか。
そうかもしれないです、うん。
──女の子のことを歌い続けているのに、その女の子に対する距離がずっと縮まらないところとか。
あはは(笑)。ラブソング未満ですよね。ほんとはもっときれいな言葉を選んで手紙みたいに伝えなきゃならないんだけど。
──そうなんですよね。倉内さんの歌は「君はきれいだ」って伝えるんじゃなくて「女の子はきれいだな」って思ってるだけみたいな。そういう感覚にすごく共感するんです。
でもかわいい子を見ると「うわ、かわいい」って、キュンとするのと同時になんかこうムカつくじゃないですか。かわいい女の子がそこにいるだけで「うわあ……」ってなんかテンション下がる。なんなんだろう、あれ。そういう感じも歌ってみたいんですよね。
倉庫内作業員にクスリはいらない
──倉内さんのプロフィールを読むと「倉庫内作業員のアルバイトに採用されたことがきっかけとなり、意欲的に楽曲制作に取り組む」と書いてありますけど、これはどういうことなんですか?
いろんなバイトをやってたんですけど、クスリを売るとかそういう危ない現場仕事は、まあいろいろ学ぶことはあるし楽しいんですけど、やっぱり体調おかしくなるし頭が変な方向にいっちゃうし。で、倉庫内作業員をやったときにやっとシラフの状態になれて。
──ほかの仕事はシラフじゃなかった?
そうです。でも倉庫内作業員でシラフのまま単純作業をやってると、独特のアドレナリンが出るんですよ。それで「あ、これクスリとかいらないんだ」って気付いた。パンを並べるとかネジを締めるとか、そういうことをやってると頭がワーッとなってちょっとおかしくなる。その境目って、普段の生活の中にもあるんだなってわかったんです。
──それに気付いてから曲がどんどんできはじめた?
そうですね。シラフだから「あ、これ面白い」と思ったらすぐメモれるし。
──ドラッグなしでドラッグミュージックができるわけですね。
うん。で、なんかそういうところで働いてる人って、ちょっと悲しいけど、でも愛おしいっていうか。1日ずっとただ機械みたいに働いて、ただ時間が過ぎるのを待って、帰って寝て、また起きてタバコ吸って……。何してるんだろうっていうような生活で、やりたいことをやってなさそうに見えるじゃないですか。でも話すとすごく面白いこと考えてたりするんですよ。もちろん僕も一緒に働いてたし、働いてないと生きていけないし、そういう人のことを今もよく考えますね。
──倉内さんの曲は日常生活から出てきた歌であると同時に、頭の中で渦巻いてるものもちゃんと言葉になっていて。等身大の日常とぶっ飛んだ空想の世界の両方を行き来している気がします。
これからもっとそれを同時に出せるような曲を作りたいですね。
──最近興味があることってなんですか?
最近はクスリでいうところの耐性なんですよね。1回効いて、でもすぐ飲むと同じものでもあんまり効き目がなくなるとか。そういうことを面白い感じに表現したいんですけどね。
収録曲
- 時を踊る少女
- cry max
- 22.5
- イライラキラキラ
- 倉庫内作業員の遊び方
- 失神させたい
- どうしようもなく今
- 愛なき世界
- キッドのポエム
- 倉庫内作業員の休日
- 女の子が笑うと嬉しい
倉内太(くらうちふとし)
1983年埼玉県生まれのシンガーソングライター。小学校5年生でアコースティックギターを弾き始め、2005年にロックバンド・ヨーコ(後のヨーコヨーコ)を結成する。2008年、倉庫内作業員のアルバイトに採用されたことがきっかけとなり、意欲的に楽曲制作に取り組む。2012年11月に「倉内太と彼のクラスメイト」名義で1stアルバム「くりかえして そうなる」を発表し、2013年5月に2ndアルバム「刺繍」をリリース。また同年4月には三浦直之(ロロ)監督による映画「ダンスナンバー 時をかける少女」の音楽を担当した。